AD2005
初夏の訪れを感じさせ、蒼々と萌ゆる森林帯。都内であるが僻地、自然燻る山間部のとある展望台――――その地下にて。
「AD2018・AD2017・AD―――――」
時報の電子音を連想させる、無機質な女性の声が響く。これまた機械的に、一言一句が等速で紡がれていく。声色に感情の機微は乏しく、耳だけでは『彼女』の年齢を推測することは出来そうもない。
「AD2010・AD2009・AD2008―――」
二人の男らは、読み上げられる歴史を万感の思いで見守る。彼らは、変わってしまった歴史に新たな秩序をもたらした貢献者たちだ。
一方は過去の選択を悔いて。
一方は過去の選択に縛られ。
そんな因縁が残る13年前が迫り――――。
「AD2006・AD2004・AD――――」
「「・・・・・・」」
「AD2003・AD2002・AD2001」
「・・・待て、AD2005を再検索」
50代の男が、淀みなく言葉を続ける『彼女』に静止をかける。聞き間違えでなければ・・・・。
「該当・無し」
「――――。なにを言っている?」
「太陽系第三惑星・地球・AD2005・非ず」
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通常、化合物が変化したなら、その行程で不純物が混じることは避けられない。いわゆる可逆変化とは虚実であり、言葉のみが存在する空想の産物だ。
それこそ密閉空間で酸素も二酸化炭素も、内部の物質を全て取り除くことが出来れば可逆変化は起こせる。まぁ無論、そんな技術はないし、真空にすら未知の物質が隠れているのだから始末に負えない。
つまり、万物は変わり行くが必定。
不可逆変化こそが世の絶対的真理。有り体に言えば、進んだ時間は戻らない。
壊れたモノが直るとしても、元のままではいられない。それは似たようで非なる、新しい関係だ。
同様に、進化し続けるモノは止まらない。変えられるのは、その成長方向のみ。
例え時間逆行が為されようと、大局的な視点で俯瞰すれば時間の流れに淀みはない。
それすらも、縦に連なる歴史として『film』に記録される。
不可視にして不可逆、不干渉にして完全な記録帯。
しかしそこに―――巫女は『film』に不可解な空白を発見した。
まるで歴史と歴史の間を無理やり結合させたようにも見える。糸で繫ぐというよりも、熱で焼き付けたという表現が正しいかもしれない。
あるいは読書中に、いきなり数ページ飛ばされた感覚。これでは前後関係がごちゃごちゃで、内容は如何とも察しがたい。
またそれに加えて、所々に小さな穴が見つけられた。
タンスの奥に久しく仕舞われていた、布地に刻まれる虫食いの痕にも見える。
彼女が彼らの仲間であるなら、その重大過ぎる情報を伝えないはずがないが―――。
「―――――」
巫女は検索を求められれば応じる、それだけだ。今の彼女に自意識が介在する余地はない。
例え『film』が改竄されていようと、機械は己の仕事を為すだけ。
それだけのことだった。
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人類史の開闢から不老不死を追い求めた者は数知れず。彼の水銀を喰らいし中華皇帝然り、『竹取物語』に置いて富士山で焼かれし秘薬然り。
それは誰しもが一度は夢見るであろう理想、人という脆弱な種族が求める一種の終着点だろう。46億年の歴史を持つ地球にとって、人が生きる期間は一瞬の瞬きの間に収まる。人類が跳梁跋扈する2000年等以ての外である。
―――『film』のない世界を普遍世界としよう。
―――『film』のある世界を鏡面世界としよう。
鏡面世界で、人間の寿命は50~60代が限界であった。限られた中で、さらに限られた命。まずこの世界では死生観が少々異なることを確認したい。
命の時間が少なければ、生への渇望を増すのが道理だ。であれば、転じて不老不死の価値も増すのが道理。
二つの世界の間でいくつか異なる要素が点在しているが、その原因は総じて『film』に行きつく。特殊能力がその最たる例だろう。
『film』があったから、普遍世界から袂を分かち独自の世界へと変貌を遂げた。
ならば―――彗星は『film』を改竄するものである。
ならば―――彗星は歴史を正すモノである。
ならば―――彗星は特殊能力を憎む物である。
ならば―――彗星は人を愛する者である。
だが。




