部活
階段を下りて、一階へ向かう。
一年生の教室は南校舎四階なので、北校舎一階の部室は一番遠いところにある。
ちなみに、二年三年と学年が上がる度に階層は下がっていくシステムだ。年功序列がこんなところにも現れているわけだ。
「ふう」
ようやく一階だ。下りるのはまだ楽だが、上りは本当に辛い。特に朝は地獄である。
眠いのに四階まで上らなければならないのだ。無理・・。
そこから渡り廊下を通って、北校舎に移動する。掃除をしていて時間が過ぎたせいだろうか、人通りは少ない。
今学校にいるのは部活がある人くらいだろう。北校舎一階の左手、一番奥が化学室だ。
まずはその手前、化学準備室のドアをノックする。
「失礼しまーす」
「はい」
ドア越しに聞こえる男性の声。
よかった、いるようだ。まぁみんなが来ているなら当然か。
プラスチック製のドアを、横にスライドさせる。
瞬間、コーヒーの香りが鼻をくすぐる。それは当然だ、奥にある棚にはコーヒーメイカーが置かれている。淹れたてであろうか、まだ匂いは濃厚だ。
ふと、湯煙に気づく。それを目で追うと、机の向かい側には50代の男性。
「こんにちはー」
「はい、こんにちは」
そういうと、手元のカップを口につける。煙の出どころはあそこだろう。
この男性は科学部の顧問をしている高橋先生。
こわ面、こわ声、オールバックのダンディな男性である。
見た目とは裏腹なわけもなく、普通に厳しい先生だ。
よく担任のクラス、授業で怒っているところが見られる。
とはいえ、理由なく怒ることはない。きちんと原因はあるのだ。
しかし科学部に関しては割と寛容だ。なにせ、正式な部員は私と真鶸ちゃんだけなのだ。活動しようにも人手が足りない。
ちなみに凪柊と愛汰は、名前だけ貸してくれている幽霊部員だ。
彼らには彼らの部活やバイトがあるから、しょうがない。
こういう訳で部活としてやることはなく、先生も何かを指示することはない。
いや、一時間は勉強しろ、といつも言われているか・・。
どちらかというと、勉強会になってる気がする。
「遊んでもいいから、勉強を、してからにしなさい」
ほら、やっぱり。しっかり区切って強調してきた。
「えー」
「いいから、ちゃんとやるんだよ」
声は怖いが、少し柔らかい表情。
思わず笑ってしまう。
最初は嫌だったが、最近はこの関係も心地いい。
「やったら映画見せてあげるから」
「はい!失礼しましたー」
ドアを閉める。
高橋先生は、実は映画好きなのだ。科学職員室の一角にある、棚の半分はDVDで埋まっている。それは先生の集めている映画コーナーだ。
アメとムチであるなら、甘んじてムチを受けよう。
科学室のドアをスライドさせる。
「ごめーん!遅れたー」
科学室には九つの机がある。どれも大きくて、授業では四人で一つの机を使っている。
それが縦横で、三個ずつ配置されている。
なぜかはしらないが、中央の机に集まることが多い。今日もみんなはそこにいる。
左側には男子二人、右側に真鶸ちゃんがいる。机には教科書が広がっていて、先に勉強していたようだ。
「しかー!おそいよ!」
元気な真鶸ちゃん。
「おつかれー」
真面目な愛汰。
「俺らで先に映画見ちゃおうぜ?」
調子のいい凪柊。なんだこいつ・・。
「ごめんごめん」
流れるような勢いで凪柊の頭をひっぱたいて、席に着く。
机にあるストップウォッチを見る。
44:05
44:04
掃除のせいで、およそ15分のハンデがあるのか。
「あーあ、続き楽しみだったのになー」
「ほんとほんと!」
くっ。こいつら調子に乗って・・!
こんど遅刻してきたら、イジリ倒してやる。
「あ、僕は知らないから!いいんだよ」
「それはどうでもいいの?なんでもいいの?」
フォローだか何だか分からないが、ありがたく受け取っておこう。
「そっか。凪柊は前いたんだ」
「そう、あのサイコパスな芸術家がまた魅力的で!」
ガラっ。ドアの開く音。
「ちゃんとやってるか!」
静まる教室。この瞬間私たちの気持ちは一つになった。
(やっべぇ・・・・。)
しかし空気なんて知らない人間がいた。
「やってます!」
真鶸ちゃん!嘘は、嘘はだめだよ!
「本当か?ちょっと見せなさい!」
ノートを先生に手渡す。
・・。無言。
だ、大丈夫?先生は起こると本当に怖いから。早めに謝った方がいいのでは・・?
「よし、やってるな!」
「はい!」
はい?
なんで?
「ちゃんとやってるんだから、おしゃべりも程々にしなさい」
「分かりました!」
何だろう、展開に着いていけない・・。
戻ってきたノートを奪う。中を見ると、教科書の問題を解いた様子が分かる。しかもかなりの量だ。
「えー・・」
「やべぇな」
二人の気持ちはすごい分かる。簡潔に言葉にするなら。
「いつの間にやったの」
「?」
不思議そうな顔。いや私が不思議だよ!だってこんな時間なかったはずだ。
「喋りながら!」
前言撤回。彼女だけは馬鹿真面目に勉強していた。