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第五十五話 お風呂とレナの気持ち

『お帰り、海斗!』

「……ただいま」


 バイトが終わって家に帰るとレナがいつもより元気よく出迎えてくれたが、海斗の態度は相変わらずだった。

 正確には、相変わらずにならざるを得なかった。


 レナの顔を見た瞬間、脳裏に数十分前の美沙の言葉がフラッシュバックしてきたのだ。

 後悔しないでくださいという言葉に頭の中が支配されて、うまく言葉が出てこなかった。

 どう声をかければいいのか分からなかった。


「……疲れたから、風呂入ってくる」

『ん、いってらっしゃい!』


 レナは一切態度を変えることなく、元気に送り出してくれた。


「……ハァ」


 脱衣所で服を脱ぎながらため息を漏らす。


(……後悔しないでください、か。どうするのが正解なんだろうな)


 聞こえたのは風呂場の扉を開けた音だけで、海斗の疑問に答えてくれる者はいない。


 レナが成仏するまでに最高の思い出を作る。

 今のままレナと接して、中途半端な思い出になってしまうのが怖い。

 そう考えてしまって、足がすくむ。

 最初の一歩が踏み出せなくなってしまった。


「ハァ……」


 もう一度ため息を吐いてから、シャワーを流す。

 流水で頭を流していると、脱衣所のほうから何やらガサゴソと音が聞こえだした。


 レナが何か探し物でもしているのだろう。

 そう思っていたら、風呂の扉をノックする音と共に予想外の一言が耳に届いた。


『……入るわよ』

「ウェッ!?」


 シャワー音に遮られてなおハッキリと聞こえてきたその言葉に、反射的に素っ頓狂な声が出る。

 慌てて何かを言い返そうとしたが、それよりも先に扉が開かれた。


『何ヤギみたいな声出してんのよ。ほら、これで隠しなさい』


 バスタオル一枚で体を隠したレナが、恥ずかしそうにそっぽを向きながらタオルを渡してくる。

 とりあえず受け取って大事な部分を隠した。


「……何やってんの?」

『アンタが柄にもなくしんみりしてるから、優しい優しいレナ様が元気づけてあげようと一肌脱いであげたのよ』

「優しいの部分を強調すな。知ってるから」

『何よその反応は。美少女と一緒にお風呂に入るなんていうスペシャルラッキーイベントなのよ! もっと喜びなさい!』

「なんで俺は怒られてるん?」


 あまりにも理不尽すぎて思わず呆れていると、レナが控えめに伝えてきた。


『頭洗ってあげるから大人しくしてなさい。拒否権はナシよ』

「……そういうことなら、頼む」

『ん、任せなさい』


 レナが海斗のすぐそばまで移動してきた。

 レナのいい匂いがふわりと漂ってくる。


 普段ならいい匂いだなという感想だけで終わるのだが、いかんせん今は状況が違う。

 自分のすぐ後ろにタオルで隠しただけの無防備なレナがいるということを意識してしまって、もう本当にヤバかった。

 海斗が目を瞑って必死に素数を数えていると、つうっと頭を指でなぞる感覚がする。

 それから包み込むように、撫でるように、優しくわしゃわしゃされた。


『気持ちいいかしら?』

「ん、とても」


 お世辞でもなんでもなく、レナの洗い方は上手だった。

 いつまでも洗われていたいほど心地よくて、『流すわよ』と言われた時に思わず残念だと声を漏らしてしまうくらいには。


『はい、お終い。次は海斗の番よ。私の頭を洗いなさい』

「幽霊にシャンプーなんて必要ないって前に言ってただろ」

『今日は洗ってほしい気分なの』

「そういうことなら……」

『間違っても体を洗おうとはしないでね。一生おっぱいとしか喋れなくなる呪いかけるわよ』

「そんなのされたら社会的に死ぬの確定じゃん。まっ、そんなことはしないから安心しろ」

『ヘタレだもんね』

「うっせえ。自覚しとるわい」


 ぷんすか怒ったふりをしながら、シャンプーを手に取って馴染ませる。

 それから優しく揉みこむようにレナの頭を洗っていく。


『にゃふ』


 触り心地のいい髪を梳かすように洗っていると、レナが気持ちよさそうな声を出した。


「いつもレナのこと猫っぽいって思ってたけど、よりいっそう猫に近づいたな。前世は猫か何かなの?」

『にゃ~。んにゃ~。みゃ~』

「人語喋って? 鳴きまね上手だけどさ」

『にゃん』


 人語に戻す気はなさそうだなと苦笑する。


(にしても、ホントに猫そのものだよな)


 気持ちよさそうに目を細めたレナの顔は、より猫感が増していた。

 気まぐれなところといい、時々甘えてくるところといい、ホントに前世は猫だったんじゃなかろうか?


「そろそろ流すぞ」

『シャァー!』

「はいはい。もうちょっと洗ってほしいんだな」

『にゃん』


 レナは分かればよろしいといった感じで、再び大人しくなる。


 なんやかんや二十分ほどレナの頭を洗い続けてから。

 なぜか二人は一緒に湯船につかっていた。


 このアパートの浴槽は普通の家よりも少し大きめだが、それでも二人同時に浸かるのには心もとない。

 そのせいで肌と肌が密着して、海斗の心の中が大変なことになっていた。

 それはもう、大嵐の海をいかだで漕ぎ出したくらいには大変だ。

 二人を隔てるものは、レナのバスタオル一枚だけなのだから。


(2、3、5、7、11、13、17、19、21……は素数じゃねー! ヤバい動揺がッ! 落ち着けー! 俺の心よ落ち着き(たま)え!)


 再び必死で素数を数えて訳の分からないことを叫んでいると、レナが少し怒気を孕んだ声で口を開いた。


『今日の海斗、らしくないわよ。いつも馬鹿みたいに元気なのに』

「……やっぱり、気にしてたよな。ごめん」


 煩悩など、すぐに消え去った。


『もっと馬鹿になってよ。じゃないと……つまらないの! 楽しくないの!』


 ハッとなった。


(……そう、だよな。中途半端になるのが怖いとか、くだらないこと考えんな! 何もしないのは論外だろ!)


 先ほどまでの洗いっこの時のやり取りを思い出す。


 何気ない、くだらないやり取りは心地よかったし楽しかった。

 ならば、何を気負う必要があるのだろう?


 海斗は体から無駄な力を抜いて、変顔をした。


『何その顔』

「精いっぱい馬鹿っぽい顔をしてみた」

『後でもう一度お願い。写真撮って美沙っちに送りつけるわ』

「やめて! 恥ずかしさで死んじゃう!」


 海斗が大げさに両手で顔を覆う仕草をしたところで、二人は顔を見合わせて笑う。


 それはしょうもないやり取りだったけど。


「こっちのほうが楽しいだろ」

『そっちのほうがいいわ。憑き物が落ちた顔してるわよ』

「レナという悪霊に憑かれたままだけどな」


 すっかり元気になった海斗と機嫌を直したレナ。

 二人はもう一度顔を見合わせてから、小さく笑った。


 喜びからか、のぼせたのか、紅潮したレナは可愛かった。

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