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訪問者達

 彩甲斐(さいかい)病院、9階。

 件の病室をノックしようと、手を振り上げた時――、

「あ、お姉さんだ」

「お、お姉さんだ」


 小美野うたのルームメイトである、二人の少女が駆け寄る。

「今日はお見舞い多いね」

「いいなー、うたは」

 ・・・多い?


「私以外に誰か来たの?」

 双子の二人は息ピッタリに、同時に喋る癖がある。

「たまに来る女の人、カッコいいの」

「キラーンって感じなの」


 カッコいい、キラーン・・・。

 詳しく聞いても、どうにも要領を得ない。

 特徴の大部分に擬音が混じり、大雑把な外枠しか把握出来ない。


「ササっ、カツカツって感じ」

「ビシッ、恐い感じ」

「うんうん、成程成程!」

 サッパリ分からない、頭がクラクラしてグルグルのパーだ。

 ・・・自分でも何を言っているか分からないが。


 女性・・・、昔から病院暮らしの妹に知り合いは少ないはず。

 であれば、医者か看護師か、患者か。その人物は、少なくとも病院の関係者に絞られる。


「でも時々」

「そう寝顔を見つめる時」


「「――――フンワリしてるよ」」


「・・・そっか」

 何も分からないが悪い人ではなさそうだ。

 病院という閉鎖環境でも、人間関係は広がる。

 外部の私が出張って、とやかく言うのは筋違いだろう。


 嬉しい反面、胸中に寂しさが去来する。

 少し複雑な心境・・・・。


 そして別れ際に一言・・・二人で一言ずつ。

「あ、最近新しい子が来たの」

「お人形みたいな子、カワイイの」

 手を振り、駆けて行く二人を見送った。


 ------------------------------------


 室内には、ただ一人の呼吸音だけが穏やかに浸透していた。

 窓側に配置されたベッドから、静かな息遣いが漏れている。


 小美野うたは、どうやら眠っているようだった。

 常と変わらぬ幼い寝顔――――常と異なる点滴チューブの数々。


「―――――――」

 血管が延長したように、細い管を伝って、複数の液体がやり取りされている。

 少女の体に突き刺さる、尋常ならざる点滴チューブ。

 両手の指を折っても足りない量。


 樽に剣を刺して人形を飛ばす玩具、『黒ひげ危機一発』を想起する。

 無抵抗で刺され続け、逃げることは叶わない。痛々しく苦悶の表情を浮かべる黒ひげを幻視した。


 その不格好で、延長された血管が彼女の生命を繫いでいる事実は、何たる皮肉だろうか。にわかには信じ難く、点滴チューブには得も言われぬ忌避感さえ感じてしまう。


 力がスっと抜け、棒切れの足で緩々と歩く。

 崩れ落ちる勢いで膝を着き、少女の横顔を間近で観察する。


 表情は何も変わらない、平凡そのものだった。

 これだけのチューブが刺さっていても、不変で普遍的。

 何も苦しんで欲しい訳ではないが、普段通りなことが逆に不安を煽る。


「――――、ん・・・?」

「あごめん、起こしちゃった」

 申し訳なさと、確かな生命活動を感じられた嬉しさが入り混じる。

 よかった、本当に。


 彼女の呆けた眠気眼に疑問が宿る。

 眼を見れば、自ずと相手の考えが分かるものだ。

 なんでコイツいるんだろ、そんなニュアンスがそこはかとなく・・・・。

「なんでコイツいるんだろ」

「口悪くない?」


 いつの間に不良になったの・・。

 お姉ちゃん怖いんですけど。


「ん―――、」

 ゴシゴシ、猫みたいに目を擦る。

 瞼は開いているんだか、閉まっているんだか分からない薄目。

「寝ていいよ」

「この前、嫌な夢・・凄く眠くて・・・彗星・・」

 うつらうつら。

 言葉から針と張りが抜けて行く。


「友達できて・・『ちーちゃん』・・・今度――――」

「はいはい」

 肩をゆっくり叩いて寝かしつける。

 最後に一度だけ、器具に触れないように抱きしめる。


 少し話しただけで心が軽くなった気がする。

 何も解決はしていないが――――それでも。


 まだ居場所はある。

 その実感だけが、ボロボロの精神を辛うじて繋ぎ止めてくれていた。


 名残惜しく、目一杯に躊躇って、一分も時間を掛けて、ようやく立ち上がる。

 手に残る愛しい温もりが、段々と霧散していく。


「またね」

 結局エネルギーを貰ったのは、私の方だった。

 情けない。

 ・・・弱い自分が嫌で、嫌いだ。


「完璧に、なりたい」


 無意識に放たれた、その言葉が口癖になりつつあることを、しかし彼女はまだ知らない。


 六月は、あと一週間で終わる。

 彗星の来訪は7月7日、七夕と丁度同じ日にち。

 天の川と彗星の共演は、きっと幻想的なものに違いない。


 ―――stepher彗星観測まで、あと二週間。


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