第五十七話 遊園地
遊園地に足を踏み入れた俺たちは、入場時にもらったパンフレットを見る。
そこには、それぞれのアトラクションの場所や魅力などの情報が記されていた。
「最初はどれにする?」
パンフレットを食い入るように見ていたレナに聞く。
ヒーローショーを眺める子供みたいだな、などと思っていると、長い熟考の末にレナが口を開いた。
『…………ジェットコースターがいい!』
「よりによってジェットコースターかよ」
『嫌なの?』
「ジェットコースターとかスリルのあるやつは苦手だな」
『……どうしてもジェットコースターに乗りたいんだけど、ダメかな?』
レナが懇願するかのように上目づかいで頼んできた。
至近距離からの不意打ちに心臓が跳ねる。
「上目づかいされたら俺が断れないの知っててやってたりする?」
『当たり前でしょ。海斗は不意打ちに弱いって知ってるもん』
「やっぱりか。確信犯め!」
『もっとドキドキさせてあげてもいいのよ?』
至近距離から妖艶な笑みを浮かべてくるレナ。
初めて見るレナのその表情は、なんとも蠱惑的で小悪魔的な美しさがあった。
心臓の鼓動が限界を超えたのかと錯覚するほど速くなる。
それは反則やろ!
可愛すぎて心臓が持たないって!
心臓を落ち着けるだけでも一苦労だ。
「絶対に天月から悪い影響受けてるよ! ……しょうがねーな、ジェットコースター行こーぜ!」
『やったー! 海斗チョロいわね』
「チョロいのはレナも大概だからな!?」
俺はレナを伴ってジェットコースターのアトラクションへ向かった。
「高え……」
高さ六十メートルからの落下がウリのジェットコースターを眺めて、先ほどまでマックスだった俺のテンションは地の果てまで落ちていた。
まだ何もアトラクションを楽しんでいないというのに、もう家に帰りたい気分だ。
「やっぱりやめてもいいですか?」
『ダメです』
ダメもとで聞いてみるも、レナに腕を引っ張られて順番待ちの列に放り込まれたので、俺は仕方なく覚悟を決めた。
『なんで主人公がラスボスに挑む直前みたいな顔してんのよ?』
「ここが俺の死地になるかもしれないからな」
『私が言うのもあれだけど、そんな死に方しないで? 遊園地に迷惑よ』
「ごもっともです」
心の中で様々な葛藤を乗り越えて自身の精神的成長を感じ出したころで、とうとう俺たちの番がやって来た。
レナが素早く俺に憑依する。
そして、ジェットコースターに乗った。
「早く天辺につかないかな~」
(頼むからまだつかないで!)
ジェットコースターがゆっくりと昇っていく。
レナはワクワクした様子だけど、俺は心の中で必死に懇願していた。
だが、俺の願いもむなしく、ジェットコースターはあっという間に天辺にさしかかる。
刹那、ふわりと体が宙に浮く感覚。
それから激しい風の抵抗がやってくる。
「きゃ~~~!」
(アアアアアアアアアアアアアアア!!!!!?)
レナは楽しそうに叫ぶ。
心の中では、絶えず俺の絶叫が響き渡った。
思いっきり落下してからの一回転やねじれたレールによる側転など、搭乗者を飽きさせない設計になっていてレナはとても楽しめたようだ。
ジェットコースターから降りて憑依を解除したレナは、すごく満足げな表情だった。
『は~、やっぱりジェットコースターは最高!』
「もう一生乗りたくない……」
それとは対照的に、俺は生まれたての小鹿みたいに膝をガクガク震わせていた。
おそらく顔も蒼白だろう。
正直、ちゃんと立っていられるのが不思議なくらいだ。
『膝カックンしたら関節外れそうね』
「外れるどころか砕け散るからやめて……」
『しょうがないわね。手、出しなさい』
俺は言われたとおりに手を差し出す。
レナは俺の手を取って、移動を補助。近くにあったベンチに座らせてくれた。
それから休憩すること十分ほど。
ようやく俺は復活した。
『次はフリーフォールに行きましょ』
「俺を悪霊にする気ですか!? 今度こそ死ぬよ!?」
『冗談よ。次は海斗が選びなさい』
フリーフォールだけは免れたことにホッと胸を撫でおろしつつ、俺は思案する。
どのアトラクションも楽しそうだから決めがたいけど、しばしの黙考を経て俺は口を開いた。
「お化け屋敷とかどうだ? すぐ近くにあるからちょうどいいだろ」
『お、お化け屋敷か……。そうね……』
パンフレットのお化け屋敷の欄を指さしながら聞いてみれば、レナの反応は苦かった。
当たり前だ。
レナはホラーが苦手なのだから。
コイツ悪霊で幽霊が見えるくせに、ホラゲーとかそういうのは苦手なんだよな。
通信協力できるホラゲーを一緒にやった時のレナは、ことあるごとにビックリして悲鳴を上げていた。
それを思い出しながら、俺は内心でニヤニヤする。
もちろん表には出さない。
『もしかしてさ、私がホラー苦手なの知ってて誘ってるの? ジェットコースターの仕返しってワケ?』
「そんなことないよ。どうしてもお化け屋敷に行きたいんだけど、ダメかな?」
レナの真似をして上目づかいで聞いてみれば、レナは渋々といった感じで了承してくれた。
『海斗が行きたいなら優しいレナ様がついていってあげるわ! そのかわり、怖いから手をつなぎなさいよね!』
「それでお礼になるなら喜んで」
差し出されたレナの手を握る。
「まだお化け屋敷についてすらいないぞ」などというツッコミは野暮ってもんだ。
つなぎたいからつなぐ。
レナが喜んでくれるならそれでいいのだ。
『いい? 絶対に手を離すんじゃないわよ!』
「分かってるって」
『もし手を離したら、フリーフォールにぶち込みの刑だからね!』
「意地でも離さないから安心しろ」
お化け屋敷までやって来た俺たち。
特に緊張することもない俺が進みだすと、レナはおっかなびっくりついてくる。
お化け屋敷の中に入れば、すぐに視界が暗くなった。
進む先に広がる闇が、恐怖を煽ってくる。
まるで進めるものなら進んで見せろとでもいうような感じだ。
『はわわわ……』
レナが小さく震えながら身を寄せてくる。
ミルクのような甘い匂いと、小さな息遣いの音。
至近距離から伝わってくるそれらに、俺の心臓も少しだけドキドキする。
『絶対に離さないでね……?』
「絶対に離さないから大丈夫だ。ほら、進もーぜ」
『う、うん。そうね。早く脱出しましょ……』
レナのペースに合わせて、ゆっくりエスコートする。
大きな音や転がる生首、突如現れる化け物たち。
それらに驚かされて何度もレナが泣きそうになったけど、とうとう出口の近くまでやって来た。
「あと少しだから頑張ろうな。出れたらご褒美やるから」
『ん、頑張る……!』
ご褒美という言葉につられて闘志を奮い立たせたレナは、進むペースを速める。
道中で散々驚かされて慣れてきたのか、ラストスパートに配置されていたギミックで驚くことはなかった。
だが、ラストスパートに拍子抜けするような低レベルのギミックが配置されていたのは、挑戦者を油断させるためで──。
『やった! 出口よ!』
レナは最後の最後で製作者の思惑通りに油断してしまった。
次の瞬間、死角から「ガァァァァァ!!!」という雄たけびと共に落ち武者の亡霊が飛び出してきた。
『ひぁぁ!?』
「うおい!?」
追い詰められたネズミに噛まれた猫のように、レナが悲鳴を上げる。
反射的に俺に抱き着いてきた。
俺の二の腕をマシュマロのような柔らかい感触が襲う。
レナが抱き着く力を強めるごとに、弾力がよりはっきり伝わってくる。
俺の顔が一気に熱くなった。
『…………うぅ、怖かったよぉ』
「……今度こそ大丈夫だから」
レナが半泣きで顔を上げた後も、俺の顔は赤いまま。
だけど、お化け屋敷の暗闇によって気づかれることはなかった。





