約束
区画を超える度、しつこい位に幾つものゲートが待ち受ける。
そのどれをとっても、武装を整えた警備員が二人以上は常駐しており、厳しく目を光らせる。
榎並とアイドホールは一々パスポートをかざして、指紋認証やら虹彩認証やらを繰り返している。
そして問題は私たちだ。武器を携帯していないか、全身を調べられる。それを為すのは、無論同性職員である。
加えて、普通なら空港にあるだろうボディスキャナーを使う、念の入りようだ。
例外的な来客は珍しいらしく、一つのゲートを抜けるだけで10分単位の時間がかかる。このような警備の厳重さゆえに、距離は遅々として進まない。
驚くべきは施設の広さ。歩けども歩けども、通路に終わりが見えない。
流石は世論を支配する一派と言ったところか。支部でこれなのだから、本部ではどうなってしまうのか・・・。
そんなことを4回は繰り返しただろうか、やがて開けたスペースに辿り着いた。
榎並が、壁際のパネルにパスポートを当てる。
すると、場にそぐわぬ軽快な音と共に、エレベーターのドアが開いた。
「どうぞ」
促されるがままに乗り込む。さらに地下へ潜るのか……。
音もない、静かな下降。
乗員に言葉はなく、細やかな息遣いだけが聞こえる。
されど、そこには如実に個性が現れる。
無機質な等間隔の呼吸、呆れたような乾いた呼吸、警戒の色が濃い呼吸、疑惑と希望がない交ぜの重い呼吸。
B1
B2
B3
B4
B5
ドアが開けば、今までの風景とは一転。
地下には場違いな、高級ホテルのロビーが広がっていた。
余りの落差に呆然としていると、「早く行け」と急かされる。
ご丁寧に、笑顔の受付嬢まで用意されている。
「お疲れ様です」
「代表はいらっしゃいますか」
「今はお留守です。ですが、もうじきお帰りになる、とのことです」
「では、西会議室Eの鍵を頂けますか」
どうやらこのエリアの警備は薄いようだ。
再び歩き出すが、ゲートも警備員も見当たらない。
豪華絢爛を尽くした通路の半ばに位置する、一際大きな扉を開く。
赤と金で彩色された、vipルームもかくやという内装。
その中央には、ガラス張りの巨大な円卓。それを囲むように、黒革のオフィスチェアが配置されている。
「おあつらえ向きだなぁ?」
「・・・・」
アイドホールの言葉は誰に向けたものだったのか。どうやら返事を期待した訳ではないようで、そのままドッカと席に腰を下ろす。
・・・居辛い。
意味もないのに、何度も居住まいを正して待つこと20分。
「待たせたようだね」
悠然と現れた代永伊鶴が、円卓の上座に座った。
―――同時、隣で詩風愛汰の瞳が鋭さを増す。
「久しぶりだ。積もる話もあるが・・・、榎並君」
「施設、我々の活動に関しては説明済みです」
「流石だ、では単刀直入にいこうか」
言葉を切って、顔の前で両手を組む。
合わせて、榎並は代永の背後に着く。まさに秘書らしい立ち姿は絵になる美しさ。
「私の目的は、世界に特殊能力を取り戻すことだ。半生を賭けてようやく見つけた、かつてないサンプル。人類の夢、理想の力を失ってどうして諦め切れる。能力なくして、人類に未来はない」
声が変わる。
どす黒く、濁ったものに変成する。
恐ろしい程に、70を過ぎた老人の目が据わっている。
――違う、と思った。
「諦めることは許されない。世界は、救わなければならない」
視線は私達を見ているようで、違う。
もっと奥を、違う誰かを見ている。
心が臆す。
そんなことを言われても、そんな目で見られても・・・。
「でも、分から・・ないんです。理由も原因も」
「―――すべてを教えてくれ。今までの経緯、人生の始まりまでを」
--------------------------------------------------------
「代永様、これは」
「小美野うた。能力の強化、発生、いずれも彼女が関わっている。榎並君、任せる」
「・・ご自分では、行かれないのですか?」
「同性である君が動いた方が、話が早いだろう」
そう言い残し、代永伊鶴は会議室を後にする。
彼は里親でありながら、小美野姉妹に関与しようとしない矛盾。
特に小美野うたには、ただの一度も会っていない・・・。
榎並にとっては、それが目下の悩みであり―――。
「何だお前。そのガキと・・」
「黙りなさい」
軽くパンプスで床を踏み鳴らす。
――圧倒的質量の顕現。
鋼鉄を貫いた透明なソレは会議室の半分を潰し、尚も浸食を止めない。
「はっ!そういうことか」
背後から、凶悪な男の声。
「何を」
「面白いことやってるじゃねぇか・・!」
・・・・。
殺すか。
「落ち着けよ、黙っててやる」
「・・どうしてそんな言葉を信じられるのかしら」
「昔の馴染みだ。それにあの男の弱みになり得る情報だ、絶好のタイミングを伺って有効利用しねぇとな」
大声を上げて去り行くアイドホールを、しかし止められなかった。
何を知られたのかも分からない以上、喋る前に殺すべきではある。
だが、正面から戦って勝てるかは怪しい。
この狭さなら或いは、とも考えたが、すぐに浅慮な考えを否定する。
私には約束がある。
「それまでは、死ねない」




