第61話 半魔
今回は長めです。
俺の本体と分身がスタンピードに対応している頃、剣舞祭の会場に残った俺の分身は、先ほど戦ったルイヤス・ギルディアスに会いに医務室へ向かっていた。
医務室の扉を開ける。
そこでは看護婦たちがせっせと走り回り、未だ回復しきっていない人たちがベッドで寝ていた。
――ん? 視線を感じる。
ああ、鬼将軍ウォレット・バーキンか。
今にも飛びかかりそうな顔で俺を睨んでいる。
やばい、めっちゃおちょくりたい。
だがもしそれであいつが暴れたらここにいる人に迷惑になりそうだからやめておこう。
俺は視線を無視して通り過ぎる。
俺は目的地に到着する。
「ん? これは小僧じゃないか。わしに何か用か?」
「一応あんたが現れた理由を聞こうと思ってな。教えてくれるかいご老人」
一応というのは本当は俺は“知覚者”を使えばそんなことすぐに分かるからだ。
というかもう知ってる。
でもさすがになにも聞かないで知ってるというのは気持ち悪いだろう。
修行をつけてくれる人に対しても失礼にあたるしな。
ん? 嘘言うなって?
嘘じゃねーよ。
これでも俺は最低限の礼儀はわきまえているつもりだ。
特に人様にものの教えを乞う場合にはな。
「まあ。いいじゃろ。しばらくはここを動けんしの。長くなるぞ」
「かまわんさ。次の試合までは時間がある」
「では話そう。まずわしが半魔であることはうぬも知ってっておろう?」
「まあそれは見れば分かる」
――半魔。
それは魔人と人間のハーフのことを指す言葉である。
容姿は浅黒い肌、白髪が特徴である。
半魔は魔人からも人間からも差別され、迫害されてしまうのである。
魔人から見ても、人間から見ても汚らわしい異種族の血が混じることなど到底受け入れられないものなのだろう。
その理由は千年以上前にさかのぼることになる。
それまでは人間と魔人は今の獣人やエルフと同じようにともに暮らしていたのだ。
だが、獣人とは違い、魔人は魔族と種族名が似ていることもあり、人間とは仲が悪かった。
そんな時、事件は起こる。
初めは人間か魔人かは分からないが、殺人事件が勃発した。
もちろん双方ともに相手種族の仕業だと糾弾した。
それは国をも巻き込む種族闘争を誘発。
それを機に、今までばらばらに暮らし、特定の国を持たなかった魔人の独立運動が始まり、初代魔王の台頭によって魔王国の前身となる大魔人王国が誕生。
そこから邪神が誕生するまでの132年間にも及ぶ、第一次人魔戦争が勃発。
邪神の誕生により一時休戦となるも、第二次、第三次、第四次まで及んだ。
結局、人間の国々の分裂が止められず、形だけの第四次人魔戦争で戦乱の幕を閉じ、このドートミール王国は魔王国と不可侵条約を結ぶに至っている。
しかし国家間の戦争は止められても、人の心の憎しみは消えることはなかった。
今でこそ薄れつつある感情ではあるが、お互いがお互いを仇敵と思う期間が長すぎたのだ。
その影響を受けたのが半魔たちだった。
どちらの種族からも疎まれ続けた。
今現在の奴隷の割合は半魔が半分を超えるほどであり、昔はもっとひどかった。
奴隷になれればいい方。
まるで魔物のように、狩られるのが当たり前かのように殺されていく。
森の深くに集落を築いた者たちもいたが、魔人と戦えないストレスにさらされた人間によって見つけられ、無惨にも狩られていった。
「半魔は狩られる存在じゃった。そしてそれに対抗する力がない。半魔はのう、生まれつき魔力量が圧倒的に低いのじゃ。ましてや身体能力が圧倒的に高いわけでもない」
それはこのご老人のステータスを見たときに分かった。
「わしらは完全にいきる希望を見失っていたんじゃ」
じゃが、とルイアスは続ける。
「そんなとき出会ったのが一人の男じゃ。そやつは人間でありながら恐ろしく強い男じゃった。まだガキであったわしを奴隷から救いだし、育ててくれた、まあ親代わりみたいなもんじゃ。わしを差別するでもなく、至って普通の人として接してくれた変わり者じゃった。そやつは仙法の使い手じゃった。今のわしほどではないが、強かった。このわしに仙法をたたきこんでくれた。そして、いつかこの仙法が敵の手に渡り、力の弱いわしを襲わないようにするためにために、やつは仙法に呪いをかけたのじゃ。それは仙法を短時間で習得させないようにする呪いじゃった。それによってわしを襲う人間は強大な力である仙法を習得するのが難しくなった。じゃがわしへは影響はなかった。半魔は軒並み長命だからのう」
ここでルイアスは一旦、息を休める。
「じゃが奴は普通の人間じゃ。長くは生きられない。技を極める道は絶たれてしまったのじゃよ。それに呪いはうまく発動したが、それがよくなかった」
ルイアスは目を伏せた。
泣いているのか?
「よくなかったとは?」
俺はこの結末を知っていながら聞かずにはいられなかった。
「呪いの反動で死んでしまった。呪いとは諸刃の剣、禁忌として扱われる危険なものじゃ。死ぬのは当然じゃ。……当然じゃ。」
ルイヤスは嗚咽を漏らす。
「当然じゃ言うても、理不尽には変わりないのじゃ! なぜ死なねばならんかった! なぜ心優しきあいつが! わしのためを思っての行動なのに、なぜ死なねばならんのか!! なぜ! ……なぜと何度も自分を責めた。そして人間を憎む気持ちと感謝の念の狭間で揺れた。じゃがわしはここで誓いをたてたのじゃ。襲ってくる奴らには容赦はしない。しかし、救いを求める人には手をさしのべ、自分の同胞たる半魔のために生きると。今は亡き男のようになると。それからはわしは仙法を極めつつ、半魔を助けることに尽力したんじゃ。半魔の里を作り、男どもに仙法を教え込んだ。いつしかそこは人間が軽々しく手を出せなくなり、ギルディアス族と呼ばれ始めたんじゃ。それがかっこよくてのう。つい名字として名乗り始めたわい」
いやお茶目か。
「そうやって平和に暮らしていたんじゃがのう」
「そこで封印されたんだな」
「そうじゃ。突然魔族が現れてのう。里の者たちを殺し始めたんじゃ。わしは戦ったがいかんせん魔族が強くてのう。倒しきれんかった。あいつらわしに魔法が効きやすいことに気づきやがって、わしに封印魔法を使いおった。そして封印され、気づいたらあのリングに立っていたという訳じゃ」
「封印魔法は大規模術式が必要な魔法だ。複数人での襲撃とはくそだな」
「無念でしかない。わしの過去はこのくらいじゃ。せっかくじゃ、うぬの過去も聞かせてくれんか?」
「ん? いいぞ」
俺は転生者であることを伏せ、簡単に自分の過去を聞かせた。
その前に毎度おなじみ邪神対策として“支配者”をルイアスにかけている。
「ヒュドラとな。また厄介なもんじゃ。わしとうぬは似ておるのう」
「だな。同じ邪神の被害者だ」
「うれしく無いがのう」
「ふふ、それな。あ、あともう一つ、いや、もう二つ」
「何じゃ?」
俺はスタンピードのことを話す。
「それは確実にわしのせいじゃな。わしが復活したら周辺の魔物を強制的に集める魔法でもかかってたんじゃろ。やってくれおったな魔族どもが」
「そして最後にあんたの依り代、貴族のフールドゥム・フィーシーズって奴なんだけどどうなった?」
これも俺にはどうなったか知っているが、確認として聞いておく。
「まだわしのなかで生きておるぞ。じゃが完全にわしより精神力が未熟じゃのう。表に出てくるのは無理なようじゃ。安心せい、生きてはおる。じゃからうぬに挑発してしまったんじゃよ。こやつの憎悪がうぬに向いていたからのう」
「どおりでか。あれでもまあ死なれたら気分が良くない」
いくら今すぐ殺したいやつでもな。
いやー俺ってば優しい!
「それはわしも同感じゃ」
こうしてルイヤスとの会話を終え、俺の分身は控え室へ戻っていった。
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ルイヤス・ギルディアス視点
『ルイ』
わしの頭の中で記憶がフラッシュバックする。
あいつ――あの人、父上は優しかった。
変わり者であり、この半端者の半魔であるわしに優しくしてくれた。
『ルイ、仙法はね。誰かを守る為に存在するんだよ。僕にとって君が一番大切だから、僕は君を守るためにこの力を奮うんだ。だからねルイ、君も大切な人を守るために使ってほしい』
父上、わしは、僕は強くなれただろうか。
大切な人たちを守れなかった僕を責めるだろうか。
わからない。
わからない。だが、僕は、わしは前へ進む。
弟子を持ち、仙法を極めさせてみせる。
そしていつか亡き同胞の仇をとってみせる。
父上は怒るかもしれないだが、これなくしてはわしは生きている価値を見いだせない。
偉そうなことを小僧に言っといておかしな話だ。
許してほしい、父上。
ルイアスからルイヤスに修正しました。




