二日目 覚悟から逃げたい夜
朝になり窓の外から入り込んだ朝日の光によって、俺は目が覚めた。
んん、朝か。あぁそっか俺あの後いつのまにか寝てたんだな。
俺は、部屋を出て洗面所へ向かって顔を洗った。涙の跡が残らないように洗い終わったらタオルで顔を拭きリビングへと向かった。
「お兄ちゃんおはよ。もうすぐできるから、そこに座ってて」
「ああ、ありがと」
梨花は今日もエプロン姿で朝ごはんの準備をしてくれていた。ほんとにありがたいことである。言っていたように朝ごはんもすぐに出来上がり二人で一緒に食べ始めた。
「昨日はほんとにびっくりしたんだよ。いきなり先生から電話かかってくるし」
「ほんとごめんな。いろいろ迷惑かけたりして」
「迷惑かけられるのはいつものことだから気にしてないけど。今日から普通に授業始まるんだし、ちゃんと体調気を付けてよね」
「いつもは余計だろw まあかけてることには変わりないけど」
俺たちは兄妹仲良く食事を済ませ、朝の支度をした後、二人で学校に向かっていった。
俺は学校の靴箱で梨花と別れ、自分の教室には向かった。今日は余裕もあったので朝のチャイムが鳴るまで余裕があった。
「よお! 亮哉」
「おはよ、和真。相変わらず元気だな」
「それが俺の長所みたいなところあるからな。お前は、 なんかやつれたか?」
「いや、別にそういうわけではないけど。実は昨日、貧血で倒れちまってさ。それのせいかも」
「え、大丈夫かよ。それ」
「ああ、もうすっかり元気になったぜ」
「そっか、気を付けろよ。どうせお前のことだから・・・」
俺は後から聞かれるよりも“貧血”だったと今、言ってしまった方が楽だと思いそう伝えた。
チャイムが鳴り、先生が入ってくるまで俺らは何気ない話でしゃべり続けた。
一限は移動教室ということもあり、俺と和真は授業がある教室へと向かった。ちなみに陽菜はクラスの別の女の子と普段は行動している。大体一緒にいるのは学年でマドンナと噂されている渡辺由衣って子が多いかな。そして、俺たちは一限の物理を受け始めた
「なぁ、この万有引力ってのがいまいちピンとこないんだけど、理解できるか?」
「まぁ一応は。ただ、応用ってなると少し難しいかも」
「ほぇ~。俺にはさっぱりすぎる」
「えー、じゃあ山崎。ここの公転周期だが、これはケプラーの第何法則によって求められるかわかるか」
「はい、えっと第三法則です」
「よし、あってるぞ。で、この第三法則を利用してだな・・・」
「やっぱすげえ」
「いや、教科書に太字で書かれてることだぞ」
俺と和真は小さな声で授業のことやそれ以外のことも喋っていた。
気持ち悪い。
二限目は数学だった。この日は数学の小テストをした
「回答終わり。隣の人か近くの人と交換して丸付けをしてください。答えは電子黒板に出してるので」
そう言われて俺は隣の人と回答用紙を交換し丸付けをした。ちなみに隣は由衣である。
「亮哉君、すごいね。今日も満点だね」
俺はThe理系で理系の科目には自信がある。文系科目は赤点回避できるギリギリだが。
「まあそれしかできないんだけどね。けど、由衣もいうて八割は取れてるじゃん」
「そうだけど、満点はなかなか取れないよ」
俺は帰ってきた小テストを机にしまった。授業もこの前の続きから再開された。
気持ち悪い。
三限目 科学
気持ち悪い。気持ち悪い。
四限目 国語
気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。
四限目が終わった。俺は教室に近いトイレではなく、少し離れた人が来なさそうなトイレへと向かった。
「ううぅええええぇえぇぇえええ」
俺は吐いた。
くそっ。いつも通り普通にしようと思っても、体が、心が、それを拒絶する。なんでだよ。なんで、なんで、なんで、
普通の生活がこんなに難しいんだ。
俺は空しくなり、トイレに屈みこんだ。
少しして、心の整理もできたので俺は教室へと戻った。
「おお、遅かったな。もう弁当食ってるぞ」
「ああ、いいよ」
「しっかし、長かったけど、さぞたくましいものが出たのか」
「まあそんなとこだが。お前、食事中だぞ。汚い」
「ハハッ。すまん。すまん」
こいつといるとやけに心が落ち着くな。今までのことが嘘みたいに流される。
俺は席に着き、二人で喋りながら、ごはんを食べた。そして、五限目、六限目と続き、掃除の時間が始まった。幸いにも、午前中のような気持ち悪さは起こらなかった。
掃除は割り当てがそれぞれ決まっており、俺は陽菜や和真とは違う教室掃除である。そこは、斎藤先生が担当である
「亮哉。お前大丈夫か」
先生は周りに聞こえない程度の声で俺に喋りかけてきた。
「はい、一応なんとか。ただ、みんなには伝えてないのでいつも通り接してくれるんですけど、俺自身がなんかこう、いつもの俺じゃないっていうか、いつもの俺を俺が演じてるみたいになってるんです」
「なるほどな。お前がつらいのは分かる。だから、ほんとにいつでもいい。相談しに来い」
「はい、ありがとうございます」
俺は話し終えた後、みんなと掃除を終わらせ、席に着いた。今日の帰りのHRも明日の連絡くらいだったのですぐに終わった。
さて、帰るか。
「陽菜、和真帰ろうぜ」
俺は、基本的に学校は陽菜と二人で帰るが、和真の部活のない日は三人で帰るようにしている。今日は、部活はないので三人で帰る。
「なんかさ、毎回授業の度に『受験モードに入れ』やら『勉強をおろそかにするな』とか言われるけど聞き飽きたよな」
「けど、それでしないのが和真じゃん」
「それな。和真君がまじめに勉強に取り組んでるとこ見たことないしw」
下校中、俺らは今日あったこと、何気ないことを喋り続けた。
この時間は、なんかほっこりするような温かいものを感じていた。
「じゃあ、俺こっちだから。じゃあな」
「私はちょっと買い物頼まれてるから、スーパー寄っていくね」
「俺もついていこうか?」
「あーいや、いいよ。買ったものをお母さんの職場にもっていかなきゃいけないし。りょーちゃんの家と正反対だしさ」
「そっか。気を付けてな」
「うん、またね」
「おう、また」
俺ら三人はみな違う方に分かれ、歩き始めた。
やっぱり俺こいつらが好きだ。離れたくないしずっとそばにいたいって思う。何気ない日々がこんなに輝いているものなんて思いもしなかった。ただ、あと六日後にはこの生活が終わってしまう。そんなのは嫌だ。けど、避けることのできないことだ。あぁ死ぬってこんなにも怖いことなのか。
俺は二人のことを考えながら家まで帰った。
俺は家に帰ってから今日は夕飯当番ということもありキッチンで冷蔵庫にあったもので軽く炒め物などを作り、作り終わったタイミングで梨花が帰って来たので、一緒にご飯を食べた。
「お兄ちゃん、今日は大丈夫だった? 何ともなかった?」
「平気だって。特に何ともなかったし、今日もいつも通りの体だったよ。梨花は心配しすぎだって」
「そっか。ならよかった。 今日学校でさ・・・」
俺と梨花は談笑しながらご飯を食べ、洗い物を片付けると、ピピ、ピピと音が鳴った。
「お兄ちゃん、お風呂沸いたから、先に入ってきていいよ」
「ああ、じゃあそうするわ」
俺は風呂の準備をし、風呂へと向かった。そして、一通り体を洗って浴槽へ入った。
「ふぅう はぁぁ、“なんともない” か」
なんともないとはよく言ったものだな。顔には出てなかったと思うけど何とか一日乗り越えたって感じだな。これが後、五日か、、頑張るしかないか。
俺は今日のことを風呂の中で振り返りながら、しばらくして風呂から上がった。パジャマを着て、梨花に空いたことを伝えるために、俺はリビングへと向かった。梨花はリビングでテレビを見ているようだった。
「梨花、空いたぞ」
「あ、うーん。入る、入る」
「何見てんだよ。それ」
俺はテレビの画面が見える側に向かい、気になったので聞いてみた。
「ああ、これ? なんかシングルマザーのお話。子供が生まれてすぐに夫を亡くしたらしくて、それから一人で成人まで育てたらしいよ」
「へぇー。そうなのか大変そうだな」
あれ、なんだろう。
俺の頭の中で何かが引っ掛かった、そんな感じがした。
「大変なのは大変らしいけど。周りの人が支援してくれるから結構助かるらしいよ。それにこの人は一人で育てたらしいけど、しばらくしたら再婚する人もいるらしいよ」
「ふーん。俺部屋行くから、なんかあったら言ってくれ」
「はーい」
俺はリビングを出て部屋に向かった。梨花がなんか喋ってたと思うけど、内容は全く入ってこなかった。俺は部屋に入りベッドの上に座った。
夫を亡くしたらしくて、それから一人で・・・
頭の中からその言葉が引っ掛かって仕方なかった。
ずっと一人、、そうなのか、 確かにそうかもしれない。付き合ってる状態で相手が亡くなったら生きている方を束縛し続けるのかもしれない。俺と陽菜はずっと一緒でずっと学校も一緒だった。そして、彼女だ。じゃあ別れた方がいいのか? それは嫌だ。けど、そしたら陽菜はずっと俺という存在に引っ張られ続けるのか。俺は、
どうすればいい。
自分はどうすることが正解なのか、どう接してあげるのが正解なのか俺には判断ができなかった。彼女を今後苦しめさせないにはどうしたらいいのか俺はずっと悩み続けた。
気づけば時計も一時を回っていた。約二時間。その間、ずっと考えていた。どうすることが正解なのか...
そして俺は覚悟を決めた。
俺はスマホをとり、今日はまだ返していなかった陽菜とのメッセージの続きに一文だけ送った。
別れよう
ただそれだけを...
そしたらすぐに返信が来たらしく音が鳴った。が、俺は無視した。何通も何通も来ていた。けど、俺はスマホを取らなかった。俺は逃げたのだ。陽菜とメッセージをすることも、別れ話をすることも。怖かったから、、ただ、怖かったから。覚悟はできていた、それでも、わかっていても、怖かった。
そして、返信が返ってこなかったからか電話が鳴った。
俺はその音を聞くだけで怖くなった。もう嫌だと。つらいと。
もう電話の音を聞きたくなかった俺は布団にくるまり聞こえないようにしてベッドの上で丸くなったまま、
長いような夜を過ごした。