第五十三話 あと少し……
「楽しい時間も、もう終わりか」
俺は水平線の先を見ながら、ぽつりと呟いた。
海で遊び始めてから早四時間。
レナに泳ぎ方を教えたり、三人で競争したり、ビーチバレーをしたり、ビーチフラッグをしたり。
思う存分たっぷりと海を満喫した俺たちは、着替えを済ませてから最後に少しだけ海を眺めていた。
「長いこと遊んでいたはずなのに、終わってみればあっという間でしたね」
『楽しいことってあっという間に過ぎちゃうわね。海斗みたいにのんびりすればいいのに』
「一日が三十六時間くらいになりそうだな」
『海斗の作ったごはんを毎日五食くらい食べれるようになるんだったら、それも悪くないわね』
「食費がすんごいことになるからやめて!?」
ツッコミを入れたところで、俺はプッと吹き出してしまう。
俺につられたのか、レナと天月も笑いだす。
波のせせらぎの音と共に、俺たち三人の笑い声が響いた。
「んじゃ、そろそろ帰るか」
『ん、最高に楽しかったわ』
「ですね。今夜はぐっすり眠れそうです」
相変わらずキラキラと輝いている海を後にする。
見納めは充分だ。
この景色と記憶は、心の中にしっかりと刻み込まれたのだから。
忘れることなんてできないだろう。
来た時のようにバスに乗って駅まで行き、やってきた電車に乗り込む。
相席に座ったところ、来た時と同じように俺の隣をレナが陣取った。
「行きよりも距離が近くなってますね」
「そうか? ほとんど変わらんだろ」
『私も変わらないと思うわ』
「またまた~。お互いの体がくっつきそうなほど近づいてるじゃないですか~」
天月に指摘されて、俺は初めてそのことに気づいた。
レナも同じようだった。
お互いに目を合わせて、少しだけ気恥しそうに視線を逸らす。
だけど、離れない。
それどころか、レナはさらに近づいてきた。
ほのかに残る潮の香りが漂ってくる。
今度こそ俺たちの体はくっついた。
『……海斗となら、このくらい問題ないわ』
少しだけ口角の上がった口から、言葉が紡がれる。
「……俺もレナなら問題ないよ」
照れくさいのを我慢してそう言ってから、俺はレナの頭を撫でた。
まだ少しだけ湿っぽい、しっとりとした感触が伝わってくる。
「……これだけラブラブなのになんで付き合ってないんですかねぇ」
「ん? 何か言ったか?」
「先輩に向かって、タンスの角に小指ぶつけやがれっていう呪詛を吐いてました」
「怖っ!? めっちゃちっちゃい声で呪詛らないで!」
「変なワード作らないでくださいよ」
天月と軽快なやり取りをしていると。
『ふあぁぁ~~』
隣で大あくびしたレナが俺の肩に顔をうずめて、小さな寝息を立てだした。
「いっぱい遊びましたからね~。疲れちゃったんでしょうね」
「だろうな。駅に着くまでこのまま寝かせといてやるか」
緩み切ったあどけない顔を無防備にさらすレナの頭を撫でてやれば、レナは気持ちよさそうに『んぅ』と声を漏らした。
すごく可愛かった。
◇◇◇◇
『海斗。今、大丈夫?』
電車を降りて、天月と別れた後。
家に帰ってきてパパっと作った夜ごはんを食べ終わると、レナが少しだけ真剣そうな感じで話しかけてきた。
「なんか大事な話か?」
『わりと大事かな。洗い物しながらでいいから聞いてくれる?』
「オッケー」
食器をスポンジでこすりながら耳を傾けていると、予想もしていなかった言葉がレナの口から出てきた。
『──もう少しで成仏できそうなの』
思わず、スポンジを握る手が止まる。
恐る恐る聞き返した。
「もう……するのか?」
『すぐってわけじゃないわよ。遊園地とかまだ行ってないし』
「でも、もうすぐできそうってことは……そう遠くないうちに成仏するってことなんだろ?」
声が震える。
自分でも、なんでここまで動揺しているのか分からなかった。
『これだけ幸せな生活が送れてるのは、海斗のおかげよ。ホントに感謝してるんだからね!』
レナはいつものようにそっぽを向きながら伝えてくる。
恥ずかしげに頬を赤らめている姿も、伝えられた言葉も。
どちらも俺の目には、耳には入ってこなかった。
『先にお風呂入ってくるわ』
レナが去った後も、しばらく動くことはできなかった。
流しっぱなしになっていた水道の音だけが、部屋の中に響いていた。





