第三十八話 温もり
『ごちそうさまでした! ほら、海斗も早く食べなさい!』
「そう慌てんなって。まだ大丈夫だからさ」
夜ごはんを食べ終わったレナがハイテンションで急かしてくるのは、今日が花火大会の日だからだ。
家を出るまでまだ少し時間があるものの、レナは待ちきれないようでさっきからずっとソワソワしている。
落ち着きがないなと一瞬思ったけど、俺も内心ではソワソワしているので口に出しはしない。
「ごちそうさまでした」
『食べ終わったわね! さっさと準備しなさい!』
「はいよ」
さっと風呂に入って浴衣に着替える。
ドライヤーで髪を乾かして最低限のセットを終えれば、俺の荷物をすでに玄関口まで運んでいたレナが迎えに来た。
「おし、行こーぜ」
『待ちくたびれたんだからね!』
「はいはい。今度なんか奢るから許して」
『言質とったからね! ふんふふーんふふーん♪』
上機嫌で鼻歌を歌うレナと一緒に家を出たところで、俺は手を差し出した。
レナは不思議そうに首をかしげる。
『何よ?』
「お前が迷子にならないように」
『ん、そういうこと。はぐれないようにしっかり握っとくね』
手のひらを柔らかい感触が包むのと同時に、心臓がドキリと跳ねた。
俺はなんでもないように手を差し出したのだけれど、内心ではすごくドキドキしていたから。
俺のほうから手を差し出したのはこれが初めてだったから。
握ってもらえたことを嬉しく感じるのと同時に、すごく恥ずかしかった。
今の俺は、レナに見られたら茹蛸とからかわれるくらいには顔を真っ赤にしているだろう。
レナが俺よりも前を進んでいるのが幸いだ。
俺は手をつないでもらえたことへの嬉しさを噛みしめながら、半ばレナに引っ張られながらその後ろをついていくのだった。
「バスが来るまであと十分か」
蛍の鑑賞をして時間を潰してから、俺たちは停留所にやって来た。
普段なら一日に四本くらいしか来ないバスも、今日は花火大会ということで会場直行のバスが特別に運行している。
雑談に花を咲かせて待っていればすぐにバスが来たので、俺たちはそれに乗り込んだ。
『意外と人いるわね』
「そりゃあ、白狐村の属する町の一大イベントだからな。近くの町や村からそれなりに人が集まるんだ」
『へ~、結構にぎわってるのね』
「観光客とかが来るくらいにはな」
『詳しいわね。海斗は行ったことがあるの?』
「小学生の時に二、三回くらい」
『ネタバレは禁止ね! どんな花火があるのかとか言っちゃダメだからね!』
「楽しみを奪うようなことは言わないから安心しろ」
『なら、よし』
◇◇◇◇
「ようやく着いた」
『ん、早く行って場所取りしないと!』
バスを降りると、ほんのり香る磯の塩っぽい匂いが鼻孔をくすぐった。
さわやかな冷風が肌を撫でる。
それがまた心地いい。
天気は快晴で、真ん丸のお月様が顔をのぞかせている。
まさに絶好の花火日和だった。
「最高の一日になりそうだな」
『神様に感謝しないとね』
「だな」
俺はレナの手を取って進む。
今度は一回目ほど緊張せずに手をつなぐことができた。
浴衣や着物姿の人たちの合間をすり抜けて、堤防の空いている場所を探す。
ほどなくして、いい感じの場所を見つけることができた。
「ここにするか」
俺が堤防にもたれかかると、同じようにもたれたレナが肩を寄せてくる。
ピタリとお互いの肌がくっついた。
磯の匂いに混じって、レナの甘い匂いが鼻腔につく。
お互いの肌がくっついたのは二度目だというのに、なぜだかこの前の時よりも緊張した。
「レナ……?」
『……ちょっと肌寒かったから』
「……そうだな。暖かいか?」
『ん。ちょうどいいくらい』
「そっか」
続けて「なら、良かった」と言おうとしたところで、ヒュルルルルという音とともにオレンジ色の光が空に向かって昇る。
――ドォォンッ! と音を立てて、特大の花火が咲き誇った。
花火大会が始まったのだ。





