第56話 剣舞祭本戦(5)
俺は一瞬でじいさんの後ろにまわり、手加減した拳を放つ。
「甘いのう」
――は?
気づいたときには俺は空を見上げていた。
リングに転がされたと気づいたのが一瞬、すぐに飛び起き、距離をとった。
――はい?
まじかよ。
このじいさん、強い!
念のためステータス魔法を使うか。
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ルイヤス・ギルディアス
半魔
638歳
職業:仙人
HP:1612
MP:5
攻撃力:3534
防御力:3669
俊敏力:11011
体力:4500
魔攻撃:3
魔耐性:5
魔法:ステータス魔法(初級)
オールウェイズスキル:“加護”
ユージュアリースキル:“言語理解”
オーフンスキル:“俊敏”
サムタイムズスキル:“気配探知”
ネバースキル:なし
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ん〜、大したスキルや魔法は持ってない。
偽装された感じもしない。
いや、そもそもさっきもスキルを使われた気がしなかった。
やっぱりあの技術か。
「その足捌き、やはりうぬは仙法をかじったことがあるじゃろ? まだまだ修行は足りぬがのう」
「……ご名答だな」
仙法。
それは長い歴史の中で埋もれていった拳法の一つである。
この技の根本は機を知り、髄を悟り、動へと至る事にある。
ようは敵の初動を見切り、次の行動の本質を見極め、自身の行動に移すということだ。
俺の中では最強の拳法だと思ってる。なぜならこの仙法は、修行期間が長ければ長いほど技術が増すものだからだ。
さっき言った通りだな。
そしてこの技は、なぜか“戦闘王”習得することができない。
おそらく技自体に習得できなくさせる呪いのようなものがかけられている。
俺はまだこの技をかじりはしたが、習得には至ることはできない。
それにこのじいさん、恐らく三百年以上は修行している。技の精度は圧倒的に向こうが上。
仕方ない。“知覚者”使うか。
俺は再びじいさんめがけて飛び出す。
今度はじいさんの正面から強襲する。だがじいさんはうまく俺の拳の力を逃がし、足でさっきみたいに俺を転がしにかかる。
だが俺はそれは“知覚者”で見きり済み。
“全身強化”を足にかけ、縮地の要領で一瞬で背後に移動。じいさんの首に手刀を落とす。
ただそれもじいさんは、かがむことでかわし、再び俺の足を掛けにくる。
だが俺はそれも予測済み。俺は空中で一回転しじいさんの背中を狙う。
しかしそれすらかわされ一旦距離をとらされる。
これは予測合戦だ。
双方の予測力はほぼ拮抗している。
「ふむ。スキルでも使ったのかのう。動きが最初とは段違いだったぞ」
「そりゃどうも。さすがにあのままじゃあんたにはかないそうになかったんでね」
「それにしてもよいスキルじゃ。だがのう小僧、うぬの動きはスキルに頼りすぎではないか?」
「……」
「与えられた力に満足し、ろくに努力もしない。己が強さを過信し高みを目指さない。愚かなものよ。それでは大切なものを失ってしまうぞ」
「……」
「その顔だともう失ったあとじゃな。愚かな小僧よ」
「黙れ!! あんたに俺の何が分かる! 俺の何を知ってるんだよ! 知ったような口を叩くな!」
「そんなに怒るということは図星じゃな」
くそじじいが!
でもよく考えれば確かにその通りか。
自身の力を過信し、鍛錬を怠った。
確かにその通りだ。
間違ってるのは俺ってことか……。
「……」
「ふむ。その様子じゃと己の間違いに気づいたようじゃな。わしがこうやってうぬを挑発する理由は分かったか?」
「俺の冷静さをなくすためか」
「そうじゃ。主にうぬの治すべきは三つ。短気、過信、甘さじゃ。それくらいうぬで治せるじゃろう」
「わざわざそれを教えるために戦ったってか。食えないじいさんだな」
「ホッホッホ、結構。まあ、最初に挑発したのはうぬと死合うためじゃかのう。あとうぬには仙法の修行をつけてやるぞ? わしがいれば一人でやるより何倍も早く習得できるぞ」
「そりゃありがたい。でもこの試合をまずは終えなきゃだ。どうする?」
「どうするもこうするも試合じゃろ? どちらかが死ぬまで終わらん訳じゃ。どれ、わしを殺してみろ。わしを殺せばうぬならそこにいるおなごと巨漢くらいは殺れるだろう」
「……わかった」
「ほれ、さっさとしろ」
そう言って、じいさんは大きく手を広げる。
人殺しか。前世ではない経験だ。
俺は一時期家庭の事情で父方の祖父母の家に2年ほどお世話になったことがある。
そこではほとんど自給自足で、牛や鶏などを飼っていた。
そのとき食べるためにそれらの動物を殺した経験はあった。
さらにこの世界では、父の騎士としての治安維持のための魔物狩りにもついて行ったことはあるから、魔物を殺すことには抵抗は無かった。
ただ人は違う。
人も動物も命の価値は同じだと言うつもりはない。
俺はひとえに知能の有無だと考えている。
人には会話ができたり、感情があったりするがあるが、動物にはない。
対象が死んだときに悲しむ者がいるかいないかともいえるだろう。
だから命の価値は違うと俺は思う。
だが決して動物の命が軽んじられる理由にはならない。
いたずらに奪って良いものではなく、食材とするためやむ終えなかったり、人の命を守るためだったりするものでしか許されてはならない。
ゆえに俺たちは食事をするときには、命を食らう事に関して食材に感謝をこめて、「いただきます。」と言うのだ。
しかし人の場合は違う。
個人が人を殺すことができる理由は存在しない。
人を殺したならばどんな理由があろうと、もうそいつはクズだ。
人間扱いされることは二度とない。死ぬまで反省し続け、罪悪感を背負わなければならない。
俺にその覚悟があるかないかだ。
――『甘いのう』
さっきのじいさんの言葉が響く。
チッ、俺に外道になれってか。
覚悟を決めるしかねーな。
ピュン
「ごふっ! ほう、素晴らしい魔法じゃ……」
ドサッ
俺は光魔法でじいさんの心臓をねらい打ちした。
これでほぼ即死。蘇生師の元へと転送されるだろう。
はあ、あっけないな。
矛盾があったので修正しました。




