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欲望の覚醒

 爽やかに透き通った青空、夏の到来を予兆する入道雲が眩しい。雷雲は夜の内に通り過ぎて、憎らしい程に晴れ渡った満天日よりだ。

 寝不足の眼には、些か辛い朝である。太陽を睨みつけ、ギアの軽いママチャリを漕ぐ。

 昨夜は布団に入っても嫌な想像ばかりが膨らんで、寝返りを繰り返すだけで夜が更けていった。


 もう彗星観測は出来ないであろう未来が容易く想像できる。肝心のうたが体調不良であり、友人たちは皆いなくなった。この約束は原型だけを残して、既に理由を失いつつある。


 未来の話が出来るのは、今に余裕のある者だけ。

 過去の自分がどれだけ能天気だったのか実感せざるを得ない。当たり前のように日常が続くと、愚かしくも夢想できることが如何に幸せか。

 もしも未来予知の能力者がいるなら、恐らく途方もなく夢見がちで、視た可能性の数だけ夢に破れたはずだ。嫌でも現実を思い知らされれば、どこにも逃げ場はなかろう。

 そんな可哀そうな人がいるなら・・・同情する他ない。


 やがて駐輪場に到着。

 少し湿った夏風が吹き抜け、後ろ髪をサラサラと掬い上げた。

 黒糸が宙に舞い、同時に懐かしい香りを運ぶ。


「え・・・・?」

 今しがた通り過ぎた男子生徒から漂った整髪料の匂いには覚えがあった。

「ぐぁ!?」

 背後から勢いよく飛びつく、予想外の奇襲を受けた彼の体はガリガリとコンクリートを擦って・・・止まる。倒れ伏した体は、両手を真っ直ぐに伸ばして静止していた。


「――!―――!」

 感情が言葉にならず、代わりに背中をバシバシ叩く。

「おい喧嘩売ってんのか紫花(しか)ぁ!!」

 久々に見た和月凪柊(わづきなぎと)の怒りの形相を、私は笑顔で迎えた。


「・・・髪」

「うん!伸びたよ」

 彼は目を擦り、肩をくすぐる髪を見やる。訝し気な表情で首を傾げ、

「気のせい、か。それより擦り剝いてないか」

 そういえば、割と全力で突っ込んだのに痛みがなかった。軽くスカートを捲り、伸びる両足を確認するが異変はない。


「・・・・」

 彼は目を閉じ、頭痛を押さえるように手を当てる。どうしたんだろう、まだ体が痛むのだろうか。

「使ったのか?」

「いや、使ってないと・・・思う」

 いまいち自信を持って断言できないのは、心当たりがあるから。屋上から落下した際、無自覚に発動した可能性があるのだ。

「無自覚・・・発動・・・あの衝撃で・・・それに・・・」


 十秒間思案気な色を帯び、確信の表情を浮かべる。

小美野紫花(こみのしか)さん」

「はい」

「おぇ・・・、重い、退いてくれ・・・」


 お尻の下から、潰れかけた掠れ声がした。


 -------------------------------------------


「それで体は大丈夫なの?」

「んーー、俺の場合は外傷じゃなかったから」

 血を吐いていたが、それは能力の使い過ぎによる影響だった。

「いや・・よく考えたら内傷の方が深刻な問題なんだけれど・・・」

 無数の銃弾を止め、高度130メートルからの衝撃を打ち消し、トラックの全力を受け止めた。明らかに人間の限界を超え過ぎている。


 特殊能力は神秘の力であるが、対価と事象は対等な関係下にある。極端な話、人間の寿命で可能な範囲でしか現象を起こせない。特殊能力が行うのは、明く迄もその前借りだけ。

 ならば上記の衝撃を打ち消す為に、どれだけ削ったのか・・・・・。


「研究者曰く・・・・二十年、三十年は飛んでるらしい」

「っ――――!!」

 どうして・・何事もなかったかのように軽く言えるんだ。

 笑う場面ではないじゃないか。

「怖く、ないの」

「・・・ノーコメント。でも必要だったから・・・諦めた」

「――ズルい」


 虚勢を張らなかったのは、きっと私なら気付いてしまうからだろう。言葉にしないからこそ、事実を不透明にして隠し通すことが出来るだろう。

 しかし隠すということは、裏の本心があるということ。皮肉にも沈黙自体が、彼の本心を明確に物語っていた。


「約束。もう絶対に特殊能力は使わないで」

「それこそズルい。使わないのは俺だけ?時間で言ったらお前の方が使っている期間は長いだろ」

「それは・・・」

 その通りだった。それに昔はもっと使えていた訳だし、もし無意識でも発動しているなら――――私は一体どれだけ・・・・・。


 全身を貫く、電撃にも似た寒気が走る。急激に手足の感覚が薄れ、脳が理解を拒む。

 そうだ、今まで何回使ったんだ・・・・?

 分からない、無数だ。そもそも数えてなんかいないし、どうせ数えきれやしない。

 人のことを言う余裕があるのか。私は馬鹿か、何故気が付かなかった?いや・・・気が付かない振りをしていた・・・・。


「――――だから約束しよう、俺たちはもう特殊能力を使わない」

「約束・・・うん」

 小指と小指が絡み合い、指きりを交わす。


「よし、安心だ!」

 和月凪柊は満足気な様子で、廊下を先に進んでしまった。


「・・・・・・・・・」


 なんだこれ。心臓が重く圧し掛かり、歩みが止まった。これでは彼との距離は開くばかりで、なのに足が石の重さで一歩たりとも動かない。全身の血液が声高に嬌声を上げ、正しい決断をした私を蔑む。

 違うと、間違っていると―――――!!!


 分からない、どうして私は・・・・。

 まさか後悔しているのか?『無敵』を・・・捨てたくないというのか?


「私は・・・完璧になりたい・・・」

 勝手に口が動く、紛れもない本心がつぶさに暴露される。

「不完全で不出来な私が、ようやく、唯一手に入れた完璧を捨てる?」

 それは度し難い誤りだ。

『無敵』は私を完璧に導くチケット、それを破り捨てろと?

「馬鹿馬鹿しい。馬鹿馬鹿しい馬鹿馬鹿しい。嗚呼、嗚呼、嗚呼!馬鹿馬鹿しい馬鹿馬鹿しい馬鹿馬鹿しい!!!」


「そう、それが小美野紫花(こみのしか)だよ」

「・・・両国、さん?」

 下駄箱の脇から現れた少女は、誘導するように、盛り上げるように、言葉を紡いでいく。

「待っていたよ、どれほど待ち望んだことか・・・!私だけが知っている、君の内面に巣食うおぞましい欲望が解放される時を―――!」

 まぁ少しは手伝ったけど、と小声で続ける。


「なに言って・・・」

「私は祝福するとも。君は間違ってないよ、完璧になれる。それこそ――――神にだって」


 唇が震えて言葉が作れない、肌が震えて全身が寒い、心臓が歓喜に震えて止まらない。

 私の望みは―――間違っていない。


 もう・・・止まらない。


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