鏡面世界
「天宮と和月に大事はないそうだ。和月は軽傷で2、3日もすれば退院できるらしい。ただ天宮の方は重傷で、しばらく入院とのことだ。次に、この辺りで事件があって、その張り込みの・・・」
修学旅行後、教室にポッカリと空いた三席。
花染さんに続き、天宮真鶸と和月凪柊の姿が日常から消えた。どうしてか、親しい人ばかりが私を置いて行く。
しかも立て続けに、二ヶ月という短さでの出来事である。
このまま挙句の果てには、一人きりになるのでは―――。
そんな空想をする程度には、小美紫花の心は弱っていた。疲れて、すり減っていた。
・・人は一人では生きていけない。
精神的にも肉体的にも、いずれ限界が訪れる。
それでも生かされたなら、強制的に生存してしまったなら。
なるほど、正しく生き地獄とはこのことだろう。
外を眺めれば、雲行きが怪しい。
灰色と黒色が目まぐるしく混じり合い、空はゴロゴロと腹を空かせた音を鳴らす。
空腹に耐えかねて、慟哭の雷を落とすのは間近だ。
気体であるはずの雲に、不思議と鉛の如き重量感がある。
ポツリと一滴、窓を水滴が伝う。
垂れ落ちる一条の線は、窓に映り込んだ無表情な少女の頬に重なる。ちょうど、涙が零れたような位置。
それが自分であると気づくのに数秒を要した。毛先は肩をくすぐる長さ、少し髪が伸びただろうか。かつてのショートからボブに変わっている。
髪を切る気力もなく、ロングにしても良いかもしれない。
――それにしても、私ではない虚像の少女は何故泣いているんだろう。
「雨だ」
何とはなしの言葉。詩風愛汰は席を立ち、窓に付いた水滴を撫でる。それはまるで、愛しい相手に触れるような優さ。
しかし水滴が流れるのは、その反対。ガラス一枚を挟んだ別世界である。
落ちる雫を止める術はどこにもない。
見ることは出来ても、触れることは叶わぬもどかしさ。
恐らく彼の能力は、その鏡面を越えることなのだろう。
鏡の中から見れば、私達の世界こそが虚像に他ならない。
鶏か卵か、という例のアレである。
「――ん?」
心の奥底に、小さな棘が刺さる感触。
違和感。
いや、異物感が正しい。
――何かが違う。
二、三個盛大に、ボタンを掛け違っている気持ち悪さ。
・・むしろ、あり得ない位置にボタンが増えているような?
そして、それを常識と思い込んでいるなら、酷く滑稽なピエロではないか。
もしかしたら。
「本当は・・・」
「見て」
詩風愛汰に手招きされ、突拍子もない思考を中断する。
雨は強まり、校庭がグシャグシャにぬかるんでいる。
彼が指すのは、学校周辺に配置された車と人。
「雨、なのに?」
そういえば、登校の時も不自然に視線を感じて・・・。
「何から、誰を守っているんだ・・」
先日代永伊鶴が、「守る」と言った方法がコレか。
これでは学校内外、一体どちらを監視しているのか分からない。
さっき話に出た事件云々は、怪しまれない為のカモフラージュ・・・!
「守ると管理の間に、どれだけの差があるんだろうね」
雨の大粒が窓を叩く、最初の水滴はもう見当たらない。
コンクリートの染みになったか、霧となり霧散したのか・・。
―――真実は鏡面の向こうに。




