ひまわり
――郊外にある山の不思議な話知ってる?
――あれの事?殺されたような感じはないのにある一部分だけなくなった動物の死骸が多数見つかってるっていう・・・
太陽に照らされて輝くひまわり。大切に大切に育てたひまわりが大輪を咲かせ私を見てくれる。
そんなひまわりが大好きなのだ。
「おはよう影嶋さん、暑いのに頑張るねぇ~」
「宮田さん、おはようございます。好きな事ですから楽しいですよ。」
「そうかいそうかい。それにしても若くて顔も良い男なのにいつまでもこんなところにいていいのかい?」
「私はこの土地が好きですから。」
近所に住む宮田のおばあちゃんは、そうかいそうかい、と言いながら自分の畑に向かっていった。
ここは都会から車で3時間離れた場所。一応「市」と名は付くものの栄えている所は一部分のみで約半分は豊かな自然が広がっている。その中に昔からの農家が暮らす土地がある。その一角にあるのが私が管理しているひまわり畑。
いつも通り私は水遣りをしながら声をかける。
「今日も私を見てくれてありがとう。私も君たちを愛しているよ。」
◇◇◇
「今日も暇だなぁ~・・・」
夏休みの課題もとっとと終わらせたし、バイトをしてる訳でもないし、予定を立てる友人がいる訳でもないし。これといって夜更かしをする理由もなく学校がある時と同じ時間に寝て起きる。
「今日はお手伝いさんも来ない日だし・・・暇だ・・・」
自慢ではないが私の家は所謂お金持ち。父は某企業の4代目だし、母は洋服のセレクトショップのオーナー。二人とも仕事が忙しく家にいることは最近はほとんどない。
私が中学生の時までは子供優先で割りと家にいたけど高校生になると「あおいも友達付き合いが増えるだろうから」とほったらかし。
「友達?何それおいしいの?」
自嘲の言葉がエアコンの風に飛ばされた。
『私は今話題になっているひまわり畑に来ております!見てください、目の前がいっぱいのひまわりで覆われてとても綺麗です!』
なんとなく付けっぱなしにしていたテレビから明るいお姉さんの声が響いた。
ふと目をやると、確かにお姉さんの言葉通りそこにはひまわり畑が広がっていた。画面いっぱいに写っているひまわり達はみんな上を向いて輝いている。
「ここらから電車だと2時間かからないくらい・・・どうせ暇だし行ってみよう。」
部屋着からノースリーブの白いシャツと濃い青の麻のズボンに着替え、頭には焼けないように麦わら帽子をかぶる。別にデートでもなんでもないしこんなもん。ペタンコの小さいリボンが付いたサンダルを履き玄関の重いドアを開ける。
まだ午前中だというのに太陽は今日も元気だった。
電車に1時間半揺られそこからバスで30分。徐々にビルがなくなり建物が小さくなり空が大きくなるのは面白かった。2時間移動という拘束はあるけれど、これだけの開放感が得られるならばたまにはそれもいいかな。
ひまわり畑の最寄のバス停で降りて、んんーっと伸びをする。ここから歩いて約10分の所にあるらしい。
木々を抜けてすこし冷たい風を感じながらのんびり歩いていると黄色の頭がたくさん見えてきた。少しだけ足早に近寄るときらきらと輝く黄色の波に飲み込まれたかのような感覚に陥った。
「なに、これ・・・すごすぎ・・・」
あまりにも圧倒されすぎてひまわり達の前で立ち尽くしていると
「大丈夫ですか?体調でも崩されましたか?」
後ろから心地よい中低音の声が聞こえた。初めて聞くはずの声だけれどどこか懐かしいような優しい声の主の方へ振り返ると
「・・・絶世の美男子・・・」
「ん?・・・なにか言いました?」
はっ、と意識を鷲掴みで取り戻し思わず衣服をあわてて正す。もっとちゃんと可愛い服装で来ればよかった。くすっと笑われた気がするけどそれどころじゃない。
切れ長の目に吸い込まれてしまいそうな澄んだ黒い瞳。ダークブラウンの髪の毛は後ろで1本に結わかれ肩に流れている。すらっと伸びた手足は程よい筋肉質だが全体をまとう女性の様な柔らかいオーラがなんとも色気を漂わせている。
今まで見た事のない美男子に思わず見惚れていると目が合ってしまった。過剰と思われる程さっと視線を逸らしそのまま目を泳がしていると
「大丈夫ですか?体調悪いとかないですか?」
柔らかい声でゆっくりと問われやっと脳が追いついた。
「あ、いえ、大丈夫です。あの、ひまわりに圧倒されてぼーっとしてただけなので・・・」
「そうなんですね!そう言っていただけると嬉しいです。」
突然子供のように顔をくしゃりとさせとても嬉しそうに笑う彼にまた戸惑いつつも見惚れてしまう。
「ああ!すみません。実は私、このひまわり畑の管理者なんです。ですから、褒めていただいて嬉しくてつい・・・」
「ええ!ここの管理者の方なんですか!」
「今日は他のお客様も少ないですから、ゆっくり見てください。」
そう微笑みながら言う姿に私はまた意識が飛びそうになった。
あれから3週間が過ぎた。私はあのひまわり畑の虜になっていた。どうしようもなく暇になった時に足を運んでいると気が付けば週2日のペースで訪れるようになっていた。まあ、若干の下心もあるけれど、それは秘密で。
そして今日も例に漏れず3日ぶりにひまわり畑にいた。あの沢山のひまわりが元気に太陽に向って咲いている姿は今まで下を向いて自分の存在を消すように生きてきた私を元気付けてくれる。
いつのまにか私もあんな風に輝きたいとまで思えるようになっていた。周りを気にしたって仕方ないんだ。
「すっかりここの常連さんですね。」
「はい。ここに来ると元気をもらえるんです!」
「そう言ってもらえると私も元気がもらえます。」
はい、天使。麦茶足しますね、とお兄さんが席を立つ。その隙に私はもだえておく。ここは管理用に立てられた木造の小屋。小屋と言えど人一人は普通に生活できるような小屋。ひまわり畑の奥の方に立ち、大きな窓からはひまわりが海のように広がっている。
すっかり常連になった私は、小屋へ招かれるようになった。ここに荷物を置かせてもらいひまわり畑だけではなく、その周辺も散歩するようになった。
都会で生まれ育った私にとってここにあるものはすべて新鮮で楽しい。お兄さんも手が空いてる時は一緒に散歩をし色々な事を教えてくれる。
「ふふ」
二つの空のコップに冷えた麦茶を注ぎながら突然小さく笑うお兄さん。
「どうかしたんですか?」
「いえ、少し前まで緊張もあったのか私の顔すら見ず下を向いてる事が多かったのに、今はずいぶんと懐いてくれたなと思いまして。」
いつもの大人の色気のある微笑みとは違う悪戯をした子供のような笑みを浮かべながら私の目の前にグラスを差し出してくれる。
冷えたグラスについた水滴が、体温の上がった私には心地よかった。
「人見知りなんですもん。こんな見た目だからジロジロ見られるのが嫌で。」
私の母は外国人。日本人とは全く違う色素を持った母から生まれた私も、周りの子と違っていた。
肌はみんなより白いし、髪の色は明るい茶色。瞳にいたっては金色に近いオレンジでどう見ても日本人ぽくない。
この見た目のせいで幼い頃は友達なんて出来なかった。幼稚園や小学校の時なんかは一人しか友達も出来なかった。子供の純粋さゆえ、みんなと違う私は陰口だったり仲間はずれに合っていた。5年生の時に別のクラスに転入してきた子だけが唯一ちゃんと私と話してくれた。
中学は受験してまた新たな環境になった。まともな交友関係を学んでいない私は立派なコミュ障になり、見た目など一切関係なく友達を作れなかった。
そしてあれよあれよと私の人見知りコミュ障は育っていったという訳である。
「好奇の視線から逃れたり、他人との付き合い方が分からなくてずっと下向いてたからそれがもう癖なんです。」
色んな理由をつけて結局は自分が逃げてるんだなと思うとちょっと笑えてくる。
「私は初めてあおいさんを見たとき、変な話、ひまわりの妖精かと思ったんです。」
「・・・。はい?」
「お恥ずかしい話ですが、染めた髪とは違う内側から輝いているような髪色で、スタイルもすらっとしていて。それに近くで見たら瞳の色がまるで太陽の光を浴びたひまわりの花びらのように見えたんです。大事に育ててきたひまわりが人間の姿で会いに来てくれたと思ってしまったんです。」
アラフォーにもなってお恥ずかしい話です、と小さく付け加えて顔を赤らめる。
(あなたこそが年齢不詳で美しい妖精です。神様ありがとう。)
なんともくすぐったい褒められ方をしたが、それどころではないものを見てしまい動揺する暇はなかった。
「そうやって褒めてくれるのはお兄さんだけですよ。嬉しいです。」
「いえいえ、そんな・・・。私だけなんてそんなことないでしょう?」
「本当にお兄さんだけです。」
「え?」
きょとんとした顔も美しいなんて本当にこの人アラフォーなのだろうか。そんな事を考えながら残り一口の麦茶を飲み干す。
「数少ない友達は私が好奇の目で見られるのが嫌なのを知ってるからか外見には触れてこないんです。両親は仕事が忙しい人たちなんで最近まともに顔も合わせてないくらいですからね。」
「そう、なんですね・・・。・・・麦茶、持ってきますね。」
少し困った顔をして席を立つお兄さん。困らせるつもりはなかったのに。お兄さん相手だとついつい話しすぎてしまう。
窓の外のひまわりを見るとのびのびと太陽を見ている。こんなちっぽけな事で悩まないひまわりが羨ましい。
「いいなあ、ひまわりは。羨ましいなあ・・・」
「ひまわりになりたいんですか?」
グラスを置きながらくすくすと笑う声が聞こえてきた。机に置かれた時、中に浮かぶ氷がカランと音を立ててそれすら笑い声に聞こえる。
「聞こえましたか・・・」
「はい。可愛い呟きが聞こえてしまいました。」
たまにこの人の言葉が理解できません。笑ってくれて良かったと思っていたらまたさっきと同じ困った顔に戻ってしまったお兄さん。
数分前の口を滑らせてしまった自分を恨む。楽しくてここに通っているのにそれを自分から暗い空気にしてしまった。
「すみません。なんか暗い空気にしてしまって・・・。困らせるつもりは・・・。」
「ん?ああ、いえいえ。少し考え事です。気にさせてしまったみたいで、こちらこそすみません。」
「もう、お兄さんは私を甘やかしすぎです!だからさっきあんな事を呟いてしまったんです。」
「ひまわりが羨ましい、ですか?」
「はい。お兄さんに育てられるひまわりは幸せだなって。あんなに沢山あっても一本一本に向き合ってるじゃないですか。そうやって向き合ってもらえるのが羨ましいなって思ったんです。」
本音を言うとまたお兄さんは少し困った顔をする。ただの他人の、しかもこんなお子様に私を見てとわがままを言う彼女のような事を言われれば困るのも当たり前か。
今日はお兄さんを困らせてばかりだ。少し頭を冷やそう。
「今日はそろそろ帰りますね。麦茶ごちそうさまでした。」
荷物をまとめ帰り支度をし、ドアに手をかけたところで呼び止められた。
「あおいさん」
いつもと同じ優しい声だけどいつもとは違う強い声に不安になる。恐る恐る振り返ると今まで見たこともない真剣な顔をしたお兄さんと目が合った。
強く射抜かれるような目に逸らせずにいる。
「先程の話を聞いて言おうか迷っていたんですけど、私はあおいさんの目、とても好きですよ。」
好き。その言葉に反応してしまい自分でも分かるくらいに赤面してしまった。目が、と何度も自分に言い聞かせても脳はそれをいいように解釈してしまう。
(落ち着け私。変な勘違いはするな・・・)
「その瞳は本当に綺麗で、初めて見た時から何度も吸い込まれてしまいそうになります。だから、」
不自然に言葉を区切り、先程まで真剣な表情に少し愁いの色を滲ませた。
言葉の続きも気になるが見たことのない表情の数々に釘付けになる。
「だから、また何か嫌な事辛い事があった時に私を思い出してほしいです。私はあなたの味方です。」
今まで私の周りにいてくれる人達と違い、お兄さんはそうハッキリと言葉にした。
両親はもちろん友人たちやお手伝いさんも私の味方になってくれると思う。でもお兄さんは私が気にしている外見を綺麗だと言葉をくれた。
味方だと言葉をくれた。それは毎日不安に駆られる私にとって、ここは安全だとはっきり示してくれることだった。
「だから、お兄さんは私を甘やかしすぎですって!」
恥ずかしさや嬉しさで溢れそうな涙を、可愛くない言葉で隠す。しおらしい姿よりこっちの方が私らしい。
それを分かってかお兄さんは小さく笑った。その姿はいつもの見慣れたお兄さんでそれもまた涙が溢れそうになる。
「帰りのバスまでまだ時間があるようですが、大丈夫ですか?」
「ゆっくり散歩でもしながら帰ります。」
「そうですか。まだ明るいですけど気をつけてくださいね。」
「はい!ありがとうございます。それじゃまた!」
笑顔で手を振るお兄さんを見てからドアを閉める。
外に出てふとひまわり畑に目をやると、まるで笑いかけてくれているようでいつもより輝いて見えた。思わずスマホで写真を撮る。
今日は足が軽い気がする。少しだけ遠回りをしてバス停に向う。10分近く経ったあたりでバスが到着した。
(この時間だと7時前には家に着くかな。)
いつもより早い時間のバスだからか、乗車客が何人かいた。
山道を下るバスに揺られながら今日一日を思い返していた。お兄さんは私の目を好きだと言っていた。生きてきた中で一番幸せだったかもしれない。初めてこの見た目で、この色で良かったと思った。
(どんな意味であれ、好きって言われるのってこんなに嬉しいんだ。)
お兄さんに出会ってから色んなことを知った。色んなことを教えてくれるお兄さんが好きだ。
そう思ってしまうとまた心が軽くなった気がした。
「ほんとお兄さんに育てられるひまわりは幸せだな。羨ましい。」
バスの揺れが心地よくてうとうとし始めた時
ゴゴゴゴ・・・
突然轟音が響いた。何事だと思った瞬間
「うわあっ!」
運転手の叫び声と同時に急ブレーキがかかる。どこかに掴まる間もなく体が跳ねる。そこで記憶が途切れた。
お兄さんの夢を見た。いつもの優しい顔。でもなんかちょっと違う。優しく笑っているけど、どこか悲しい感じがする。
『あおいさん。私のことは好きですか?』
優しい手が私の頭を撫でている。そのまま手が下りてきて頬を掠める。そのくすぐったさに思わず笑ってしまう。
なんて幸せな夢だろう。夢なら言っても罰は当たらないかな。
『好きです。私を優しく見てくれる。包み込んでくれる。安心させてくれるお兄さんが好きです。』
私の言葉を聞いたお兄さんは艶っぽい表情に変わった。まるで愛しい物を見るような表情に私は恥ずかしくなる。
『私もあおいさんを好きですよ。愛しています。ずっとそばにいてくれますか?』
プロポーズにも思える言葉。なんて都合のいい夢を見ているんだろうか。幸せだな。
もしお兄さんと結婚できたらあのひまわり達みたいに・・・なんて。
『もし本当にお兄さんの傍にいれたら幸せなんだろうなあ』
『もちろん。幸せにしますよ』
そう言って笑うお兄さんの顔を見つめていると突然目の前が暗くなった。
なんだ、もう幸せな夢は終わりか。もう少し見ていたかったな。
◇◇◇
ここはあたり一面ひまわりで埋め尽くされた場所。“ひまわりの海”と呼ばれ都会から行きやすいというのもあり近年人気がある。また人気の理由も身近な自然というだけでなく、そのひまわりの海の管理人がイケメンという噂もあり女性も多く訪れる。
この日も親子連れや友人同士、カップルなど様々な観光客がその景色に魅了されていた。
「ママ見て!ひまわりいっぱい!きれー!」
「そうね。こんなにいっぱいのひまわり、ママも初めて見た。」
その魅力に圧倒されている親子の背後に近づく人影があった。
「ふふ。ありがとうございます。そう言っていただけて嬉しいです。」
突然話しかけられて驚いている親子を見て、その人物は申し訳なさそうに話を続ける。
「すみません、突然。私ここの管理人なんです。会話が聞こえてつい話しかけてしまいました。」
その人物は柔らかい笑顔を浮かべながら親子を見つめる。噂の管理人に思わず会えてしまった母親は
噂に違わずその整った顔立ちを前に黙ってしまった。
「あ!このひまわり、すごい大きい!それになんだかきらきらしててきれー!」
きょろきょろとひまわりを見ていた少女は一つのひまわりの前で立ち止まった。確かにそれは少女の言うように他のひまわりとは違うように見える。一際大きい花を咲かせ太陽の光を浴びた花びらは宝石のように輝いていた。
「なんかこのひまわり、お兄さんを見てるみたい」
「よく分かりましたね。このひまわりさんは私の一番のお気に入りなんです。他の子も大切ですけどそれよりもっと。」
「いつも私を見てくれる大切な、大切なひまわりです。」
――ひまわりの海って知ってる?
――知ってる。最近人気だよね。夏だけにしか見れない絶景だから。
――じゃあこれも知ってる?消えた女子高生の話。
――うん。数年前にひまわりの海がある場所を走ってるバスが謎の土砂崩れに巻き込まれて崖下に落ちたけど奇跡的に運転手、乗客ともに全員軽症。でも一人だけ見つかってないって話でしょ。
――そうそう。すごい特徴ある子だったから乗ってた人みんなその子の事よく覚えてたんだって。でもいくら探しても髪の毛一本すら見つからないらしい。
――でもその後、前によく見つかってた目をくりぬかれた動物の死骸は見つからなくなったらしいね。
ひまわりの花言葉:あなただけを見つめる