第二十二話 誕生日ケーキ
『どうよ?』
「めちゃくちゃうまそうだ……!」
キッチンに着くなり、完成したケーキがでかでかと視界に映る。
あまりにもおいしそうだったため、考える間もなく本心が口からこぼれていた。
考える間があっても、本心を伝えてたけどな。
『ん、とっとと切り分けなさい』
「どれくらい食べるんだ?」
『四分の一!』
「じゃあ、俺も四分の一食べて、残りは明日食うってことでいいか」
まんざらでもない様子のレナに急かされて、包丁できれいに切り分ける。
すると、断面から生クリームに包まれた真っ赤なイチゴが顔をのぞかせた。
フルーツの盛り付けといい、ふわふわのスポンジに挟まっているイチゴといい、非常に食欲をそそる見た目だ。
「盛り付けとか頑張ったんだな」
『そうよ! レシピ本を真似てオシャレなのにしたんだから!』
「とてもうまそうだよ。ありがとな」
『……どう、いたしまして』
正面からお礼を伝えれば、レナは視線を逸らしながら控えめに返してくる。
恥ずかしいからだろう。
露骨に視線を逸らしていたレナだったが、俺がケーキを乗せた皿を差し出せば、すぐに瞳をぱああと輝かせながらケーキに釘付けになった。
なんか、犬みたいだな。
レナの様子が「待て!」をされた犬にそっくりだと微笑ましく思いながら、俺もケーキを取り分けて皿にのせる。
「食べようぜ」と告げれば、レナは待ってましたと言わんばかりにケーキにかぶりついた。
『ん~、おいしい!』
レナがケーキ作りが成功した喜びも込めて叫ぶのを見て、より期待が高まる。
「いただきます!」
俺も一口パクリ。
ふわふわのスポンジの感触とともに、甘さ控えめな生クリームの風味が口の中いっぱいに広がる。
「うまい! うまい! うまい!」
『煉〇さんかな?』
一口食べるごとに「うまい!」を連呼し続ける俺にツッコミを入れたレナは、表情がいつもより緩んでいて喜びの感情が隠しきれていなかった。
『あっ、そうだ!』
何を思ったのか、レナは自分のフォークにケーキを乗せて俺の目の前に運ぶ。
「何?」
首をかしげる俺に向かって、短く告げてきた。
『ほら、あーんしなさい』
……あーん?
一瞬、意味が分からず硬直する。
レナが食べさせてくれるのだと脳みそが理解した瞬間、俺の顔が一気に赤くなるのを感じた。
頬がじんわりと熱い。
「ほ、本気で言ってるのか?」
『嫌ならしないけど』
「別に、嫌……ではないけど……」
『なら、しなさい』
嫌じゃないからこそ迷った末に、俺は覚悟を決めて口を開いた。
恥ずかしさを紛らわすために目を瞑って、フォークが運ばれてくるのを待つ。
時間が進むのが遅い。
驚くほど周りが静かに感じられて、ドッドッドッといつもよりも早い心臓の鼓動が響き渡る。
この時間が永遠に続くんじゃないか。
そんな錯覚すら覚える。
「……って、いくらなんでも遅すぎだろ!」
あまりにも遅いからツッコミを入れつつ目を開けば、必死に笑いをこらえた顔でこちらを見ているレナが視界に映った。
『口を開いて待ち続けてる海斗超ウケるんだけど……! 面白すぎてお腹痛いわ……プッ、アハハハハ』
我慢しきれなくなったのか、サルのおもちゃみたいに手のひらを叩き続けるレナを見て、すぐに俺はまんまとレナに騙されてからかわれていたのだと気付いた。
「俺ホントにお前のこと嫌い! めっちゃ恥ずかしかったんだぞ!」
俺が怒るのもお構いなしに笑い転げ続けるレナ。
どうにかして仕返ししたい……お、いいこと思いついた。
俺は心の中でほくそ笑んでから、真剣な雰囲気を出して口を開く。
「今日はホントにありがとな、レナ」
『ちょ、ちょっと、どうしたのよ急に。さっきまでとの落差がすごくて逆に怖いんだけど。ナイアガラの滝くらいあるんだけど』
「お前が俺のために一生懸命ケーキを作ってくれたこと、すごく嬉しいよ」
『ほ、ホントにどうしたのよ?』
レナがうろたえるが、お構いなしに話を続ける。
「ケーキを作るのって大変じゃん? それなのに俺のために時間をかけて作ってくれたことが死ぬほど嬉しい」
『う、うん。友達だもん』
「お前が作ってくれたケーキさ、本当にうまいよ。いくらでも食べていたい」
『……ありがと。褒めてくれるのは嬉しいけど、恥ずかしいからそろそろやめてくれると助かるかなぁ、なんて……』
「俺のためにこんなにも頑張ってくれる友達ができて、心の底から嬉しいよ。ありがとな」
『うぅ……』
そこまで伝えると、レナは小さく呻きながらソファーの上でうつ伏せに倒れこんだ。
俺に見られないように顔を隠しているものの、耳たぶの先まで真っ赤に染まっているのが丸見えで、死ぬほど照れていることが一目でわかる。
褒め殺し成功だ、やったぜ。
……と言いたいところだけど。
これでもかというほどのお礼を伝えた俺もまた、顔が真っ赤になっているのだろう。
からかわれたことの仕返しとして褒め殺すために放った言葉が、本心であることに偽りはないのだから。
……レナが照れてくれてよかったな。
自分の顔を見られる心配がないことに安堵する。
よくよく考えたら、レナがいつものように調子に乗った場合、俺だけが恥ずかしい思いをするところだったのだ。
もうその心配はないけど。
羞恥心で赤く染まった顔を覚ますためにも、俺は再びケーキにフォークを伸ばす。
レナの作ったケーキは砂糖少なめで甘さ控えめなはずなのに、なぜだか無性に甘くて。
されど、決して胸焼けするような甘さではなく、とろけるような心地いい甘さで――。
──これまでに食べたどのケーキよりもうまかった。
『……海斗のバカ』
いまだ伏せたままのレナから、恨みがましい声が届く。
何も言い返せずに黙っていると、ふいに机の上に置いてあった俺のスマホが震えだした。
静寂をぶち壊した着信音にビックリして心臓が破裂しそうになったけど、なんとか平常心を保ちながらスマホを手に取る。
『誰?』
レナが聞いてくる。
俺がスマホに目を落とすと、そこには見知った名前が表示されていた。
「……ばあちゃんからだ」
電話の相手は、西崎幸恵──俺の祖母だった。





