マリッサの冒険
「今日は~可愛いマリッサの~お~た~ん~じょ~びぃ~♪」
スキップしながら廊下を進む。
おはよう!私は伯爵令嬢のマリッサだよ!
ここは身分制度も魔法もある世界なの!
魔法のない地球って星の記憶がおぼろげにある私としたら、ものすごく胸熱な世界なの!
今日はね、私の7歳のお誕生日なのよ!
まずは母さまに祝ってもらおっと。
「母さま!おはようございます!あのね…」
「まあ、マリッサ、ダメよ、出て!」
お部屋に入ろうとしたら追い出されちゃった。
あれ?
気を取り直して、父さまに祝われに行こう!
「父さま!あのね…」
「ん?マリッサ、ダメだよ。出ていきなさい。」
また出されちゃった…。あれ?あれ?
じゃあ、じゃあ、兄さまのとこに…
「エリック兄さま…」
「うわわわっ、ダメだ、マリッサ、出てけ!」
…そっか。七歳のお誕生日はもう祝ってもらえないのか。
出ていかなくちゃいけないのか。
この世界の常識なのかな?
それとも、もういらなくなっちゃった子なのかな?
実はこの家の子じゃなかったのかな?
自分のお部屋に戻り荷造りを始める。
この世界、7歳で生きていけるかな?
ギルドとかあるのかな?
冒険者登録から始める?
魔法はまだ初級レベルなんだけど大丈夫かな?
とりあえず魔法の教科書は持っていこう。
貯金箱と着替えと宝物箱と家族の写真。
あとおやつと救急セット。
全部をうさぎちゃんのポシェット型マジックバッグに放り込む。
最後に皆にお手紙を書く。
もういらなくなっちゃった子の手紙なんて、見てもらえるかわからないけど…
『7才まで、そだてていただき、ありがとでした。
マリッサ』
「ふぇ…」
書いているうちにどんどん悲しくなってきてしまった。
ポロポロとこぼれ落ちる涙で、文字がにじんでしまった。
さあ、いつまでもくよくよしない!
転生系には幼女の冒険はあるあるだもん!
きっと旅の道連れに可愛いもふもふとか、頼りになるイケメンとかがが見つかるはず!
初級の転移魔法(100メートル)で冒険に出発!
―――――――
昼食時になっても、食堂に現れないマリッサをメイド達が探したものの、いつも午前中こもってる図書室にも、魔法練習場にも、ベッドの下にもいなかった。
かわりに涙でにじんだ別れの置き手紙がみつかった。
「ここここ、これは一体どういうことなんだ!?」
伯爵一家はマリッサ付きの侍女を問い詰める。
「わ、わかりません。
本日はお誕生日ということで、朝からとてもご機嫌で、ご家族の皆さまに挨拶をしてくると張り切って部屋から出ていかれましたが…。」
「「「!マリッサの誕生日!!!」」」
全員忘れていたのだ。
「ちょっと待って。マリッサが来た時、ちょうどドレスのウェストがピリッと破れて部屋から『出て』と言ってしまったわ。」
「ああぁぁ、私はちょうど腰がギックリといってしまったところで、マリッサに飛びかかられては敵わんと部屋から『出ていきなさい』と…」
「えぇぇ!?僕は昨日初めてもらったラブレターをニヤニヤ読み返してたとこだったから、部屋から『出てけ』って…」
全員が蒼白で見つめあう。
兄のエリックがごくりと喉をならす。
「つ、つまり誕生日に誰にも祝われず、全員から『出てけ』と言われて出ていった…てこと…?」
「そんな!今頃1人で泣いてるにちがいないわ!すぐに迎えに行かないと!」
「ま、まだ七歳だ。そんなに遠くには行ってないだろう。すぐに捜索隊を!うちの世界一可愛い娘がさらわれてしまう!」
父の言葉でエリックの顔からさらに血の気が引いた。
「と、と、と、父さま!
マリッサはもう近くにいないかもしれません!」
そう、マリッサは思いきりがよかった。
普通なら思いとどまるところでも、
『そっかー、これがこの世界の常識か~』と納得して行動してしまうのだ。
屋敷の近辺はもちろん、下手すると領都にもいないかもしれないとエリックは考えた。
「転移だと!?
だがマリッサはまだ初級魔法までしか使えないはずではなかったか!?」
「転移魔法自体が中級以上の魔法って気づいてないんです。
『初級』だからできるはずと転移の初級を練習してたんで、もしかしたら!
それに、マリッサは初級の魔法を連続したり複雑に組み合わせて、上級に近い結果をだすこともあるんです!」
あまりの事態に伯爵夫人は意識を手放しかけた。
「お、王都よ。あの子ならきっと王都に向かうわ。
領都の捜索とあわせて王都でも捜索依頼をださないと!」
――――――
その頃マリッサは、王都の道端にバッタリ倒れていた。
まだ行きだおれているわけではない。
連続転移で疲れたせいで足がもつれ、石畳で転んでしまったのだ。
痛い。ものすごく痛い。
頭脳は大人、身体は子供である。
だんだんへの字口になり、顔が歪む。
「ふぇ、ふぇーーーーーーん」
大泣きだ。両膝からは血が出てる。
怖くて見られないけれど、石畳で切れたところに小石とかがつまってるに違いない。
もふもふはどこ!?
世話焼きオカン系のイケメンはどこ!?
ギルドはどこ!?
段々世界で一番可哀想な子になった気がしてきて、涙が止まらなくなった。
しかし腹もたってきた。
こんな可愛い小さな子が泣いてるのに!
誰も声かけてくれないなんて!
王都の人達が冷たすぎる!
わんわん泣いてたら、誰か知らない男の子がケガを治してくれて、手をつないでくれた。
くるくるとした金髪の同い年くらいのその子は、困った顔で私を…
警備隊につき出したーーーー!?
イケメン予備軍と油断しちゃったよぅ。
都会の子供怖いよぅ。
「家出少女確保しましたー」
「伯爵家から捜索依頼のでてた亜麻色碧眼ウサギポシェットの7歳女児で間違いないな!」
捕獲されてしまったじゃないかー!!!
「家出じゃないもん」
「あーうん。そうだね。おうちの人がもうすぐお迎えに来るから良い子で待っててねー。はい、飴食べててねー。」
誰もきいてくれない。ひどい。
飴おいしい。
その飴を舐めきらないうちに、父さまが転移でお迎えにきた。
「無事でよかった!すまなかった、マリッサ。」
号泣する父さまにぎゅうぎゅうに抱き締められた。
あまりにきつく締めるから、ちょっと三途の川が見えたよね。
ぷはー
7歳で子供を追い出す風習はなかったらしい。
よかったー。
帰ってからも大騒ぎで、家族はもちろん侍女や執事や庭師のトーマスまで大号泣で無事を喜ばれたのよ。
母さまと兄さまもいっぱいごめんねって、大好きだよってぎゅうぎゅうしてくれたの。
マリッサのお誕生日忘れちゃった理由、兄さまだけ何かモゴモゴ言っててよくわからなかったけど。
皆で泣き腫らした腫れぼったい顔でお誕生日パーティーをしたのよ。
冒険はしそびれちゃったけど、家族に捨てられたわけじゃなくてよかった。
でも次の冒険に備えて、うさぎちゃんのポシェットに野宿の道具や武器なんかも仕込んでおくことにするわ。
剣と魔法のこの世界には、いつどんな思いもよらない出来事が起こるかわからないものね。
あ、あの男の子に今度会ったら…
あれ?言うべきは文句かな?お礼かな?どっちだろう?
んー、とりあえず寝よう。今日は疲れたよ。
あれ?うさぎちゃんの赤いお目めが赤い魔石にかわってる。
なんでだろ?
異世界って不思議ねぇ。
そのうちお喋りしだしたり動きだしたりしたら楽しいなぁ。
ふぁぁ。おやすみなさぁい。
うさぎちゃんの赤いお目めの魔石は父さまがこっそり付け替えた迷子札(高性能GPS)。
[修正]
心配のあまり、ついうっかり怒ってしまってました!
ご指摘のとおり、怒っちゃだめなやつでした!
無事を喜び謝罪する、に変更しました!