第六十話 最後
「着いたはいいものの、あんまり腹減ってないんだけど」
『……私も一個丸々食べるのは無理そうだわ』
クレープ屋までやって来たのはいいものの、ここにきて問題が発生した。
三十分ほど前に昼ごはんを食べたばかりだったから、二人ともあまりお腹が空いていなかったのである。
「せっかく来たんだし、何も買わないっていうのもなぁ……」
そう漏らすと、レナが恥ずかしげに提案してきた。
『一つ買って一緒に食べるのはどうかな?』
「それ、間接キスにならない?」
『そうなるけど、海斗なら気にならないわ』
「……そっか」
そう言われれば、断ることはできなかった。
俺としても気にならないし、そもそもレナの誕生日パーティーの時にがっつり間接キスしていたから、いまさらって感じだし。
そんなわけで、俺はクレープを買ってきた。
レナと一緒に近くのベンチに移動する。
『すごくおいしそうね!』
「そうだな」
生地の中にたっぷりと詰まった生クリーム。
ふんだんに入っているチョコバナナ。
見てるだけで食欲が掻き立てられるほどおいしそうだ。
「レナから食べていいぞ」
『ん。じゃあ、お先にもらうわね』
レナが大きな口を開けて頬張る。
たったの一口で俺の三口分くらい持っていったのがレナらしくて、つい頬が緩む。
『ん、最高!』
目を輝かせながら一生懸命食べるレナは、見ていてとても愛くるしかった。
「次は俺の番だな」
俺も一口パクリ。
「ん、うめえ!」
あまりのおいしさに、思わず目を見開いた。
甘さ控えめな生クリームに、チョコレートたっぷりなバナナの風味がマッチしている。
生地はしっとりとした触感で、生クリームやチョコバナナの味をより引き立てていた。
『次は私の番よ!』
「分かってるって。ほれ」
『ん~、やっぱり最高!』
レナと交互にかじっていく。
あっという間にクレープは減っていき、すぐに食べ尽くしてしまった。
『大満足。さすがにもう入らないわ』
「俺も大満足だよ。買ってよかったな」
『ん、いっぱい間接キスできたわね』
嬉しそうに告げてきたレナに、思わず心臓が張り裂けそうになった。
胸の内から溢れ出てくるのは、喜びの感情。
とても心地いい感情だ。
やっぱり言葉にできないこの感情がなんなのかは分からないけど、俺は幸せだった。
「そろそろアトラクション巡りを再開するか」
『そうね。食後の腹ごしらえは終わったもの。遊ぶためのエネルギー補給はばっちりだわ!』
「食後の腹ごしらえってパワーワード初めて聞いたよ」
『さあ、たっぷりと遊びつくすわよ!』
これ以上ないくらいに生き生きとしたレナと一緒にいるだけで、とても幸せで。
満たされていくような感じがして。
とにかく楽しかった。
あっという間に閉園時間が近づいてくる。
ただ遊園地で遊んだだけなのに、半日程度とは思えないほど濃密な時間を過ごすことができた。
この思い出は、一生忘れることはないだろう。
「そろそろ帰る時間か……」
『……残念ね…………』
もっと遊びたかったなぁと思いながら呟いたら、やけに悲しそうな声音で返ってきた。
それだけ残念に思ってくれているのだろう。
「レナと一緒に遊びに来れて、最高に楽しかったよ」
『ん、私もよ。海斗と一緒に来れて……ううん。海斗と出会えてよかった』
「そっか。俺もだよ」
頬をポリポリかきながら返せば、レナが嬉しそうに笑った。
「また遊びに行こうな」
『………………行けたら、いいわね』
不自然なほどに間があった。
すごく悲しそうな、申し訳なさそうな声だった。
それっきり、レナは静かになってしまった。
どうしたんだ?
疑問に思う。
いつも元気で騒がしいレナが静かになるなんて珍しいから。
ふと、脳裏をよぎる。
今日のレナは、どこかおかしかったことが。
昼ごはんの時に「さくらんぼを使った料理を作ろうか?」と聞いたら、長い間の後に『お願いね』と帰ってきたこと。
お願いしたいけど、きっとできない。そんな思いが込められていた気がした。
観覧車で、レナのことを友達と言ったら寂しそうな表情を見せたこと。
聞きたかった言葉が聞けなかった。そんな感じだった。
そして、今さっきのやり取り。
『行けたら、いいわね』と言ったレナは、つらそうだった。
まるで行けないということが分かっているかのような──。
『……大事な話があるの』
意を決したように、レナが話しかけてきた。
話ってなんだろうか?
レナのことだから、どうせお腹空いたとかアイス食べたいとかそんな感じだろ。
俺はそう思った。
そう思いたかった。
思わずにはいられなかった。
『──やっと成仏できるわ。海斗と出会えてよかった。波長が合ってよかったわ。大好きだよ』
何を言っているのか分からない。
いや、分かりたくない。
理解したくない!
だって……! だって、俺は──!
『これが最後になるの、寂しいわ』
レナが抱き着いてくる。
何かを言おうとして、言葉が出ない。
それでも口を開こうとした直後。
柔らかくて、甘い感触が、唇に伝わってきた。
『……じゃあね』
レナに口づけされたのだと気付いた時には、もう遅かった。
レナは寂しそうに微笑んで、手を振って──。
──気づいた時には消えていた。
驚くほどあっさりと。
まるで最初からいなかったかのように。
すべては儚い幻想だったとでもいうかのように。
「レナ……」
先ほどまでレナがいたはずの場所に手を伸ばしてみるものの、空気の感触しか掴めなかった。
返事は、返ってこなかった。





