人工彗星
首都山奥、とある展望台の地下。
特殊能力肯定派本部には、一人の来客が訪れていた。
ここは国内でも、極少数にしか知られていない機密施設。例え存在だけは知っていても、客分として扱われる人物は一握りに絞られる。
中に入るには、相応の家柄と権力、財力や地位が必要となる。
つまりVIP中のVIP、この客が圧倒的権力者であることに間違いはない。
しかし如何したことだろう、お持て成しの接待は皆無と言っていい。
むしろ――――、
『A級厳重警戒態勢発令―――A級厳重警戒態勢発令―――A級厳重警戒態勢発令』
警報音が響く、響く、響く。
どの階層にも焦りと緊張が蔓延していた。
しかして、下された命令はただ一つ「手を出すな」。
その判断は当然のものだった。
地下空間への入口、遮蔽シェルターは―――見るも無惨にひしゃげていた。
子供が癇癪を起こして、力任せにこじ開けたような痕跡である。
侵入者に対して、神経に障る警報音が引っ切り無しに鳴り響く。
普段は白色光が照らす施設、それが緋色に染まる。ランプが回る度に、辺り一帯が血のように脈動する。
まるで巨大な生物の腹の内にいるのかと、錯覚するほどに全方位が赤々としていた。
そんな中、『スーツの男』は武器も持たずに悠然と歩き続けていた。
無警戒で、どこか気軽さを感じさせる足取り。
招かれたのは、招かれざる客だった。
-----------------------------------
「・・まさか、巣穴の最奥にまで通されるとは。不用心過ぎるのではないかね」
「それは『貴方』も同様でしょうに。敵対勢力の只中に、単身で乗り込んでくるとは思いませんでしたよ」
「入れてくれるなら是非もないさ―――この頑丈さ、中から破壊する方が幾分か楽そうだ。
わざわざ13年ぶりに連絡を寄越したのは、そういうことだろう?」
『彼』が案内されたのは、豪勢な客室だった。
肯定派代表は、その中心にある円卓、上座の椅子に座り背を晒す。
「なに考えてんだ!?否定派を、それも代表を入れるなんて・・・!」
アイドホールの殺気を込めた、鋭い視線に晒される。榎並は我関せずに淡々と控えている。
「ふふ、逆にこちらを潰すつもりですか――――ああとても『貴方』らしい」
少し落ち着いた声に変わっただろうか、年不相応に渋さが増している。
「『貴方』の研究に、ちょうどいい被験体がいるんですよ」
思わず眉をひそめる。
というのも、『彼』はもう研究の道を諦めていた。
今更何を、という感慨しか湧いてこない。
振り向いた老齢の男は、記憶に残るそれの面影があり・・・。
13年という時間の重さが、かつて20代だった男を変貌させていて、
「貴様・・誰だ」
既知の仲である代永伊鶴を名乗る人物は―――果たして70を超えているだろう容貌をしていた。
見知ったはずの顔に、多くの濃い皺が刻まれている。13年だけではあり得ない、長き人生の積み重ねがありありと伺える。
50代の『彼』よりも老け込んでいる姿に驚愕する。
それこそ、13年という括りに収まらないのは明白であった。
むしろその4倍、52年が経過していると言われなければ納得できない違和感。
ならば別人だと、安易に断じていいものか。
理知的な目、喋り方、声質といった類似点が記憶と重なる。
「―――zisser」
「――――それは」
その名を口にした瞬間、若者と見紛う幼き表情が過ぎる。
「なら何故そこにいる。彼女を殺した特殊能力をどうして肯定出来る。愛していたなら逆で・・」
「ええ逆です。それでも彼女は歌い続けたから・・・、ならば尊重しなければいけないのでしょう」
「・・・やはりzisserを解散して、身を引いた私が間違っていたようだ」
不思議にも老人は敬語を、50代の男はタメ口を使うことに躊躇いを覚えない。
年齢と言葉遣いの関係が反対だった。
この奇妙な会話は、すれ違うばかり。
切っ掛けは同じでも、能力に対する考えは決定的なまでに乖離していた。
「それでも貴方と私はアプローチが違えど目指す場所は同じ・・これをご覧ください」
榎並を通じて渡された、分厚い資料。その表紙に記されたのは、奇妙奇天烈な題名だった。
懐疑心に満ちた面持ちで、一ページだけ目を通す。
・・・・・・。
―――めくる、捲る捲る捲る。
めくるめく、捲る。目まぐるしく、目が覚める程に捲る。
手が止まらない、圧倒的情報量に眩暈を起こしながら、脳をフル稼働させて実現性を考察する。
嫌でも見覚えがある、これは・・・。
「この計画は、あなたの論文を下地に考案したものです」
瞳を閉じて暗闇の中、数分の吟味を重ねる。そして導き出された結論は、
「――――そういうことか。いや待て・・・、どれだけ取りこぼした」
「些末な問題でしょう」
その言葉は、全生命体を愚弄することに等しかった。
「・・いや。いや違う、机上の空論だ」
数秒前の、己の結論を否定する。
・・・・可能性は認めるが想像の域を抜けない。
その学説は、かつて大衆の目前で押された屈辱の烙印。
若気の至り、恥ずべき記憶。
そもそも、重大なピースが欠如していて話にならない。一つでもピースを失えば、パズルは全体の調和を失って総崩れを起こす。
「film観測者、惑星の寵愛児。次代の光輪の巫女がいるでしょう」
「能力が消えている、見つけようがない。例え見つけても、力を失っていては・・・」
「いえ・・いるんですよ。もうじき、もうすぐ、来る」
ニイと頬を吊り上げる老人の顔には、確信の火が灯っていた。
「何より会いたくないんですか、彼女に?」
「貴様がそれを言うのか・・・!私からすべてを奪った、貴様が―――」
「その私が言うのです。学会を追放され、辺境の地で化学教師に甘んじる天才科学者――――高橋千尋に」
「・・・昔の話だ」
「ならば今の話をしましょう。あなたの研究を証明し、世界をひっくり返す。これは言わばその案内図、辿るべき道行を示すものです。原案者の力があれば、計画はさらに加速する」
―――有限周回、制限付きの時間逆行。
この世界には、幾層にも渡って惑星を覆う光輪がある。原初から続く世界の記録帯、過去のデータが全て内包された可能性の具現―――film。
人類の歩みの結晶。
それは失われた知識や歴史さえも、余すことなく記録している。
原因も発生も、存在すら不明。
分かることは3つ。
1に、それは人類に残る最古の記録より前から在った。ともすれば、惑星の発生に端を発したとも目される。
2に、それは今この瞬間にも伸び続けている。一秒前の記録だろうと、どんな些末な情報だろうと、光輪となりて永久に保存される。
3に、それは彼の巫女以外に不可視であり、不可侵の領域。
―――何人も、観測すること叶わず、干渉すること能わず。
神秘のブラックボックス、それを紐解ける巫女は各時代に一人のみ。
ゆえに惑星の寵愛児。
光輪の巫女を有する者は、世界を制す。
隠された真実を暴き出し、国家の威信すら揺らがせる。
領土問題、戦争の裏。
闇に葬られた事実など、星の数ほどある。
人間が知識の積み重ねによって構成されるなら、それは間違いなく人類の至宝だ。
うまく活用すれば、特殊能力消失の原因すら解明できるだろう。
「・・人工彗星。星を作る、か。・・・貴様は神にでも成るつもりか?」
「―――神とは成るモノではなく、作るモノ。所詮、私は導き手です」
全ての生命体は、母なる地球から生まれた愛し子だ。
そんな矮小な存在が牙をむくというのか。
環境を汚染するだけに飽き足らず、神をも貶めようというのか。
それは間違いなく冒涜であり、背徳であり、独善であり―――――ただの人間だった。
親を越えようとする愚かしさは、この上なく人間らしい人間の姿。
「・・会えるのか・・・」
「―――必ず」
かくして、人知れず行われた会合の末。
特殊能力肯定派、否定派の代表は手を組んだ。
計画名、『film~有限周回彗星~』
ここに稼働せり。
「さあ饗宴の始まりだ。貪り、簒奪し、改竄する―――――」




