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エレベーターの扉が開くと見知らぬ世界でした  作者: 藍川 峻
第1章 洞窟の妖術師
7/9

【第1部 迷宮の妖術師】第6話「迷宮」

5話を過ぎて、曖昧だった各キャラの性格や立ち位置がハッキリしてきたので、

各話の数箇所を改稿しました。

時間に余裕のある方は、再度読み直していただけると、この後の矛盾点に引っ掛かることなく読み進められると思います。


よろしくお願いします。


 洞窟はかなり大きい規模のものだった。天井までは10mを軽く越える。2階建ての家がすっぽり入るだろう。幅も同様のサイズだ。

 天井は見える範囲ではアーチ状になっているが、その先は無論判らない。そして床は思いの外平らだった。所々凸凹したり岩が飛び出したりしているが、整地されているようだ。

 優莉はバッグからスマホを出してライトを点けたが、何処かに隙間があるのか思ったほど暗くはない。

「驚いたな、人の手が入ってるんだ」悠が感嘆を込めて云った。

「もともとあった洞窟に手を加えたんでしょうね」譲がゴツゴツした天井を眺めながら云う。

「さて、奥はどれだけ続いていることやら。このままやり過ごすことができたら――」

「こっちにも道があるみたい」優莉が右側の洞穴の奥を照らした。

「この道は直線だから使わないほうがいいな。身を隠せるところがない」

 竜司の声に被るようにして外から怒号が聞こえた。

「なんだよ、バレバレじゃねーか。仕方ない、防戦するか」竜司は剣を抜いた。

 亀裂から現れたのは5つの小柄な人影だった。地球人に比べたら小柄というだけで、皆大人で逞しい体つきをしている。なぜか洞窟の方には入ってこない。

「おい、奴ら、入ってこないぞ」

「足を踏み入れない理由は2つ」竜司が指を一本ずつ立てながら云う。「そこが神聖な場所か、危険な場所か」

「ーーあいつら、弓を構えてないか?」

「ヤバい、奥へ走れ!あのカーブを曲がれば矢は避けられるはずだ!」

 優莉、譲、美音は一目散に走り出した。

「神聖な場所でないことは確かなようだな!」悠が走りながら竜司に云った。

 竜司は振り返って矢を切り払った。

「おお、さすが動体視力の鬼」

「鬼云うな」

 5人はカーブを曲がり、突き出ていた岩の陰に隠れた。目前を矢が数本走り抜け、岸壁に当たって虚しく落ちる。2斉射もしたところで射撃は止まった。無駄を悟ったらしい。

 竜司がそっと覗いてみると、やはり誰も入ってこようとはしない。

「どれだけ危険なんだよ、ここは」竜司は独りごちた。

「奴ら、去る気配はないか?」悠が後ろから声を掛けた。

「ああ、何か云いあっているな――ん?」

「どうした?」

「一人が片足を踏み入れたぞ」

 意を決したのか、一人が片足を前に出し、そっと反対の足も踏み出した。見事なほどのへっぴり越しだが、全身が洞窟側に入った。忙しく左右を見まわし、振り向いて残った連中に頷いた。危険はないと判断したのか、最初の一人は姿勢を直すと弓に矢をつがえながらゆっくりと歩いてきた。

「やばい、お前らはもっと奥に行ってろ!」

 顔を戻して4人に云うと、竜司は剣を抜いて突き出した岩の際で構えた。

(矢を射たら次の矢をつがえてる間に飛び込んで斬る!)

 竜司は戦法を組み立てたが、いっかな矢が飛んでこない。そしてなにかしら騒ぎ立てているようだ。

 そっと岩の陰から向こう側を覗いてみた。

 二人の男が矢を放っている。横道に向かって。

(なんだ? 何かいるのか?)

 二人の現地人は矢を射ながら後ずさっていた。そして彼らの敵が横道の暗がりから姿を現した。

 初めは長身の人間に見えた。現地人とは明らかにサイズが違うが、身長は竜司よりも頭一つ高いようだ。しかし、その頭は――

「ウマ⁉︎」

 体のバランスはふつうの人間と変わらない。ただ、首から上がどう見ても馬だった。汚れた布が体に絡みついているが、元は衣服だったのかもしれない。その体には数本矢が刺さっているが、意に介していないようだ。そしてその右手には大きな棍棒を持っていた。

(いや、棍棒じゃねえ! 岩の塊だ!)

 二人の現地人は矢が効いていないのを見て取ると、踵を返して岩の割れ目まで逃げ、その場にいた仲間たちと合流した。馬頭の怪人はなぜか洞窟を出て岩場まで追いかけようとはしなかった。

「馬って云いました?」

 その声に竜司はばっと振り向いた。

「美音! なんでここに!」

「静かになったのにセンパイが戻らないから――って何あれ!」

 思わず出した美音の甲高い声は馬の耳にも届いたらしい。馬首がグルンとこちらを向いた。

目が合った美音が呟いた。「馬の目って、あんなに怖い目だっけ?」

 馬頭の怪人は岩の棍棒を振るった。壁が(えぐ)られ、岩壁の破片が無数の(つぶて)となって2人を襲う。

「なにっ」

 竜司は美音の腰に手をまわすと半ば抱えるようにして走り出した。

(ああん、こんなシチュじゃなかったらトキメクことができるのに――)

 馬頭の怪人を見た直後にこんな役体もないことを考えられるのは、脳が現実に追い付いていないからか。

「あの馬、被り物ですよね?」

「解らん。すごくリアルに見えたがな」

 眼玉が動いて睨めつけられた。あの眼は人間の眼ではなかった。そして。「馬の眼ってもっと優しい眼だったような――」

「まあ、馬と同じには思わないことだ」

 美音を降ろして30歩ほど走ると、悠たちが見えた。

「大変だよー!」大声で皆に報せようとしたが、声が怪人の注意を引いたことを思い出した美音は3人の近くまで寄ってから小声で伝えた。「大変! 馬の化け物が、腕をブンって振って、石がブワって飛んできて――」

「ちょ、ちょっと落ち着いて、美音ちゃん」

「無理無理~。落ち着いてなんかいられませんよぉ」

「馬の化け物?」追いついた竜司に悠が問いかける。

「頭だけが馬ってやつだ。馬頭人身というのか――」

「馬頭人身――」悠は譲と顔を見合わせた。「それって――」

 後から獣が吠えるような声が響いてきた。とても馬の声には聞こえない。

「話は後だ。もう少し進もう。ヤツは危険だ。なるべく引き離した方がいい」

 竜司と美音はそれぞれ自分の荷物を受け取り、5人は小走りで奥に向かった。

 天井がだんだんと低くなってきたが、まだ5メートルはあるだろう。光は全く入らなくなり、ライトが無いと手元すら見えない。

「さっき少し明るかったのは、当然月の光だよね。いつの間にか昇ってたんだ」悠が誰にともなく云う。

「こちらの月は幾つあるんでしょうね?」譲が応じた。

「そうか、一つとは限らないんだよな。むしろ地球みたいに一つの方が珍しいのかも」

「火星には二つありますし」

「フォボスとダイモスだな」

「水星や金星には無いの?」優莉が会話に加わる。

「無いよ。質量が小さいから衛星を引き止められないんじゃないかな、多分」

「あたし、知ってますよ。木星は四つですよね」美音もなんとか会話についていこうと発言したが、「いや、50個以上だ」とあっさり悠に斬り捨てられた。

「えーっ、そんなに多いの?ってゆーか、悠パイ冷たい」

「おれは事実を云っただけだよ。それよりなんだ、ユウパイって?」

「悠パイセンの略です。いつか使おうと思ってましたが、今がチャンスと」

「変な略し方するな。不敬だ、不敬罪適用!」

「悠、センパイげが無いわよ」

「優莉、お前までーー。ああ、こうやって日本語が乱れていくんだ」

「まあまあ、藤咲さん、木星は四つの大きい衛星の他に幾つもの小さい衛星が有るんだよ。ボイジャーが近付いて初めて見つけたものもあったり」

「ゆずっち、物知り〜」

「ガリレオが発見した四つの衛星を合わせてガリレオ衛星と云うんだよ」悠が補足すると、美音は、

「へー、ソウデスカ」と見事な棒読みで応えた。

「対応の差がヒドい!」

「おしゃべりはここまでだ」竜司が云って足を止めた。「分岐路だ」

 高さ5メートルの洞穴は真っ直ぐ続いているが、右側の壁が途切れているところがあった。そこから別の洞穴が続いているが、高さは2メートルほどしかない。身長190センチの竜司は身を屈めながら歩かないと頭をぶつけてしまいそうだ。幅も狭く、横に並んで歩くのは無理だろう。一方、それまで進んでいた通路は、進むにつれ小さくなってきたが、それでもまだ高さも幅も5メートルはありそうだ。

「うぇー、どっちに行きます?」

 耳を澄ますと後ろから断続的に破砕音が聞こえてきた。だんだんその音は大きくなる。ゆっくりと悩んでいる時間はない。さらにーー

「バッテリー、残り5%を切ったわ」

「よし、右の道はすぐ曲がり角になっている。そこまで行ったらライトを消して様子を見よう。ヤツが左へ行けばよし、右に来たらさらに奥に逃げるしかないだろう。どうだ?」

 竜司の提案に悠が答えた。「正面の道は真っ直ぐだから、すぐバレるだろうし、飛び道具的な技があるなら、なおさら直線はマズい」

「じゃあ、早く行きましょうよ」

「できるだけ静かにな」

 美音に注意を与えて竜司が先頭で横道に入る。

「このサイズなら敵は入れないんじゃないか?」まだ直接怪人を見ていない悠が小声で云う。

「微妙なとこだな」

 曲がり角を曲ったところでスマホのライトが消えた。

「あ、切る前に消えちゃった」優莉はスマホをモバイルバッテリーを繋げてスマホをバッグにしまった。

 暗闇に包まれると思ったがこの横道はほの明かるい。

「どこかに隙間があるのかーー?」悠は辺りを見回すが、光の入り口は分からない。

「しっ、来るぞ」いつの間にか剣を抜いた竜司が小声で云った。確かに足音は直前まで響いてきた。

(鼻が効くヤツだったらヤバいな)竜司はそう思って剣を握り直す。

 と、足音が止まった。大きな呼吸音が聞こえるからすぐそこにいるのは間違いない。

(来るな)(気づくな)(来ないで)(来ちゃダメ来ちゃダメ来ちゃダメ)(来るな来るな来るな)

 5人が一様に胸の中で念じた。

 足音が再開し時、緊張はピークに達し、優莉と美音は座り込んでしまった。

 しかし足音と呼吸音は徐々に小さくなっていく。

「ん? 引き返したな」竜司はそっと分岐路まで戻って向こうを伺った。「おい、大丈夫みたいだぞ。ヤツのテリトリーはここまで、ってことか?」

竜司のそばに行った悠が答えた。「さっきのドワーフみたいに奥に怖いものがいるから入らない、とかじゃないだろうな」

「アイツを怖がらせるヤツなんて御免だぜ。それよりこんな狭い洞窟じゃ襲われたらひとたまりもない。こっちの広い道を行くぞ」

「ちょっと待って」優莉が震える声で云う。「どうしよう悠、立てない」

「なんだ、腰を抜かしたのか」云いながら戻る。「ほら、つかまれ」と片手を伸ばした。

「ありがとう、悠」

「そうかぁ、これが腰を抜かすってやつかぁ」

「藤咲さん大丈夫?」譲が暢気に感想を述べる美音に手を差し伸べる。

「ありがとう、ゆずっち。よく平気だったね」

「いやあ、平気なんかじゃないよ。もう一歩近付かれてたらヤバかったかも」

「なんで引き返したんだろうね?」

「奴らにもテリトリーとかがあるのかも」

 剣も満足に振るえない大きさの横道を出て、5人は分岐路まで戻った。

「さて、次のスマホは――美音もモバイルバッテリー持ってたんだよな」

「鷹宮先輩、それなんですけど」美音の前に譲が発言した。「さっき思い出したんですが、僕らってランタン買いましたよね? LEDの」

「おお、そう言えばそうじゃねーか。美音、ちょっと照らしてくれ」

 美音が灯したスマホのライトの光を頼りに竜司は手にしていた紙袋からLEDランタンと単三電池を取り出した。パッケージを開いてランタンを出し、電池ボックスに単四電池を3本セットした。そしてスイッチをオンにする。

「うわっ、眩し!」「ちょっと明るすぎるんじゃない?」「明るさを調節できるはずだぞ。もっと絞ってくれ」美音、優莉、悠が口々に訴えた。

「ちょっと待て。こんなに明るいんじゃ敵を引き寄せてしまうな」竜司は調節レバーをスライドさせて適度な明るさにした。

「これで歩きやすくなりそうだ」

「でもさっき竜司が云ってたとおり、敵に見付かりやすくなるな」

「真っ暗で何も見えないよりはマシだ。奴らが長射程の弓矢を持っていないことを祈るしかないな。とにかく警戒しながら行こう」

 明るくなった視界を改めてみると、天井はゴツゴツしていたり鍾乳石らしきものが突き出ていたりするが、地面や壁は比較的平らで、アップダウンはあるものの歩き難いことはない。明らかに人の手が入っている。

(人かどうかは分からないけどな)悠は女子を怖がらせないよう、心の中だけで云った。

「それにしても相模先輩」珍しく譲から会話の口火を切った。「これだけ人の手が入っていて、魔物みたいなやつがいるとすると、洞窟と云うよりも迷宮やダンジョンみたいですよね」

「だな。ダンジョン……迷宮……ラビリンス……」

「洞窟と迷宮ってどう違うの?」優莉が尋ねた。

「洞窟は自然の産物だけど、迷宮やダンジョンとなると、人が作ったものだ。元々ある洞窟に手を加える場合もある。迷宮の中でも特に洞窟みたいに地下にあるものを、ラノベではダンジョンと呼ぶみたいだ」

「別にラノベに頼らなくても、迷宮ならおれらの世界にもあっただろう」と竜司が振り向かずに云う。視線は周囲の警戒を怠らない。

「そうだな。有名なのはクレタの迷宮だろうな」

「ミノタウロスですね」譲が心なし弾んだような声で云う。

「うん、ミノタウロスだな」

「あれ、ミノタウロスって、聞いたことありますよ?」と美音。

「牛頭人身の怪物だ」

「ギュウっていうと、牛ですか?」

「そう。頭が牛で身体は人間の男で、迷宮に閉じ込められていたんだ。詳しい話は、はい、優莉先生」

 歴女を自認する優莉にいきなり話を振った。

「いや、これって歴史と云うより神話じゃ――」

「シュリーマン先生がミケーネ文明の実在を証明したぞ」

「そう云えばそうね。でもクレタのクノッソス遺跡を発見したのはエヴァンズよ。ギリシャ神話によると――ギリシャのクレタ島を治めていたミノスっていう王様がいて、クノッソスという場所にそのお妃様が産んだ子が牛頭人身の怪物だったの。ミノタウロスと名付けられた怪物は手の付けられない暴れん坊に育ち、困ったミノス王は迷宮に閉じ込めた」

「名工ダイダロスが作ったという迷宮だな」

「その迷宮のことをラビュリントスと云ったんだけど、9年ごとに7人ずつの少年少女が生け贄として迷宮に送り込まれていたのね。迷宮の出口が分からなくなった彼らは迷宮内をさまよい、遂にはミノタウロスに見付かって食い殺された。それを見かねた英雄テセウスは自ら生け贄に志願して迷宮内に侵入、首尾よくミノタウロスを倒したのよ」

「せっかく怪物を倒したとしても、テセウスは迷宮を出られたんですか?」

「ミノス王には娘がいて、その娘アリアドネがこっそりテセウスに糸を渡していたのよ。テセウスは糸を張りながら進んだから、その糸を辿って帰ってこれたの」

 イギリスの考古学者であるエヴァンズは、トロイアとミケーネの遺跡を発見したシュリーマンに触発されてクノッソス遺跡を発見し、ミノス(クレタ)文明の存在を明らかにした。

 エヴァンズが見つけた宮殿の遺跡は複雑に部屋が配置されており、さながら迷宮のようであったという。ミノタウロスの神話にちなんでこの文明をミノア文明またはミノス文明と呼ぶ。日本ではクレタ文明の名の方が通りが良い。

 ミノタウロスの神話については、一般に知れ渡っている話は優莉の話したとおりだ。だが何故、牛頭人身の子が生まれたのか。そこには凄惨な話が伝わっている。

 大本は、ミノス王の強欲による。後で生け贄として捧げることを条件として、ミノスはポセイドン神から1頭の白い雄牛を賜った。しかしその牛の美しさに魅入られたミノスは生け贄の約束を反故にしてしまう。激怒したポセイドン神は王妃に呪いを掛け、白い雄牛に性的欲望を抱くようにさせた。そして

思いを遂げた王妃から生まれたのが、牛頭人身の子供だったのだ。ちなみに「ミノタウロス」と云うのは「ミノス王の牛」と云う意味で、ファンタジー小説などでは種族名とされることが多い。


参考文献:「一冊でわかるギリシャ史」長谷川岳男・村田奈々子監修 河出書房新社

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