【第1部 迷宮の妖術師】第3話「タルカ族」-1
2024/1/8に一部改稿しています。
ククに従って歩くこと十数分。最後に短いトンネルをくぐると、開けた場所に着いた。両側の崖は後退していてその間は1kmをくだらない。
そして一つの集落になっているらしく、石組みの住居が幾つも点在している。
トンネルのすぐ外は幅は50mほどで、その幅いっぱいに高さ1m程度の柵が設置されていた。木製だが真っ直ぐに切られていたり横組み・縦組みそれぞれの幅は同じサイズになっている。高い製材技術があると云うことだ。
柵の中央は門造りになっており、両開きの扉がついている。その傍らには1棟の小屋があり、一行が近づくとその小屋から2人の男が出てきて、扉の前で槍を交差させた。2人とも小柄だった。身長165cmの優莉よりも頭一つくらい低い。一方で横幅はたくましそうだ。
そして2人とも頭上に獣めいた耳が付いている。1人は円い熊のような耳で、もう1人は狐のような三角形の耳だった。
「ン? クク?」
ククを認めると、片方の男――熊耳が警戒心露わにククに問いかけている。「シュイナ、ターレン?」
「何者だ、そいつらは?」
悠が小声でアテレコした。
「何者か分かりませんが、ぼくを助けてくれたんです」
ククが答えるのに合わせ、竜司が高い声でそれに応える。
「なに、本当か」
「ミミズの化け物に襲われたところを、あの人たちが」
「ちょっと待ってろ」
熊耳の男が、もう一人の狐耳に何事かを告げた。
「おまえはここで見張っててくれ」
そして扉を少し開けると、中に入っていった。
「おお……」
優莉と美音が拍手をした。
「すごい、ピッタリでしたね」
「正確な言葉はともかく、こんな感じのニュアンスだろ」
「まあ、ほぼテンプレだろうしね」
しばらく待つと再び扉が開き、先ほどの熊耳に続いて2人の人が出てきた。1人は老人のようで長い白髯を垂らしている。背は曲がっていなかったが、美音よりも小さい。豊かな白髪の上には垂れ耳の兎のような耳があって、左右に垂れ下がっているが、その耳も白いので見分けにくい。
もう1人は若い女性で老人よりは背が高い――と云っても身長152cmの美音と同じくらいだ。ククのとよく似たネコのような耳をしている。腰には刃渡りが長めのナイフを下げていた。
「ニンマイ、シーシュイ、パ?」
語尾を上げていたので、質問されているんだろうとは思うが、勿論返せる者はいない。仕方なく竜司は一歩前に出て云った。
「悪いけど、言葉が分からないんですよ」
横からククが何事かを告げる。
と、その時、地面が小刻みに揺れた。
「クク、下がれ!」
云いながら竜司は老人を護衛らしき女の方に押しやると、ククを抱えてその場から跳び退った。
グバァッと地表を破壊しながら巨大な顎が現れ、空を噛んだ。牙をずらりと生やした円形の口はさっきの甲殻ミミズのものだった。続けて甲殻に覆われた本体が出てくる。
「くそ、まさか追ってきたのか?」
竜司は剣を抜き放った。
「おまえが傷を付けたから怒ったんじゃないか?」
「でも最初からククを狙ってたわ」
「さっき喰うのを邪魔されたからか」
「そもそも同じ個体なんですか?」
門番の2人は槍を構えた。女は老人を門の中に入れると叫んだ。
「ルビータ、ザン! カウン、ターク!」
竜司はククを優莉に託すと美音と下がっているように指示し、男性陣に声を掛けた。
「譲、当たらなくてもいいからとにかく射かけるんだ。悠も無理するなよ」
悠も一応剣を抜いてみたが、構えが全くサマになっていない。
「おれも弓矢にすれば良かったかなぁ」
悠は剣をしまうと、足下の石を拾い、思い切り投げつけた。甲殻に弾き返されて全然痛痒を与えていないようだが、攪乱くらいにはなるだろう。
竜司は横に回り込んで節を狙って切りつけるが、動きが速くなかなか当てられない。
扉が開いて屈強そうな男が数人出てきた。弓矢を持つ者2人と槍を持つ者2人、そしてひときわ大きな体躯を持つ1人は大きな岩を太い木にくくりつけたハンマーを持っていた。大きいとは云っても、背はやっと優莉と並ぶくらいだ。少し遅れてさっきの女も剣を携えて出てきた。体躯に似合わぬサイズの両手剣はどちらかというと巨大な鉈のような形をしていた。左手は柄を持っているが、右手は刀身の中程にある握り手を掴んでいる。
放たれた矢は甲殻に弾かれ、槍は節を狙うが躱されてやはり甲殻に弾き返される。ハンマーは巧みに身体をくねらせて直撃を浴びない。
「グアッ」
槍を持つ1人が振るう尾に痛打され吹き飛んだ。
「くそっ、なんちゅうバケモンだ」
石を拾い集めながら悠が毒づく。投げつけた拳大の石は偶然にも甲殻ミミズの頭部を直撃した。目は退化して無くなったものと思っていたが、まだごく小さい目のような器官が残っているらしい。
グギャ-オ!
敵は大口を開けて咆吼した。
「お、なんかいいとこに当たったか?」
「刺され!」
気合いと共に放った譲の矢は口の内部に刺さった。威力はあまりないものの、鋭利な鏃は奥深くまで貫いた。
ドグァッ!
さらにハンマーが胴体を捉え叩き潰した。
甲殻ミミズの動きが鈍る。
「チャンス!」
竜司は大きく剣を振りかぶると、節の他に唯一甲殻がない部分、顎をめがけて振り下ろした。
ガギッ!
と音がして剣が鋭い牙に捕らえられた。次の刹那には剣の刃が砕け散る。
「うあっ、マジか!? 安物め」
剣の値も知らないくせに文句を云う。
「竜司! おれのを使え!」
悠が剣帯をはずそうとしている間に鋭い声が飛んだ。
「オルディラン!」
竜司のすぐ傍に剣が突き刺さった。女戦士が持っていた両手剣だった。刀身も柄も紅の剣だ。
「すまん!」
竜司はその剣を抜き取ると、再び顎を狙った。
敵は身体をくねらせて口への直撃を避け、甲殻で受けたが――
「おりゃっ!」
裂帛の気合いを発した。竜司の振り下ろした力に剣の重さが加わった斬撃は甲殻を斬り裂いて身体を両断した。
さらに悠が投げた石が当たったところをめがけて斬り下ろす。
頭部を斬り落とされた身体は地に落ち、やがて動かなくなった。
「やったか?」
男たちから歓声があがった。1人は尾に吹き飛ばされた槍使いを助け起こしている。
女が門の内側に向かってなにごとか叫んだ。わらわらと老若男女が門から出て来た。全体的にやっぱり身長が低い。そういう種族なのだろう。
甲殻ミミズの死骸を見て歓声や嘆声をあげる。特に子供たちははしゃいでいる。
竜司たちの元には一緒に戦った者たちが集まっていた。長身の竜司を見上げて口々に話しかけてくる。
「だーっ、そんないっぺんに喋られたって分かんねーよ! いや、1人ずつでも分からないけどな!」
「痛い、痛い、そんなに強く叩かないで――」
背中をバシバシ叩かれた譲が悲鳴を上げる。
「オルディラン」
近づいて来たのは、剣を投げてくれた女戦士だった。改めて見ると思った以上に若そうだ。まだ10代のように見えるが、この種族の平均寿命が分からないから、年齢不詳だ。要所を鎧らしい赤い皮で覆っている。改めて悠が見回してみると、男も同じような格好をしていたが、色は茶系統で統一されている。
「それは俺のことか?」
男たちの歓声にも「ディラン」や「ガルディラン」という言葉が混じっていた。
「ああ、これ、サンキューな。助かったよ。これはキミの剣か?」
柄を相手に向けて剣を返す。娘が受け取るや否や壮年の男がその剣を奪い取った。そして叱るような口調でまくしたてている。
「これはアレかな、家宝の剣を勝手に持ち出して――的な?」
「そのようにも見えますね。ムラ全体の宝かもしれません」
悠の言葉に譲が同意を示した。
「あ、クク?」
女子組の元を離れて、ククが云い合っている2人のところに行った。
「おお、クク」
男がククを抱き上げた。その腕の中でククが一所懸命に話している。
男は頷くと老人に二言三言告げた。老人はククに向かってニッコリ笑うと竜司らに云った。
「ディランマイ、ゴイン」
そして門の真ん中を指すように腕を伸ばした。
「入れ、ってことじゃないですかぁ?」
「日もかげって来たし、お言葉にあまえてもいいんじゃない?」
「入らないわけにもいかなそうだぞ――って押すなって」
戦士たちがニコニコしながら悠や譲の背を押してくる。ククも走り寄って竜司の腕を引っ張る。
「そうだなぁ、一宿一飯の恩に相当するくらいのことはしたかな?」
そしてククに引かれるまま竜司は門内――ムラの中に足を踏み入れた。
ムラに入るとさらに多くの人が寄ってきたが、ある程度以上は近付かず遠巻きに見ている。
「そりゃまあ、仕方ないよな。珍しい種族でしかも自分たちより大きいんだからな」
悠はそう云いながら集まってきた人たちを見回した。形や大きさは様々だったが、ほとんどが頭頂部や側頭部に1対のけも耳が備わっている。中にはピクピク動いたり、垂れ耳をパタパタさせている者がいたが、その多くは子供らしい。
そして尾も基本的に皆持っているようである。
「ね、ね、見てください。あの子の耳は犬みたいなのに尻尾は猫みたいですよ」
「確かにそうね。地球上の動物とは違うのね。微妙な違和感が……」
「獣人と動物を並べるなよ」
兎の垂れ耳の老人が近寄ってきた。
「やっぱりあの人が村長なんでしょうか」
「ぽいよね。とりあえずそういうことにしとこうか」
譲の疑問に優莉が同意する。村長が話しかけてくるが、勿論何を云っているか分からない。
「召喚するなら、言語スキルくらい付けろよな」
悠が文句を云うが、それを聞くべき相手はいない。
「私、シャワーは無理でも、水浴びくらいはしたいな」
「ハイハイ、賛成! 砂埃を落としたいです」
美音はそう云うと、村長に向かって身振りを加えて話しかけた。
「えっとぉ、わたしたちは身体を洗いたいんですけど――」右手で左腕を肩から手首まで撫で、続けて左手で同様にした。次いで顔を洗う動作をする。「シャワーか――」指を拡げた両手を十分に向かって振った。シャワーヘッドから出る水を表現したいようだ。「お風呂はありませんか」腕をいっぱいに伸ばして空中に四角形を描くと、その縁をまたぐように足を上げ下げして最後にしゃがんだ。
「ああ、フェロス?」
答えたのは赤い鎧の女戦士だった。
「フェロス?って云われても合ってるかどうか分からないわね」
「んー、多分そう!」
美音は親指を立てて見せた。それを見て娘は首を傾げたが、村長を見やる。村長が頷くと「ライパ」と云って歩き出した。
歩きながらお互いに自己紹介をする。とは云っても分かるのは名前くらいだ。
娘――女戦士の名はサマリと云った。
「私ね、さっき云い合っていたおじさんがサマリちゃんのお父さんなんじゃないかと思うよ」
「そしてククちんはサマリちんの――弟?妹?」
「3人とも同じ耳でしたからね」
「ゆずっち、種明かしが早すぎるよ」
「でも確かにククは可愛すぎて、男女どっちでも良さそうだよね」
「悠、なんか顔がやらしくない?」
「なんでだよ! 別におれはロリコンじゃないぞ!」
「誰もロリコンだなんて云ってないわよ」
「――緊張感の無いヤツらだ」
「でも竜司、友好的な種族みたいだし、少しくらい気を緩めてもいいだろう?」
「最後まで油断はするなよ。彼らにとってももしかしたら他種族との接触は初めてなのかもしれない。インカの人々は海の向こうからやって来たスペイン人を神の使いだと思って受け入れた。征服者だなんて思っていなかったんだ」
「だから少数のスペイン人に滅ぼされたんだよね。でも今回はケースが逆でしょ」
歴女を自認する優莉が応える。
「ここの人が俺たちを征服者だと思わなければいいな、ってことだよ」
「確かに行動に気を付ける必要はありそうね」
やがて行く手に岩山が現れ、正面には洞穴があった。サマリは壁面に多数下げられているカンテラを一つ取ると洞窟に入っていった。サマリはスタスタと歩いていくが、長身の竜司や悠は身を屈めなければ入れないくらいの大きさだった。
しかしそれは長くは続かず、100歩も歩かないうちに開けたとこに出た。やっと天井が高いところに出た、と悠が振り仰ぐと天井そのものが無かった。日が沈み群青色になった空が見えている。
目前には木製の小屋があるが、その向こうにはうっすらと湯気が立ち上っている。そして立ちこめるこの臭い――
「まさか、温泉!?」
最後の二文字をハモらせて優莉と美音が声を上げた。
「確かに硫黄の臭いだな」
「ああ、ありがてぇ」
「まさか異世界で温泉に入れるとは――」
悠、竜司、譲が三者三様の感想を漏らした。
「パーゴン、チャル、パーラン、ナル」
二つの扉を指さしながらサマリが云った。男女別を指しているようだ。
「と、云われても、どっちがパーゴンなんだか」
悠の言葉を察したらしく、サマリは悠を指して「パーゴン」、優莉を指して「パーラン」と云った。
「なるほど、女子はパーランね」
「優莉センパイ、早く行きましょう」
美音が優莉の腕を引っ張って奥の扉に向かう。
「じゃぁ、俺らはこっちか」
竜司が外開きの扉を開くと、硫黄の臭いが強くなった。
サマリが何か云ったが、長すぎて分からない。振り返ってみても、さっさと入れと云わんばかりに手を振られた。仕方ないので3人とも小屋に入って扉を閉めた。
中は板敷になっていて、二面の壁に沿って棚がしつらえられていた。それぞれ棚に脱いだ服を入れると、引き戸を開く。
「あれ、悠さんは眼鏡掛けたまま入るんですか?」
「外したら景色とかよく見えないからな」
「なるほど。ぼくもそうします」
中は予想以上に広かった。わずかに濁った湯をたたえた風呂はきれいに並べられた石で囲まれていて、ほぼ円形を成している。時計で云えば11時5分を差す2本の針に挟まれたぐらいの位置に切り立った岩が鎮座しており、奥の半分を左右に分けているかのようだ。
想像通りだったが水道は無いらしく、しかし木製の桶は有ったので掛け湯をしてみる。湯加減は丁度いい。
3人は湯に入るとそれぞれ少し離れて壁に沿って入ってみたが、かなり底が浅い。全体的に低身長の種族に合わせているのだろう。中央によると少し深くなっていたので、真ん中の岩に背を預けた。
「うあー、極楽極楽」
「竜司おやじくせぇぞ。でも気持ちいいぃぃぃ」
「疲れが取れそうですねぇ。うわ、眼鏡が曇る」
3人が温泉にとろけていると、引き戸が閉じる音がした。「ん?」と3人は顔を上げる。
「へー、思ったより広いのね」
「さすがにシャワーは無いかぁ。あ、でも桶は日本のと同じですね」
優莉と美音の声だった。
第4話「タルカ族」-2に続く