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何か活動したかった。  作者: 標識
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ランバート

 ランバート・アルビストンは裕福な家庭に生まれた。

 ランバートの母親は、彼が幼少期の頃から、彼の容姿や人格を実際のそれとはまるで無関係に褒めちぎって育てた。ランバートも母親の作り出す架空の自分にすっかり安心し、それと寄り添いながら日々を生きてきた。

 結果、彼は二十代半ばに差し掛かる現在もロンドンに建つ高級マンションの一室である自宅に引き籠もり、自身の家庭の有り余った臑をかじり続けているという次第である。


 ランバートの家には大きな鏡があった。彼はそこを通る際、出来るだけ直視しないように気をつけなければならなかった。鏡に写った、脂ののった肉達磨のような姿が、架空の自分に綻びを与えようとしていたからだ。

 母親はそのことに気がつくと、家中の鏡を全てはずしてしまった。

 ランバートはすくすくと育っていった。


 ランバートの部屋には窓があった。それはランバートが自身の120キロを上回る巨体を預けるベッドの真横に構えられており、朝も夜も目に付いた。

 幼い頃からほとんど外に出ることの無かったランバートは、外界を視認することにより、無意識の中に少しずつ違和感を沈殿させていった。

 人も世間も忙しなく動き回り、自分だけが取り残されている。

 いつしかランバートの中にはそんな感覚が湧くようになり、それは外を見る度に大きくなっていき──そして、ランバートが二十五歳の誕生日を迎えた辺りで、それは彼を取り巻く環境に対する明瞭な違和感へと変わった。

 学校も通信制で、卒業する前にやめてしまったランバート。

 就職することもなく、時間と母の愛情を消費し、脂肪だけを増やしていくランバート。

 ──自分は、生きることに対して、何も貢献していない。

 そのことに気付いた彼は、アルバイトを始めることにした。社会のために活動し、その報酬を生きるために使い、“何もしない”という隔絶から脱するためだった。

 自宅からやや離れた飲食店に面接の約束を取り付け、苦心して書いた履歴書を持ち、母の反対を押し切って外へ出た。

 これでようやく、自分の人生に方向性を与えることが出来る──そんな希望を胸に抱いて。

 ──だが。

 外に出ると、灼熱の熱気が待ち受けていた。ランバートはそこで、今の季節が夏だということを思い出した。

 ランバートは、百二十キロを超える巨体から脂汗を流し、目的地へ向かう。

 干上がるような暑さの中、家の中で蓄積されていたランバートの活力は見る見る内に蒸発していき、十メートルと歩かずに彼の歩行は惰性となった。

 “暑い”──そんな一言で済んでしまう苦痛が、彼の身体をねっとりと覆っていた。

 ランバートの自宅において、彼の周りの環境は、大抵の場合彼の命令に従って動いていた。スイッチ一つでテレビは光と音を発し、エアコンは快適な風を送ってくれる。

 しかし、外の世界ではランバートに命令を下す手段はなく、日差しは絶えずランバートの身体を焼き、天然の風は微動だにしない。

 ランバートが何度『涼しくなれ』と念じても、一向に気温は変わらなかった。

“お前ら、ぼくの言うことを聞けよ!”

 ランバートはあまりの暑さから、堪らず、町中で叫んでしまった。

 ──すると、そのとき。

 『カコン』と、頭上で乾いた音がした。何かが擦れるような音だった。

 一瞬、暑さを忘れ、純粋な疑問がランバートの脳裏をよぎった。

 ──何だろう?

 ほとんど衝動的に、上を向いてみる。

 すると、ランバートは絶句した。

 彼の視界に写ったのは、あまりにも異様な光景だったからだ。

 空が、“開いて”いたのだ。

 まるで、箱か何かの蓋を開けたように、上空千メートル程の地点で空間に隙間が生じていた。

 さらに異様なのは、その隙間から、こちらを覗き込む巨大な顔があったこと。

 ランバートの母親だった。

“ランバート、ママの言うことを聞きなさい!”

 そう叱咤の声が響くと共に、空の隙間から巨大な手がにゅっと出てきた。

 手はランバートの直前で止まると、彼の身体をそっと掴み、彼が来た道とは逆方向へと向かっていった。

 ランバートは運ばれていく。

 スピードは遅く、風を切ると言うよりは頬を撫でるといった感触だった。暑さは既にどこかへ消えていた。

 ランバートは柔らかな温もりに包まれ、揺りかごに揺られるような心地よさを感じ──やがて、彼の住む高級マンションが目前に迫ってきた。

 巨大な手は、窓からランバートを自室に入らせ、ベッドに着地させた。ふわりとした心地よさに抱き留められ、手が彼の身体に優しく毛布を掛けた。


 ────そこで、ランバートは目を覚ました。

 彼の身体は、夢の結末と変わらず、柔らかいベッドの上にあった。

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