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エレベーターの扉が開くと見知らぬ世界でした  作者: 藍川 峻
第1章 洞窟の妖術師
6/9

【第1部 迷宮の妖術師】第5話「タルカ族」-3

2024/1/8に一部改稿しています。

「なあ、あのいかにも細長いものを輪切りにしました、ってやつ、まさか――」

 背伸びして人垣の向こうに見た悠が絶句した。

「おお、サイズ的にも多分そうだろうな」竜司も同調する。

「え、なんなの? 輪切りって、もしかして――」

 優莉も言葉を続けられない。

「あれを食べるのは勇気が要りそうだな」

「竜司ならいけるだろ」

「おまえ、人をなんだと思ってるんだよ」

「台湾にいた時はいろいろゲテモノを食わされたって云ってたじゃないか」

「でも、みんな喜んでますよね……」

 観察眼の鋭い譲が指摘する。

 周りの男衆が歌い出した中を、屈強な男3人がかりで――1人はあのシシオだった――大皿に載ったそれを運び、5人のテーブルにドンと置いた。直径1.5メートル、厚さ10センチ強。骨ごとぶつ切りにして丸焼きにしたものだった。

「やっぱし、あの岩ミ――」

「みなまで云うな、藤咲」

 甲殻は付いていないが、あの甲殻ミミズに間違いなかった。ククの父親が巨大な包丁を使ってまず5人分を切り分けた。ニコニコしながら目の前に皿を突き出すから受け取らざるをえない。

「うん、ミミズと思うからいけないんだな。蛇だと思えばいいんだ」

「いや、蛇でも抵抗あるわよ?」

「ミミズよりは抵抗少ないだろ」

 そう云うと竜司は一切れを口の中に放り込んだ。探るような顔をして咀嚼し、飲み込んだ。表情(かお)(ほころ)ぶ。

「結構美味いぞ。多分このいっぱい掛かっている香草とかスパイスが臭みを取っているのと同時に肉を柔らかくしてるんじゃないかな」

「じゃあ、毒味も済んだということで――」

「おい」

「あ、うん、普通に肉だな」

「じゃあ、私も――」

 他の3人も恐る恐る食べてみる。結局はそれなりに高評価だった。

 そこで食事は一段落したようだ。すると今まで遠慮していたのか、食べる事に夢中になっていたのか、人々が5人のテーブルに寄って来た。相変わらずなにを云っているかは分からないが、男性陣は肩や背中をバンバン叩かれたり、女性陣は髪を触られたり手を握られたり、とされるがままだ。

「あ、こら、眼鏡取るな」

「いてーって! 無闇に叩くな」

「そんなに注がれても酒は飲めませんよ」

 わちゃわちゃと騒いでいると、いきなり大音声が響き渡った。

「サーナ! レイサンダーラ!」

 一瞬皆の動きが止まり、「エーヤー」などとぶつぶつ云いながら皆元いた席に戻った。

 サマリが5人に寄って来て立ち上がるよう身振りで示した。女子二人は手櫛で髪を整えてから、サマリの身振り手振りの指示に合わせて一列に並んだ。

 ククとサマリの父親が前に出て来た。5人に向かって一礼すると、「ウォダグーグリ」と云った。ようやくククたちの父親の名前がわかった。

 グーグリは続けて1分ほど話すと、いきなり歓声と拍手が湧き起こった。

「うおっ、なにを話してるんだ?」

「拍手をもらっているから、悪いことではないんだろうけど――」

 竜司と悠がこそりと囁き合う。

 サマリが手にトレイを持って父親の隣に立った。トレイの真ん中は盛り上がっているが、黒い布で覆われているため、何が載っているのかは見えない。

 サマリが一言発すると5人の近くにいた人たちが食器を片付けてテーブルにスペースを作った。そこにトレイが置かれ、布を取り払われた。

 山の端に陽は沈み、いつの間にか篝火が焚かれている。その光を反射して煌めいたのは、五つのリングだった。上段に三つ、下段に二つ、五輪のマークのように並べられたリングは、いずれも直径10㎝近くありそうだ。

「きれい…ブレスレットかしら」

「幅があるから、バングルじゃないですか?――5個あるってことは、プレゼントってこと?」

 美音がサマリを見ると、サマリは一つを取り、美音に手渡した。

「ありがとう。あ、これ、なんか絵があるよ」

 黄金色に輝くバングルには精巧な浮彫りで図柄が描かれている。美音に渡されたそれには草花が図案化されていた。

「これも花だけど、美音のとは違う花みたいだな」竜司が手に取ったのは花だけが幾つか彫られている。

「これは羽根のある蛇ーーか? なんかそう云うの、地球にもいたよな」

「ケツァルコアトルですね。中南米で信奉されていた神様です」悠の疑問に間髪を入れずに譲が答えた。

「日本の龍に近い感じか? 竜司にちょうどいいんじゃね?」

 他の図柄は翼の羽毛が細かく描写された鳥と、猫科の猛獣のような四足獣のシルエットだった。竜司は翼ある蛇のバングルを受け取り、優莉が花のを手に取った。

「おれはどっちでもいいから、譲先に選べよ」

「すみません。では、鳥の方にさせていただきます」

 悠は目の前にバングルを持ち上げ、しげしげと眺めた。「すげえな、これ、こんなに細い爪まで再現されてる」

「これって純金なんですかね」

 優莉がバングルに腕を通してみたが、手首は無論、二の腕に着けようとしても直径が大きすぎた。

 それを見たサマリが寄ってくると、バングルに手を当てて「ダル」と呟いた。すると、輪が縮まった。

「え、伸縮するの? 金属じゃないの?」

 サマリが唱えるたびに少しずつ輪が縮まっていく。さらに三回唱えると二の腕にちょうどいいサイズになった。

 それを見た美音が云ってみた。「ダル! うあっ、ほんとに小さくなった!」

「おれもやってみよう。ダル! おれは一回でちょうどいいな」

「ダル!ダル!――あれ、できないな」

 譲のは、何回唱えても大きさが変わらなかった。

「材質が違うのかな」悠は譲が着けたバングルに手を当てて「ダル」と唱えてみた。

「おっ、小さくなったな。もう一回やってみなよ」

 しかし、譲がいくら唱えてもサイズは変わらない。

 竜司には逆に小さすぎたようだ。その様を見たサマリが手を当てて「ルーダ」と云うと輪が少し広がった。

「なるほど、広げるときはルーダか」

 しかし竜司が「ルーダ」や「ダル」と唱えてもバングルは反応しない。見かねたサマリが調節してやった。

「できる人とできない人がいるのか――優莉も自分でやってみてよ」

 悠の言葉に優莉も試したが、サイズは変わらない。

「できるのはおれと藤咲ってことか」

「悠と美音ちゃんって何か共通点があったかしら」

「同じ人間ってところしかありませんよ」

「――藤咲って時々おれに冷たいよな」

「そんなことないですよぉ」美音はニッコリと笑顔を見せる。

「ありがとう!」竜司は傍らにいたサマリの手を取って握手した。サマリはビックリしたように飛び上がり、身体は硬直していた。「あ、悪い、握手の文化はなかったか?」

 しかしグーグリに手を伸ばすと握ってきた。

「握手は通じるみたいだな」

「じゃぁ、なんでサマリさんは驚いたんでしょう?」

「竜司さんにいきなりされたら、大抵の女の子はこうなるわよ」譲の疑問に優莉が答えた。

「イケメンは全種族共通なんですかね」

「少なくてもこの人たちは価値観が近いんじゃないかしら」

 顔を赤くしているサマリを見てこちらも気恥ずかしくなってきた悠と譲はサマリには腰を折って感謝の意を表し、グーグリの大きな手を握った。

 竜司が振り向いて皆の方を向くと両手を突き上げた。前腕に着けたバングルが眩しく煌めいた。

 男たちの歓声とそれを上回る女たちの嬌声が上がった。

 美音はバングルが見えやすいように腰に手を当ててポーズを取った。今度は男たちの歓声が女の声を上回った。

「美音ちゃんはもうここのアイドルみたいね」

「優莉も何かポーズを取ればいいじゃないか」と悠が云う。

「そんなことできるわけないでしょ!――でも言葉が伝わらないけど、感謝の気持ちは伝えたいな」

「なら、おまえの得意なものがあるだろう」

「得意なもの?」

「よく云うじゃないか。音楽に国境は無いって」

「――そうね」

 

 興奮が冷め始めた人々の耳に、きれいなソプラノが流れ込んできた。潮が引くようにざわめきが静まっていき、歌声に聴き惚れた。


  Somewhere over the rainbow

  Way up high

  There’s a land that I heard of

  Once in a lullaby

  …


 最後の声が響き渡った時、声を上げる者は誰もいなかった。

 優莉が一礼した途端、爆発的な歓声が湧き起こった。方々で拍手もされている。

 口々に「プライリー!」とか「メイシー!」とか云っている。もちろん言葉は通じないが、皆の顔を見れば賛辞の声だと分かった。

 その場にいるすべての人が喝采を浴びせているように見えたが、竜司の鋭い眼は全く喜ばないどころか、仏頂面をしている一団がいることを捉えていた。なにかな?と思いながらも、周りの声に合わせ「ブラボー!」と叫ぶと、「ハラショー!」と悠が呼応した。

 その瞬間――

 喝采の声はやみ、拍手もすーっと引いていった。

 どうしたのかとサマリを見ると、苦虫をかみつぶしたような顔をしている。グーグリも似たような表情だ。

 人々はざわめき、そーっと件の一団を窺う視線を送る者もいる。竜司がそちらを見てみると、憎悪に満ちた視線とぶつかった。

「こりゃなにか、まずい事でも云っちゃったかな」

 グーグリが前に出て声高に話し出した。しばらくすると人々は広場から出て行った。お開きということになったらしい。

 サマリが一所懸命に説明しているようだが、何と云っているのか当然のことながら分からない。

「わたし、余計なことしちゃったかな…」

「いや、優莉の歌の素晴らしさはみんなにも伝わっていたよ。態度が変わったのはその後だ」

 沈んだ表情の優莉を悠が慰めた。

「そうですよ! ボク初めて優莉センパイがガチで歌うの聴いたけど、素敵でしたよぉ」

「その後の言葉がまずかったのか?」

「ブラボーかハラショーですか?」

 譲が云うと、父親と話していたサマリがビクッとして振り向くと、手で口を覆うようにした。

「これか…」

 竜司と悠がガックリと肩を落とす。

「ま、まあ、誰にも分からなかったんだから」

「なにが地雷か分からないから、下手に日本語で話さない方がいいかもしれませんね」

「でも二つとも日本語じゃないよね? て云うか」ここで美音は声を潜めた。「はらしょーって何ですか?」

「ロシア語で、素晴らしい、って意味だよ。ここでは、全然違った意味に取られたんだろうな」

 そこへサマリとククがやって来て、ククは竜司の手を引いた。

 連れて行かれるままゾロゾロと歩いて行くと、1軒の建物の前でククとサマリは足を止めた。木造の、住居らしい建物だ。

「ここを使っていい、ってことかな」云いながら竜司は扉を引き開けた。

 玄関に当たる箇所だろうが、三和土はない。下足のまま上がるスタイルになっているらしい。

 三方に扉があり、竜司は正面の扉を開けてみた。

「おお、結構広いな」

 リビングに当たるらしく、テーブルと6脚の椅子、そして3人が並んで座れるくらいの大きさの長椅子があった。

 左隣の部屋から悠の声が聞こえた。「こっちにはおれらの荷物があるぞ。ありがたい」

 リビングと両隣の部屋とは、引き戸で仕切られていた。4人も引き戸を通ってその部屋に行くと、各自で荷を検めた。

「武器や防具もちゃんとあるようだな」

「いま、武器は必要ないですよね?」

 竜司の言葉に譲が応えた。

「いや、今夜は気を抜かない方がいい。何かあったらすぐに出られる格好のままいるべきだ」

「何かあると思うの?」優莉が問う。

「あいつらが気になる」

「あいつら、ですか?」と譲が問う。

「俺たちをすごい形相で睨んでくる奴らがいたんだよ」

「おれもそれ見たわ。10人くらいだったかな」

「みんないい人そうなのに」優莉がバングルを撫でながら云う。

「ここでもいろんな考えの奴がいるんだろう」

 なんとなく皆押し黙ったまま防具を身に付け、剣帯を巻いたり矢筒を肩に掛けたりして装備を固めた。

 ちょうど皆が準備を済ませた時、玄関の扉がそっと叩かれた。

 皆がはっと動きを止めた。

 部屋の出入り口の近くにいた悠が立ち上がり、扉越しに小声で誰何する。

「サマリ」サマリの声で返事があった。

 悠が扉を開けようとすると、少し開いたところで滑り込むようにしてサマリは入り、すぐに扉を閉めた。切迫した表情で何かを云おうとしたが、準備を整えている5人をみると頷いた。リビングの奥の引き戸を開けると、そこは台所のようで、竃や水瓶などがある。片隅には勝手口のような扉があった。

 サマリはそのドアを開けると手招きする。5人は顔を見合わせて頷くと、それぞれ荷を持ってサマリについて家の外に出た。緩い斜面を少し登ると細い道があった。斜面の一部を切り崩して平らにしただけの道で、一人ずつしか進めない。その道に差し掛かった時、後方から大きな音がした。

「ヤツら、家に押し入って来たらしいぞ」

「やっぱ、さっき云っていた奴らか?」

「多分な。扉を破壊されたようだ」

 竜司と悠が会話をすると、先導していたサマリが振り返って口を手で覆う仕草をした。口を閉じろと云うことだろう。二人が頷くと、サマリは小走りに道を進み出した。すぐ後ろを悠が走り、殿(しんがり)は竜司がつとめる。後ろから追いつかれた場合の対処のためだ。

 しかし追いつかれる前に目的の場所に着いたようだ。終点はそびえる崖となっているが、一箇所深い亀裂が入ったところがある。その傍らにククとグーグリの姿があった。

「ここに入れ、ってことらしいな。出口は在るのか?」

 サマリとグーグリは小声で捲し立てながら亀裂を指し、身を縮める仕草をしてみせる。

 その仕草を見て悠が云った。

「とりあえずここに隠れろってことじゃないかな。追手が去ってからそっと出て村の出口を目指そう」

 地球人と現地人はそれぞれ握手や抱擁を交わした。

「お世話になりました」

 握手をしながら悠が云うと、言葉は通じないはずだがグーグリは頷いた。

「またいつか会おうね」

 美音がククの頭を撫でると、尻尾を振りながらククは美音に抱きついた。

「サマリも色々とありがとうね。これ、大事にするわ」

 バングルを撫でながら優莉がサマリに云うと、サマリはニッコリと笑みを見せる。

 道の方から足音が聞こえてきた。防具か何か、ガチャガチャとした音も聞こえる。追手が最後のカーブの辺りまで来ているようだ。威嚇のつもりか叫ぶ声も聞こえた。

「急ごう。じゃあな」

 三人に手を挙げると竜司が先陣を切って亀裂の中に入って行った。殿の悠が最後に振り向くと、三人の姿はもう見えなかった。おそらく三人も追手に姿を見られたくなかったのだろう。

 亀裂の奥は洞窟になっているようだった。

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