お風呂って気持ちいいよね
会社帰り。
夕日を背に坂をとぼとぼと登っていく。
久々の定時退社。
疲労困憊の体には束の間の休息がすぐにでも必要だった。
俺は歩みを進める。
辺り一帯が綺麗な夕日色で染め上げられていた。
アスファルトからの照り返しが眩しい。
坂を登りきったら住宅街が広がっている。
大通りから少し横道にそれたところにあるボロアパート。
そのアパートの2階の隅の部屋が俺の家だ。
まだ、20代だから。
将来は一軒家に住みたいと帰るたびに思う。
一階の郵便受けは空だった。
錆びた階段を上がっていった。
部屋の鍵をリュックから取り出して扉を開ける。
ムワッとした空気が通り抜けていくと、昨日の晩御飯の洗い物がそのままになっていることに気づいた。
「ただいま」
誰もいない部屋にそう言うと寂しさが和らぐ。
荷物をおろして、ネクタイとベルトを外した。
そのまま床に倒れ込んで微動だにせず、1時間過ごした。
「最高だわ…」
この瞬間が人生で1番最高な気がする。
その一方で少しずつ明日に近づいていることに不安が燻る。
ひんやりとしたフローリングの床。
重力に逆らえない身体。
堕落した束の間の休息。
ふらつかないようにゆっくりと起き上がって、外が暗くなっていることに気づく。
もうそんな時間なのかと思いながら、帰路の隙間に買ってきた弁当を鞄から取り出す。
そして、食べる。
3日に一度くらいの頻度で食べるのり弁当。
分厚い衣の白身フライ。
おかか。
ごはんの上に敷き詰められた海苔。
海苔。
海苔。
海苔。
海苔。
海苔。
海苔。
「え…。」
大量に重ねられた海苔を箸でのけた先に、ご飯がなかった。
「これぞ、ほんとの海苔弁当ってか!」
思わず叫んでしまった。
たぶん、店員さんが間違えたのだろう。
まぁいい。海苔はうまい。
米を食いたいかと聞かれたら食いたい。
海苔マシマシ。
一枚ずつペラペラの海苔を丁寧に食べていき、最後の一枚をめくったときだった。
折り紙だった。
もはや食べ物じゃなかった。
俺は悲しくなって丁寧に鶴を折った。
黒い鶴は明日、弁当屋さんにあげよう。
そう思って立ち上がり、風呂に向かった。
服を脱ぎ。
鏡に映る自分の腹をみて凹ませた。
少し太ったかなとか思いながら風呂の扉を開けた。
「はーい!本日のスペシャルなゲストさんの登場!おっとととと!編集さん、あとでモザイクかけてあげてね!誰もがご存知のイケメン俳優三田川充さんです!」
「はーーーあい!?三田川ですーーけど?!え!?」
ギリギリで自己紹介に答えながら意味がわからなかった。
風呂を開けたら、めちゃくちゃに華やかでカラフルなセットと高そうなカメラをかついだカメラマンが全裸の俺を撮ってて…。
「三田川さん。なんとダイナミックな登場でしたね。早く隠すとこ隠さないと、いや、ちっさ!」
「いや、ちっさってなんやねん」
隠しながら思わず叫んでいた。
「失礼いたしました。それでは三田川さん所定の位置へついてください。」
隠しながらよそよそと言われるままにネームプレートがあるところに座った。
「それでは!気を取り直して!クイズ!三田川はみた!のお時間です。司会は私、海苔のリオがお送りします!」
むむむ。
なんか嫌な感じがする。