第70話 現実
どれくらい経っただろうか。
二日?三日?
宿の主人には一週間分の料金だと言われた分を払っていて、催促が来ていないから、まだ一週間は経っていないはずだ。
城から追放されてから、僕は宿にたどり着き、こうやってずっと引きこもっていた。
飯もまともに食べていない。
期待があったのかも知れない。
誰かが僕を追いかけてくれるのではないかと。
誰かクラスのかわいい女子が追いかけてくれて、これから一緒に冒険を進めていく。
ラノベではありがちな展開だ。
だがいざ追放されてみると、メンタルにくるものがあるし、事実誰も僕を追いかけて来てはくれなかった。
所詮現実なんてこんなもんだと思い知らされた。
異世界ならと僕は期待していたのだろう。
元の世界と何ら変わりはない。
都合よく物語が進むのは、そいつが主人公だから、それがフィクションだから、非日常の塊だからだろう。
人は皆、つまらない日常を送っている。
だからこそ、非日常を求めるのだ。
淡々とした物語に非日常は存在しない。
所詮そんなつまらないものは受けない。
非日常が詰め込まれ、波瀾万丈な物語を人は好むのだ。
そしてそれらのトラブルを都合よく解決していくからこそいい。
だがそれは物語のなかでのみ。
現実は違う。
現実は残酷だ。
それに僕は現実逃避としてこんなことを考えてる自分が大嫌いだ。
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ドートミール王国の王都の地下。
そこには政府すら把握していない施設が存在していた。
それは世間では共通の敵と認識されている邪神を崇める人達の施設である。
邪神を崇める集団。
それは世間にはほとんど知られていないが、知っている一部の人間にはこう呼ばれている。
邪神教と。
もちろん奴ら自身はそう名乗っていない。
彼らからすれば、邪神が正当なる神であり、創造神チュリバスこそ邪神であるという考えを持っている。
よって彼らは自分たちの宗教を、創始者の名前にちなんでアーレウスト教団と名乗っている。
その教団が所有するこの施設は、広さがおおよそ5ヘクタールほどだろうか。なかなかの広さである。
なぜならここは、全教団の総本山としての役割を果たしているからだ。
他にも施設があるが、ここほど大きい施設はない。
なぜ地下にあるのかというと、邪神教、もといアーレウスト教団は異端であり、地上にその施設を作ろうとしても、政府に許可されないためである。
さらに地上で表だって活動しようものなら、すぐさま騎士がすっ飛んでくるからだ。
ドートミール王国はチュリバス教を国教としている。
異なる宗教を信仰することは、法律で禁じられているのだ。
その施設で一人の男が立っている。
その名もアーレウスト。
アーレウスト教団のトップである大神父と呼ばれる存在である。
なぜ教団名と同じアーレウストなのかというと、大神父に任命された人は、創始者であるアーレウストの名を引き継ぐ決まりだからだ。
その男は腰まである長髪、病気と疑うレベルの痩せ具合である。
その顔には見るものすべてを恐怖させるくらいの不気味な笑みが張り付いていた。
その目は一点を見つめており、不意にその口を開く。
「終わりましたか?」
「はい、準備は完了いたしました」
そばにいた教団員が答える。
「それでは始めましょう」
そう言って、アーレウストは自身の魔力を高めていく。
目の前には人の背ほどもある大きな岩がある。
その岩の周りには、いくつかの管とつながり、その管の先には魔道具がある。
手に魔力を集め、その魔力をその岩にぶつけようとする。
だがその魔力はぶつかる直前になり、消えてしまった。
「なっ!」
アーレウストは驚きの声をあげ、周りの教団員たちもどよめく。
失敗にしては不自然。
アーレウストはすぐさま一つの可能性に行き着く。
「おや、気付くの早いな。さすが伊達に大神父やってねぇな」
しかし、なにか言葉を発する前に、どこからともなく声が響く。
「誰ですか? 姿を現しなさい」
アーレウストは努めて冷静に空虚に呼びかけた。
しばらくすると、影からその人物が出てくる。
年齢は十代前半といったところか。
黒髪黒目の少年が姿を現した。
アーレウストは子供が紛れ込んだかと一瞬思ったが、すぐさまその考えを否定する。
(このガキ、ただ者じゃない。何だこの圧力は)
そう思ったのはアーレウストだけ。
他の教団員はそう思わなかったらしく、その少年に子供として話しかける。
「おい、ここは子供の遊び場じゃないぞ。さっさと帰れ」
しかし実はその言い方はおかしい。
ここは普通の子供が紛れ込む場所ではないし、一旦入ったら、一人で出れる施設ではない。
そのことに、教団員の一人は発言してからやっと気付く。
「すまんが帰るつもりはない」
「そうですか。奇遇ですね。私たちもここを見られた限り、生きて返す訳にはいきません」
「へぇ、上等だよ」
脅しとして言葉を発したアーレウストであったが、それがこの子供、いや子供の形をしたなにかには通じるものではないことを瞬時に悟る。
「後悔し……え?」
その言葉最後まで言うことはできなかった。
その少年の姿を見失ったからだ。
気付けば自分以外の教団員は全員倒れており、少年は岩の上に乗っていた。
「なっ!」
「ふーん、これが封印を解くのを早めるのか」
「貴様あああ! それに触るなあああああああ!」
アーレウストは少年の行動に突然激高する。
敬語が崩れていることからその怒り具合が想像できる。
邪神の力の欠片である岩に乗るということは、邪神への侮辱であるとアーレウストは考えているからだ。
アーレウストは無詠唱で中級氷魔法を小年に放つ。
「へぇ、無詠唱の使い手か。珍しいね」
だが少年は焦ることなく、自身に迫る魔法を見つめている。
すると突然魔法が動きを止める。
そして向きを換え、突然アーレウストに牙をむいた。
「なんだと!?」
アーレウストはそのおかしな状況に焦ることなく、結界を張る。
さすが大神父である。半端な戦闘力て精神力では大神父になることはできないだけはある。
だが今回は相手が悪かった。
自身が放った氷魔法は、結界を通過してしまう。
それにはさすがに驚き、いくつかの魔法がアーレウストの体に突き刺さる。
「ぐっ!」
その痛みに思わず苦悶の声が上げる。
痛みでおかしくなりそうだが、気合いで我慢し、なぜ結界が使い物にならなかったのかを考える。
しかしその答えは出ることはなかった。
なぜなら魔法はこの少年、ウィンバルド・スフィンドールの前では無意味だからだ。
魔法はすべて“魔法達人”の前に主導権を奪い取られてしまう。
そんなことは全く知らないアーレウストは、この事実に歯噛みする。
全くの予想外、想定外、あってはならない。
焦燥、怒り、恐怖、嫉妬、悔しさ、後悔、あらゆる感情がアーレウストの中を駆けめぐる。
「き、貴様! この私に手を出してただで済むと思っているのですか!」
苦し紛れの虚勢。
そんなことが通じる相手ではないと分かっていても、言うしかなかった。
「これが済むんですなまたぁ。おやおや? 俺にそんな言葉が通じると思っちゃった感じ? 思っちゃった感じ? ざんねーん、通じませーん」
ウィンバルドは盛大にアーレウストを煽っていく。
アーレウストの顔が怒り心頭といった具合に赤く染まるが、次の言葉ですぐさま青くなる。
「知ってるか? 死人に口なしって言葉」
実際にはウィンバルドに殺意はない。
適度に痛みつけて、騎士団に引き渡せばいいからだ。
だが言われた方からしてみれば、殺されると思うのが普通である。
様々な感情に支配されていたアーレウストであったが、ここに来て恐怖以外の感情が消え去る。
怖い、恐怖、怖い、怖い、怖い、恐怖、怖い、恐怖、怖い、恐怖、怖い、恐怖、怖い、恐怖、恐怖、怖い、恐怖、怖い、恐怖、怖い、恐怖、怖い、恐怖、恐怖、怖い、恐怖、怖い、恐怖、怖い、恐怖、怖い、恐怖、怖い、怖い、怖い、恐怖、怖い、恐怖、怖い、恐怖、怖い、恐怖、怖い、恐怖、恐怖、怖い、恐怖、怖い、恐怖、怖い、恐怖、怖い、恐怖、恐怖、怖い、恐怖、怖い、恐怖、怖い、恐怖。
「あ、あ、ああ……」
あまりのストレスにその髪を真っ白に染める。
股から汚物を撒き散らしながら、這ってでも逃げようとする。
「んじゃ、終わりにしますか」
だが最後の抵抗もむなしく、ウィンバルドの攻撃によって意識を手放した。




