桃太郎(ある意味)哀戦士
昔、同人誌の穴埋めに書いた童話調で無責任…、(ゴホンゴホン)無国籍調のお話です。
壊れた先代のパソコンからサルベージできたので、載せておきます。
こうして桃三四郎は住み慣れた村を離れ、一人で鬼退治をするために鬼ヶ島への第一歩を歩き始めました。
その姿はセーターにジーンズ。背中にはお爺さんの越中フンドシを加工して作った日本一と書かれた幟旗。持ち物といえば腰に括り付けた巾着袋に入れた黍団子だけでした。武器もなし、防具もなし。これで鬼退治へ行くとはにわかに信じられない格好でした。
足の向く先は西でした。こうみえて桃三四郎は信心深かかったのでした。
道はやがて山に分け入り、そして人の気配どころか動物の気配さえ無くなってしまいました。道は険しい物ではありませんでしたが、こうして独りぼっちで山道を歩いていくと、心細い物がありました。
(いいかげん帰ろうかな)
なんて小学生の家出並みの感覚で桃三四郎が考えていると、森の中から男が飛び出してきました。
「まてーい」
行く手を塞がれて、桃三四郎は戸惑いました。対する男は、両腕を広げて通せんぼをしていましたが、相手が動きを止めたことで安心したのか、遠い目で山々の風景を眺め始めました。
「嫌な時代になったものだ。皆、人間は疫病に苦しみ、救いを求める。しかし、救いは無限ではない。ゆえに一握りの人間しかそれを手に入れることは出来ぬ。オレはこう考えた…」
男は説法のように語りました。
「長くなりそうですか?」
桃三四郎が訊ねると、眉をピクリと動かして男が答えました。
「短くしようか?」
「はい。手短にお願いします」
「では、単刀直入に言おう。金目の物を置いてゆけ」
「あなたは何者ですか?」
桃三四郎の素朴な疑問に、驚いた顔をした男は、自分の姿を見おろしました。
「見て判らんか」
「はい」
「野盗だよ。ここいら一帯じゃちょっとは名が知れた城ヶ崎団左右衛門とは、オレのことだ」
「悪いことを言いませんから、野盗なんて辞めたほうがいいんじゃないですか?」
「こんな事でもしていかないと、もうここらでは食っちゃいけないんだ」
野盗の男は、腰に佩いた太刀へ手をかけました。
「だから改めて言う。金目の物を置いていけ」
「嫌です」
即答でした。
「少々痛い目に遇わないと、判らないようだな」
野盗の手が鯉口にかかりましたが、桃三四郎は超然と答えました。
「金目の物なんて持っていません」
その正直な答えに野盗、団左右衛門は笑って答えました。
「そうやってオレを誤魔化せると思っているのか?」
「いや、本当にお金なんて持っていないんです」
「旅人ならば幾ばくかの路銀を持っているものだろう」
団左右衛門は自分がからかわれていると思ったらしく、とうとう鯉口を切ろうとしました。
「あら?」
しかし太刀は鞘から浮き上がりません。
「ちょ、ちょっと待て」
身構える桃三四郎を手で制し、団左右衛門は両手で太刀を抜こうと力を込めました。しかし太刀は一向に抜ける気配はありませんでした。
「手入れなんかしてないからなあ」
後悔のような物を口にしつつ、もう一回顔が赤くなるぐらい力を込める団左右衛門。しかし太刀は抜けませんでした。
「あの…」
桃三四郎は遠慮気味に提案しました。
「もしよかったら、手伝いましょうか?」
「バカを申すな」
団左右衛門は気安く近づいてきた桃三四郎から飛び退って、間合いを取りなおしました。
「もうすぐ抜けるから、ちょっと待っていろ」
しかし屈強な男である団左右衛門が、どんなに気合いを入れようが、太刀は一向に抜けませんでした。
息を荒くした団左右衛門は、居心地が悪そうに立ちすくんでいる桃三四郎に手を振り、そして太刀を腰から外しました。
「最初からこうしておけばよかった。いざ」
どうやら鞘ごと打ちかかる戦法に切り替えたようでした。
「とあっ」
上段からの打ち込み。たとえ刃が出ていなくても鉄の塊である太刀で打たれたら額が割れたり深い傷を負うこともあります。
しかし桃三四郎はその攻撃をさっと避けると、かわされてたたらを踏んだ団左右衛門の足元を掬うように回し蹴りを放ちました。
すっかりバランスを崩したその背中を、とどめとばかりにちょいと押しました。
ゴイ~ン
野盗は後ろに生えていた木の幹に顔から突っ込み、痛そうな音を立てると、そのまま地面に大の字に伸びてしまいました。
「ふう」
乱れもしなかったセーターの襟を正して、桃三四郎は溜息をつきました。
「手強い敵だった」
独りごちた桃三四郎がつぶやくと、あたりに笑い声が響きました。どうやらその本気か冗談か判らないつぶやきを聞いていた者がいたようです。
「だ、だれだ?」
とりあえず足元の野盗ではないことを確認し、桃三四郎は折り重なるように茂る梢を見まわしたのです。
どこからともなく聞こえてくる笑い声は、明るく軽い物で、その声質から若い女か、少年の物のように思われました。
「お兄さん。強いのか弱いのか判らないね」
そう話しかけられて今までの進行方向に向き直ると、立派な木の枝の上に、ニヤニヤと笑う表情だけが浮かび上がっていました。
さては妖怪でも出たかと見ていますと、ニヤニヤ笑いが輪郭を持ち顔となり、顔から頭、上半身、そして下半身、尻尾と現れてきました。
気がつくとその太い木の枝の上に、一人の女が頬杖をついて横に寝そべっていました。
「あなたは何者です」
桃三四郎は宙から現れたようにも見える相手に問いかけました。
「あたしはここら辺に住んでいる知恵者と呼ばれる猫だよ」
どうみても人間の女に見える相手は陽気に答えました。だが猫と言われて納得できるところもあります。純粋な人間の女には、頭に猫耳は無いし、尻尾も生えていないからです。
「私にはあなたが普通の猫に見えないのですが」
桃三四郎は正直に訊ねました。
「猫も百年ぐらい続けていると、妖力が溜まっちゃってね。色々と出来るようになってくるのよ」
言われてみれば尻尾の先が二股に別れていました。ネコマタというやつです。
「あなたも野盗なんですか?」
「いやいや」
笑いながらそのネコマタは手を横に振りました。体を起こし、枝に腰かけるように姿勢を変えて、桃三四郎を見おろします。
「ネコがそんな面倒なことはしないよ。ここらへんで手に入るネズミで充分暮らしていけるもの」
「わたしは桃三四郎と申す者。仏さまの導きで鬼ヶ島の鬼退治へ征く途中、イヌカイの村にあるという『伝説の兜』を捜しているのです。ここいらで暮らしているあなたなら、イヌカイの村を知りませんか?」
「すぐそこだよ」
気安い調子でネコマタは答えると、身軽に桃三四郎の前に飛びおりてきました。
そのまま興味深そうに彼の顔を覗き込むようにジロジロと見まわしました。
「ふう~ん」
「な、なんですか?」
「いや、今まで会ったことのある『桃に連なる者』と毛色が違うと思ってさ」
「『桃に連なる者』?」
「うん。あたしはそう呼んでる。気を悪くした?」
「いいえ。それよりネコマタどのは、今までの桃太郎に会ったことがあるのですか?」
「全員じゃないけどね」
ネコマタはつと前へ足を踏み出しました。
「ネコマタどの」
相手が消えてしまいそうに思えて、慌てて桃三四郎は呼び止めると、ネコマタは不思議そうに振り返りました。
「どこに?」
「行くんでしょ? イヌカイの村」
「ええまあ。道案内していただけるのですか? ネコマタどの」
その桃三四郎の質問に、ネコマタは難しい顔を返しました。
「その『ネコマタどの』ってやめてくんない? 桃に連なる者」
「わたしは先程申したとおり、桃三四郎という名前です」
「うんじゃあ、あたしのことも名前で呼んで」
笑顔を返されて桃三四郎はとまどいました。さすが物の怪です。男を惑わすような妖艶な魅力をたっぷりと含んでいました。
「ええと。名は?」
「そんなの勝手につけていいよ。タマとかミケとか。あ、ポチだけは勘弁ね」
「ではミヤで」
「それも禁止」
野盗をその場に寝かせて、桃三四郎はネコマタの娘とともに山道を進みました。
しばらく行くと道ばたに小さな石碑が立っており、それにだいぶ年月を感じさせる雰囲気で「これより犬養の村」と刻まれていました。
道は山を下り、視界はじきに開けました。
山間に開拓された村としては結構広い田畑を持つ場所でした。しかし何やら様子がおかしいのです。
村内に点在する家々からも、また何かしらの農作業が行われているはずの田畑からも、どこからも動く物の気配が感じられないのでした。
目につく生き物といえば、不気味な気配の中を歩く桃三四郎とネコマタの二人と、ポツポツと生えている木に留まっているカラスぐらいでした。
あまりの静寂に、桃三四郎は一軒の農家を覗いてみました。
最後に火が入ったのがいつか判らないほど寂れた囲炉裏に、床下から伸びた雑草に食い破られた床。竈にもここ最近薪がくべられた様子はありません。
「これはどうしたことです? ネコマタどの」
あまりにも寂れた様子に、慣れた調子で歩いている連れに尋ねました。
「その呼び方は止めて欲しいって言ったでしょ、桃に連なる者」
「あ、すみません。ええとニウどの」
「その『どの』も要らないし。ただのニウでいいよ、三四郎」
「いえ、わたしの名前は桃三四郎で…」
「この村はね、三四郎」
桃三四郎の抗議など耳に入らない様子でネコマタの娘ニウは言葉を続けました。
「イヌたちが仲良く暮らしている村だったんだ」
「だった…」
ニウの言葉が過去形だったことに桃三四郎は絶句しました。
「それが、桃に連なる者が鬼退治とやらに出征するってんで、次々にお供に連れて行かれたのが、こうなった原因さ」
今では誰も水門を開かないために、用水路は枯れ果てていました。そのただの地面の溝に小さな橋がかかっていました。
「最初の一人二人はまだいいさ。でもそれが十人二十人となると話しは変わってくる。小さな村だ、働き手をこう奪われちゃ、残るのは牝か仔犬、それと老犬だけになっちまう。それでも二十五人目まではお供がついていったさ。でも、そこでお終い」
「お終い?」
「ああ。このとおり、年寄りはこの地に骨を埋めたが、まだ若い者は村を捨てて出て行った。新しい土地と、若い牡を求めてね」
二人は村の中心部に近づいていました。そこには荒れた寺と、かつては立派な構えだったらしいお屋敷が並んでいました。
「~~~~」
なにやら荒れ寺から声が聞こえたような気がして、桃三四郎は戸惑いました。先程のニウの話しでは、老いて死んだ者以外この村には残っていないはずです。
「なにを驚いているんだい?」
「いや、寺から念仏が…」
「ああ、あれは和尚さんが唱えているんだ」
「和尚さん?」
「この村に最後に残った犬さ」
二人は足を荒れ寺に向けました。かつては掃除が行き届いていたであろう境内は、雑草が伸び放題です。さして大きくない本堂の扉は大きく開かれたままになっており、人の背丈ほどの本尊が、外の明かりを鈍く反射していました。
その前で、老犬が袈裟を纏って、一心不乱に般若心経を唱えていました。
二人は読経の邪魔にならないように、足音を忍ばせて本堂に上がりました。桃三四郎は入り口に大分近いところに正座をすると、和尚の経に合わせるように両手をあわせました。
それを見ていたニウはつまらなそうにアグラをかいて座りました。
木魚と鉦がいっそう叩かれてから、和尚の経は止みました。
「そこにいるのはネコマタか」
経を終えても数珠を擦り合わせていた和尚は、こちらを振り返らずに訊ねました。
「あたり。それと桃に連なる者も連れてきた」
「ほう」
和尚は詰め物が飛び出た座布団の上で器用に足を動かすと、座ったままこちらに振り向きました。
「新しい桃に連なる者か。残念だがこの村にはそなたの家来となる犬はもうおらんぞ」
「いえ」
桃三四郎は正直に答えました。
「わたしはここにお供を求めにきたのではありません」
「ほ? 別の用事とな? わかった場所を変えよう」
和尚はもう一度本尊に礼をすると、立ち上がり僧房の方へ歩き出しました。桃三四郎とニウもその後に続きました。
二人はホコリが積もった客間に通されると、しばらく待たされました。
袈裟を脱いだ和尚が茶器をのせたお盆を持ってやってきたのは、そうたいした後ではありませんでした。
「もうこんなものしかないが」
差し出された茶器から白湯が湯気をたてていました。
「これは、ありがとうございます」
大事なのは客をもてなす心です。それを充分判っている桃三四郎は丁寧に頭を下げました。
「和尚さま、わかってて嫌がらせ?」
横に座ったニウは、まるで親の仇のように茶器を睨み付けました。揃えた手といい、すぼまった瞳といい、茶器に飛びかかるような体勢でした。
「?」
それを不思議そうに眺めていた桃三四郎に、和尚が話しかけました。
「それで? そなたはなにゆえこの寂れた村に参ったのじゃ?」
「はい、和尚さま。わたしは仏さまの導きに従ってこの村に参りました。仏さまの言うところに寄ると、この村には、どのような魔法も無効化するという『伝説の兜』があるそうです。わたしは鬼退治に使うために、その『伝説の兜』を手に入れなければなりません」
桃三四郎の説明を聞いて、和尚は白湯で唇を湿らせて、小首を傾げました。
「そんなものがこの村にあったかのう」
とぼけているわけでなく本当に知らないようです。
「仏さまがおっしゃったからには、この村に存在するはずです」
「はて?」
和尚は腕を組んで首を捻るばかり。
「庄屋さまのところじゃない?」
いまだに茶器を睨み付けているニウが、横から口を挟みました。
「あそこには色々な武器防具が転がっていたじゃない」
「ほうほう」
ポンと手をうつ和尚。
「そういえば仏間の奥に物騒な物を集めた部屋があったのう。きっとそこだな」
「そうでしたら早速探して…」
桃三四郎は立ち上がろうとして、まだ目の前の陶器を睨み付けているニウを不思議そうに見おろしました。
「なにをやっているです?」
「ああ、探し物ならあたしも手伝ってあげる。ただ、このお白湯を飲んでからね」
「さっさと飲めばいいのに」
「いや、あたし猫舌だから」
ニウは白湯を飲み干すのに小一時間もかかりました。これだったら一人で探し始めていた方が効率が良かったかもしれません。ただ、完全な余所者である桃三四郎は、無人になったとはいえ、ずかずかと他人の家に入っていくことに抵抗を感じていたので、彼女を待つことにしたのです。
いちおう犬と猫の違いはあっても、ニウは村の関係者と言えなくもなかったからです。
本堂に読経をするために戻った和尚と別れ、二人は寺の隣に建つ庄屋の門をくぐりました。
こちらもかつて使用人たちが綺麗にしていたはずの庭も、土間も、雑草たちが生え放題でした。
身の丈ほどに育っているそれらを掻き分け、なんとか上がり口に辿り着くと、屋敷の中も箒で掃ききれないほどにホコリが積み上がっていました。
「これは土足でもいいのかな」
桃三四郎はとまどってニウに訊ねました。
「いいんじゃない? この様子じゃあ、裸足だと足の裏を怪我するよ」
「それでは、おじゃまします」
無人の家に声をかけて桃三四郎は屋敷に踏み入りました。
室内はどこもホコリだらけで、さらに畳からは雑草が直接生えている部屋もある始末。桃三四郎はニウの案内で、建て付けが怪しくなっている廊下を進み、奥にある仏間へと進みました。
かつて磨き上げられていたと思われる仏壇も、いまは見る影もなく傾いで立っています。
半開きに開いていた扉の中には位牌一つも残されていなませんでした。
八畳ほどの部屋には、仏壇の他には何も残されていません。
「?」
「こっち、こっち」
ニウが慣れた調子で押し入れにしか見えない戸を引きました。するとその向こうに短い廊下が現れたのです。
廊下は一間ほどで終わり、まるで牢のような格子戸が閉じられていました。
「ここが?」
「そう。ほら刀狩りとかで武器を取り上げられちゃうと、野盗団に襲われたときに困るだろ、だからこうしていくつかの武器を隠しておく場所を作ったんだって」
ニウは猫らしく薄暗いそこへ踏み入れるのに躊躇がないようです。ちょっと後を着いていく桃三四郎は腰が引けていました。
格子戸には立派な錠前がついていましたが、ぶる下がっているだけで、鍵が掛かっていないことが一目でわかる状態でした。
格子戸の向こうは雑然としていました。壁にはかつて槍などの長柄武器を掛けていただろう金具がさがり、床には大きなツヅラがたくさん並んでいました。
ただそのツヅラも蓋が開けっぱなし、中身は空気とホコリばかりでした。
「これじゃないか?」
突き当たりの壁に設けられた小さな仏壇のような飾りの下に、小さなツヅラが置いてありました。
蓋にはなにやら読めない字が書かれたお札で封印がしてあり、手がつけられた様子はありませんでした。
いや、よく見ると封印は切られています。やっぱり誰かが一回は開けたようです。
部屋の中を見まわしても、このツヅラ以外に兜が納められているような物はありません。
二人は顔を見合わせました。ツヅラを見つけたニウが桃三四郎に場所を譲り、桃三四郎はツヅラの正面に立ちました。
「あけるぞ」
桃三四郎は、両手をツヅラの蓋にかけました。
雑草が生え放題の庄屋の庭で、桃三四郎とニウが咳き込んでいました。
二人の前には先程隠し武器庫から持ち出した小さなツヅラが置いてありました。
その蓋は、すでに開かれていました。
「桃三四郎よ」
そこに眩い光が発生したかと思うと、仏さまが現れました。
「ダレ?」
仏さまに初対面のニウは、知らないオッサンに出くわして困惑しているOL程度の感覚で桃三四郎に尋ねました。
「仏さまじゃないですか」
「この貧相なオッサンが?」
全然信じていない声でニウが言い返しました。
「失礼なことを申すでない」
少しでも威厳がでるように声を太くして仏さまは胸を張りました。
「桃三四郎よ。よくぞ、どのような魔法も無効化するという『伝説の兜』を手に入れた」
「それなんだけどさ」
飲み屋で隣に座ったサラリーマンに話しかけるような気安さでニウは言いました。
「腐ってる」
「え?」
聞きかえす仏さまに、ニウはツヅラの中を指差しました。
「その大層な兜だけど、腐っているって言ってんの」
「まさかぁ。うそでしょ」
「見てみれば判る」
口と鼻を手で覆ったままでニウが言いました。その様子に、信じられないといった態度のままで仏さまは、ツヅラの中を覗き込みました。
「うわあ」
菩提樹の下で悟りを開いた者とは思えないほどの軽さで仏さまは口を開け、そして咳き込み始めました。
「カビどころかキノコまで生えちゃって、さらに三年間履き続けた靴下と納豆を混ぜたような臭いがシャッキリポンと目に染みる」
その刺激臭で涙まで流し始めた仏さまが、まるで究極のメニューを口にした雑誌編集者のような口調で『伝説の兜』の現状を口にしました。
「こりゃたまらん」
仏さまが苦しんでいる様子なので、桃三四郎はツヅラの蓋を閉めました。
「まさか、どのような魔法も無効化できる『伝説の兜』が腐るとは…」
「まあ、腐るのは魔法じゃなくて自然の力ですから」
どこか達観したような調子で桃三四郎。これではどちらが仏さまなのか判らなくなりそうです。
「エヘンエヘン」
仏さまは誤魔化すように何度も咳払いをして取り繕うと、胸を張って言いました。
「このように諸行無常。魔法の兜といえどもいつかは朽ち果てる。わたしはそう言いたかったのだ」
「ほんとかよ」
相手が本当の仏さまかどうか疑う声のニウ。だが桃三四郎はそうは感じなかったようでした。
「さすがです仏さま。この桃三四郎、肝に銘じました」
「うむ。では『伝説の兜』は諦めて、つぎは北に向かうのだ桃三四郎よ」
「北ですか?」
「そちらにあるササモリの里に眠るという、どのような剣も受け付けないという『伝説の鎧』を手に入れるのだ」
「また腐ってんじゃないの?」
遠慮がなく言うのはニウです。さすがに物の怪だけあって、相手が仏さまでも、おいそれと頭を下げる様子はありませんでした。
「失敬なことを申すでない。桃三四郎よ。活躍を期待しておるぞ」
そう言い残して仏さまの姿は見えなくなりました。
「色々とありがとう」
イヌカイの村からササモリの里へ続く道の入り口で桃三四郎はニウを振り返りました。
「『伝説の兜』は残念だったけど、こうして道も教えてくれて助かった」
桃三四郎は礼儀正しくニウへ頭を下げました。
「別に大したことはしていないし」
「そうだ、腹は減っておらんか」
桃三四郎は腰の袋から黍団子を取りだしました。
「そんな物はいらないよ」
「そう申すな」
押しつけようとする桃三四郎から距離を取ってニウが言い返しました。
「礼が欲しくて世話を焼いたわけじゃないし。それに、それを貰ったら鬼退治について行かなきゃならないんだろ」
ニウの心配に桃三四郎は快活に笑って答えました。
「別にわたしは家来が欲しくて差しだしているのではない。本当にお礼がしたいだけなんだ。まあ、要らないというのであれば、わたしが食べよう」
折角取りだした黍団子である。そういえば食事もとっていなかったし、桃三四郎は一つ口へ放り込みました。
それが彼女の食欲を刺激したのでしょうか、ニウの腹の虫が鳴ったのです。恥ずかしさに赤面するニウに、笑っては失礼だと思った桃三四郎は、表情を苦笑のようなものに歪めて誤魔化し、もう一つ黍団子を取りだして、ニウの手に乗せました。
「これは案内してくれたお礼だ。ありがとう」
心配しないように念を押し、そして桃三四郎はササモリの里へ続く道に向きなおりました。
「それでは」
「ああ、じゃあな」
桃三四郎の別れの挨拶に、小さく手を振りかえしたニウは、笑顔で黍団子にかじりついたのです。
イヌカイの村に住むネコマタの娘ニウと別れた桃三四郎は、仏さまの導きに従って、ササモリの里へ進み始めました。
ということで第二話でした。三話以降もサルベージ次第載せる予定です。
ノリは「勇者ヨシヒコと魔王の城」のまま。
次なる目的地へ、無事に着くことはできるのでしょうか?
桃三四郎が迎える数々の受難(という名前のドタバタ)を楽しみにしておいてください。
池田 和美