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まだ

 翌日、六月三十日。


 六月最後の日、一限目。化学室では、鼻を突く薬品の匂いが仄かに漂う。

 私達は炎色反応の実験を行うべく、バーナーや金属類、ビーカーの準備を進めている。


 実験内容は単純で、金属毎に燃やした際の反応を観察するだけ。身近な具体例では、主に花火で使われる技術らしい。

 リチウムを燃やせば紅色に、カルシウムを燃やせば黄色に変わる。このように無骨な金属片が熱されるだけで、いとも鮮やかな彩りを生み出す。その仕組みには、どこか既視感があり・・・・・、


「ああ、似ているんだ」

 不細工な見た目から身を削って輝く姿は、瞼の裏に箒星を浮かばせた。


 本当に美しいものは目に見えない所に隠れている、という教訓か。

 否・・・違う。そんなありきたりな言葉は断じて間違っている。現に隠されていた事実は、知りたくもない隔絶を齎したではないか。

 目に見えないモノが美しいなんて考えは、無知蒙昧ゆえの妄想に他ならない。

 この世界を表すなら――――例えどんな汚物でも命の輝きは等しい――――が相応しかろう。


 バーナーから高く伸びた、蒼い焔を眺めて夢想する。

 私の中には・・・果たして美しいモノが入っているのだろうか。肉体を燃やし尽くして最後に残るモノは、その輝きは暗く濁った闇ではないか。

 もはや自分が清廉潔白な人間だとは考えていない、それでも、証明する手段があるなら。


「きゃ――――!?」

「ちょ、いや・・・」


 何だろう、騒がしいが・・・・。


「「て・・・手、手!!!!」」

「ぁ―――?」


 幻を掴むように、藁を掴むように。

 無意識に過去を踏襲する形で、小美野紫花(こみのしか)の右手は蒼い炎の中にあった。


 -------------------------------------------


 周囲に異様な、粘り強い視線が絡み合う。

 それは細い糸を引き、蜘蛛の巣を形成して対象を縛り上げる。

 幻想と言えば、幻想でしかない。物理的な力はなく、気のせいが生み出した重苦しい空気。

 しかし―――誰もが動かない。

 視線は確かな質感をもって全身に隈なく巻き付き、所狭しと絡み合っていた。所詮は糸・・・されど数が多い。体を動かそうとすれば、ギシギシと幾重もの幻聴がする。


 それでもなんとか腕を引き寄せ、手繰り寄せ―――左手で覆い隠す。


「火傷が・・・ない?」

「っ―――――!!!」


 蹴る。

 フローリングを蹴り、音を立ててドアを開き、逃げるように教室を飛び出す。

 走らなければ、走らなければ、走らなければ、無心でひた走る。


「はぁっはぁっはぁっ・・・・・!!」

 自然と右拳を握り締め、爪が食い込む・・・・『無敵』は、もう解除されていた。

 曲がり角の奥、女子トイレに入り呼吸を整える。

「まだっ・・・一日しかっ・・・・!」


 なぜ、なぜ発動した。

 七日から四日、四日から一日!?


 どうなる・・これ以上、どうなるの!!!?


 ・・・鏡に映った少女の顔は、激しい狂喜に歪んでいた。



 ―――特殊能力は進化する―――


 まだ?   まだまだ?   まだなの?      まだまだまだ。

    まださ。    まだまだ。    まだだとも。



 ―――特殊能力はまだまだ進化する―――


 まだ。まだまだ。まだまだまだ。まだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまままだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだ、まだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだ・・・まだ。


 まだを越えて――――まだ。

 まだの遥か先へ。


 ―――特殊能力は未だ進化の途上だ―――


 眼球の水晶体と鏡、二つが揃えば無限に等しい有限の世界が生まれる。是即ち並行世界、鏡面世界の可能性也。

 無限に果てがあるなら、その進化はいつか終わるのだろう。


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