【第1部 迷宮の妖術師】第2話「転移」-2
2024/1/8に一部改稿しています。
食べたことのない果物と水(らしき液体)で朝食を済ませた。果物は、リンゴに似た食感で味は梨に近いという不思議な味だったが食べられないことは無かった。もう一つはほぼブドウだった。
その後改めて荷車の中を確認したが、昨日見つけたもの以外は見付からなかった。
「さて、何がいるかわからんし」竜司が並べた武器類を眺めながら云った。「この辺は持って行った方がいいんだろな」そう云って、剣を1本取り上げた。ご丁寧に鞘と剣帯まで付いている。
「そうね」優莉は食料の方を見やりながら云った。「食料も持って行った方がいいんでしょうね」
「ここに留まっていても状況は変わらなそうだし」云いながら悠も剣を手に取ってみた。「思ったより重いな」
「切れ味は良さそうだ。きちんと手入れされている」竜司は剣を抜き放ち、くるくると表裏を見ていた。「ごく一般的な両刃の剣だな」
「なんだよ、一般的って」
「片刃なら使ったことがあるんだが」
「台湾で習っていたのって、拳法じゃなかったのか?」
「剣を使ったのは、拳法の延長みたいなものだったからな」
「昨日もおっしゃっていましたけど」美音が会話に参加してきた。「竜司センパイは台湾にいらしたんですか?」
「1年だけだけどな」
「中学の卒業式が終わったら直ぐに台湾に行っちゃったんだよ。その後おれのとこに手紙が来てさ、台湾に1年いることにしたから休学届を出しておいてくれって。おれもそれで初めて台湾に行ったってことを知ったんだよ」
「最初は親父が向こうにいるから、遊びに行くだけのつもりだったんだがな」
「だから、優莉センパイたちより1歳年上なんですね。なんか、ダブった、って噂もあったから、訊いてもいいのかどうかずっと迷ってました」
「ダブるどころか、飛び級しても平気だったんじゃないか?」
「せっかくの高校生活だから満喫したいじゃないか。まさかこんなところに来るとは思っていなかったけどな」
「いや、まったくだ」
「ねぇ、そんな話は歩きながらもできるんだから、そろそろ行動しない? 私は早く水のあるところに行って顔と身体を洗いたいわ」
「そうですね。ボクも洗顔したい」二人の女子は、昨夜自前のメイク落としを行っていたため、今はスッピンだったが、キャンプをする時はいつものことなので、2人とも気にしていない。
辺りもようやく明るくなってきたので、出発することにした。
「ぼくは弓矢にします。直接斬ったり突いたりはできなさそうなので」譲は矢筒を肩に掛け、弓を手に取った。「使ったことはないから、当たるかどうかは分かりませんが」
竜司は剣帯を腰に巻きながら云った。「防具もあるけど、行動が制限されるからやめておこう」
武器類は、竜司と悠が剣とナイフを持ち、譲も弓矢のほかにナイフを持った。悠と譲は円形の小さな盾を左腕にくくりつけた。「おれは絶対盾を持つぞ。とにかくこんなところで怪我をしたくない」
「フルーツと水は男子が持ってね」との優莉の言葉に従い、果物と水は男子が分担して持ち、女子は干し肉などを持って行くことにした。
「優莉、それも持っていくのか?」悠の視線は優莉が手に持った鍋に向いている。
「あると便利でしょ。クッカーは小さいのしかないし、いざとなったらヘルメット代わりにするわ」
「いいアイデアだ。いや、マジで」竜司が感心したように云う。
「美音ちゃんは私が守ってあげるからね」
「わあ、センパイ、オトコマエ~」
「はぁ。いい加減行こう」悠がこれ見よがしにため息を吐いて云う。時計を見ると、9時になっていた。
道、というか谷底は緩やかに蛇行していた昨日とは違い、急角度に曲がっているところが多かった。そんなところを小一時間歩いたとき。いきなり悲鳴のような音が聞こえた。
「え、今の声だよね?」優莉が首を傾げる。
「間違いない。誰かいる!」竜司が駆け出した。一歩遅れて悠と譲も走り出したとき、再び聞こえた。
「角の向こうだ」
角を曲がった二人が見たのは、剣を抜き放った竜司の後ろ姿と、立ちすくむ子供のような姿、そしてその向こうには異様なものがいた。堅そうなに外殻に包まれたミミズの化け物、それが二人の第一印象だったが、そのミミズには鋭い牙が何本も生えそろっていた。目がないくせに口だけあるのが却って気色悪い。そしてサイズは直径が美音の身長くらいはありそうだった。長さは判らない。その姿は地面から生え出ていたのだ。
「うわ、なんだありゃ?」「バカでかいミミズ、って訳でもなさそうですね」
思わず立ちすくむ二人の耳に雄叫びが響いた。
竜司が剣を振り上げながら走り出したのだ。
そして剣を振り下ろして胴体に一撃を食らわせるが、びくともしないらしい。やはりその外殻はかなりの堅さのようだ。しかし怪物の意識を子供から逸らせることには成功したらしく、首が、というか口が竜司の方を向く。
後ろからも悲鳴が聞こえた。優莉たちが追いついたのだろう。
その声で呪縛が解けた悠は、急いで子供に近寄ると、抱きかかえて距離を取った。
「譲! 弓は!?」
「あ、そうでした」
とは云っても、譲も弓矢を扱ったことはない。あたふたしながらなんとか矢をつがえ、放つ。矢は勢いはよかったが、あさっての方向に飛んでいった。
「さすがに無理か」云いながら悠も剣を抜いたが、どう加勢すればよいかが解らない。
竜司は迫る牙を剣で払いのけてはいるが、こちらの攻撃は外殻に弾かれるばかりだった。
あんな硬そうな身体なのに、よくミミズのようにのたくることができるな。そう思って悠はじっと怪物の身体を観察する。そして気付いた。
「竜司、そいつには節がある! 殻に隙間があるはずだ!」
「くっ、そう云われても――」
竜司も殻と殻の間に隙間があることは視認できたが、動き回る相手では狙い澄ますこともできない。
と、ガキッと音がした。堅いもの同士がぶつかる音。譲が投げつけたこぶし大の石が、首尾よく牙に当たったのだ。
怪物の意識が竜司からそれる。
「おりゃっ!」竜司は殻の隙間めがけて剣を振り下ろした。
怪物は傷つけられてのたうち回った。
「ちっ、浅いか」
激しくのたうち回るので、迂闊に近寄れない。竜司が攻めあぐねていると、怪物は後の地面に口を突っ込んだ。柔らかい地面ではなかったが、怪物はそのまま地中に掘り進んでいったらしく、最後に尾が地中から現れて再び地中に潜った。しばらく掘られた穴からガリガリと音が聞こえていたが、直ぐに聞こえなくなった。
「とんでもない奴だな」竜司が肩で息をしながら云った。カラカラに乾いた地面は簡単に掘れるものではない。その中を掘り進むというのはどれだけの力を振るっているのか。
「とりあえず、撃退できたようだな。譲、ナイスアシストだ」
「いえ、弓矢は全然使えなくて」
「無理もないさ。悠、さっきの子供は?」
「ああ、そこに――」
「大丈夫?」優莉が子供の前にしゃがんで、目線を合わせながら訊いていた。子供は口を開いたが、何を云っているかは解らなかった。「そうか、言葉が通じないんだよね。英語でも無さそうだしなぁ」
歳の頃は小学校低学年くらい――7、8歳あたりか。赤茶色の髪はショートボブのように顎の線で切り揃えられている。中性的な顔立ちからは男児か女児か判然としない。その身体は恐怖のせいか小刻みに震えていた。
「そうだよねぇ、怖かったよね」
優莉はそっと胸に抱き寄せた。「もう怖いのはいなくなったからね」
言葉は通じていないだろうが、優しい声と温もりに安心したのか、震えがおさまってきた。
「ん?」悠が何かに気付いた。「なぁ、その子の耳――」
云われて、優莉は身体を離して耳を見ようとしたが、髪に隠れている。「何よ、耳なんて」見えない、と続けようとして、優莉も気付いた。赤っぽい髪の一部、正確には二箇所が盛り上がっている。「え、けも耳――」
頭上には獣の耳のような突起が一対付いている。地球の獣のどれに近いかと云えば――
「かわいい……」いつの間にか近寄ってきた美音が思わず言葉を漏らした。「ネコ耳だぁ」
「尻尾もネコみたいだな」
「尻尾!?」
悠の言葉を聞いた美音は子供の後ろにまわってみた。半ズボンのような服には穴が開いているらしく、そこから細長いものが出ていた。赤毛で覆われたそれは、確かにネコの尻尾だ。
「キャットピープルやワーキャットってことでしょうか?」
「――?」譲の言葉に竜司は反応できず、代わりに反応したのは悠だった。
「確かにそうっぽいな」
「なんだそれ」
「色々なファンタジーのコンテンツに登場する架空の種族にそういうものが有りまして、獣人族と呼ばれたりします」
「その中でもネコに近いのがキャットピープルってことか」
「そうですね。いわゆる亜人の一種です」
「おれも譲の意見に賛成だ。それに、こんな小さな子が1人で住めるような場所じゃないから、近くに村や町があるんじゃないか?」
「そうだとしても言葉が通じないんじゃなぁ」
そんな男性陣をよそに、女性陣はコミュニケーションを取ろうとしていた。
優莉は自分を指差して「ゆうり」とゆっくり云う。
子供は少し考えてから「ユウ…」と言葉を発した。
「ゆうり」
「ユウイ?」
「りは発音しにくいのかな」
「ああっ、ボクもボクも。ボクは、みね、だよ」
優莉を真似て自分を指しながら美音が云う。
「ミネダヨ?」
「あ、そうじゃなくて」もう一度自分の胸元を指して「みね」
「ミネ」
「そうそう! いい子だにゃー」
美音が頭を撫でると、気持ちよさそうに目を閉じたが、その様はまさに猫そのものだ。よく見るとその目は吊り目気味でますます猫を想起させる。
優莉は子供を指差して、「あなたは?」と云って小首を傾げる。その動作の意味は通じたらしい。
「クク」
「ククっていうんだぁ。かわいいー」
美音がさらに撫でる。
「へー、その子、ククっていうのか。あ、おれは、ゆう」
「僕は、ゆ、ず、る」
「俺は、りょうじ」
「そんな立て続けに云われたらククちゃんも混乱しちゃうでしょ」
ククはちょっと思案した後、一人一人を指さしながら云った。
「ユウ」「ユズウ」「ロージ」
「えー、すごーい! ボクなんかお三方の名前を覚えるのに1週間かかったのに」
「俺はその頃は週に一度くらいしか部室に行かなかったからな」
「頭の回転が速いのね、きっと。ラ行は難しいみたいだけど」
「見れば見るほど猫みたいですけど、そもそもこの世界にも猫はいるんでしょうか」
譲も会話に加わった。
「祖先は猫に似ていたが、その後の進化の過程でこっちの猫は猫人になったとか」
「なるほどー。さすがロージセンパイ」
「おまえはフツウに呼べるだろ」
つとククは5人の輪から抜け出すと、くるりと振り返って云った。
「ラス、テュオグスー」そして頭を深々と下げた。
「多分、ありがとうって云ってるんだよ!」
「礼儀正しい子ね」
「クク、シャン、テュオガサン。ライパ」
そう云うとククは歩き出した。数歩歩くと振り返り、また「ライパ」と云って手招きする。
「ついて来いって云ってるのかしら」
「おそらくそうでしょうね」
「行ってみましょうよ。ねえ、竜司センパイ」
「このまま進んでも埒が明かないかもしれないし。行ってみるか」
と云って竜司は歩き出し、他の者も続いた。
それを見てククは安心したように微笑むと再び歩き出した。
「云ってることが全然分からないのが不安だよ」
悠の言葉に譲が答える。
「そうですね。異世界転移の定番だと女神様とかがチート能力と言葉の翻訳くらいは付けてくれるんですけどね」
「だよなぁ。呼び出したやつの怠慢じゃないの」
「ククちゃんともこうやってコミュニケーションできたんだから、なんとかなりますよ」
楽観主義者の美音が云う。
「それにしても現れないな、召喚者」
竜司が思い出したように云った。
悠が竜司に近寄り、他の者に聞こえないほどの小声で云う。
「おれさ、召喚者がいない転移者の小説も読んだことがあるんだよ」
「タイムスリップみたいなものか」
「その小説では次元スリップと云っていた」
「なるほど。そのパターンも選択肢に入れておこう。でもそのパターンだと、帰り方を探すのに一苦労しそうだよな」
一苦労などで済むとは思えなかったが、この友人が云うとなんでもないことのように聞こえるから不思議だ。軽くため息を吐いて悠は云った。
「結局なるようにしかならないか」
「ああ、とにかく生き延びることが最優先だ」