悲恋
「――何だ、俺は要らなかったか」
白い煙が、視界の端を横切った。
振り向けば、煙草を手にした金髪の男が、眉間に皺を作りこちらを眺めている。
私達の誰かが、蒼い双眸に映り込む。
アイドホール・・、詩風愛汰が乾いた声で呟いた。
それは初めて聞く名前、二人は知り合いなのか?
そして気が付く。榎並という女性と金髪の男は、私達を挟み込む立ち位置にいる。
「あらアイド、生きてたの?」
さも残念でならない、という榎並の口調。
「はっ!俺が死ぬわけねぇ。それはお前がやるんだろ?」
一触即発の重苦しい空気が漂う。
・・彼らは仲間同士じゃないのか?
分からない。救いに来た、という言葉を信用していいのか。
ひょっとしたら事態は悪化しているだけではないか?
アイドホールという男は展望デッキで一目見た。飛来する銃弾を撃ち落とす、離れ技をやってのけた人物。
だが何故ここにいる。どうやって降りてきた?
爆発は回避したのか?
大型トラックなんかよりも、この二人の方が余程危険な気配――。
・・生唾を飲み込む。
恐る恐る周囲を見渡すが、未だ混乱状態であり、他に助けは得られないことが分かる。
「あなた方には権利があります。私共の手を取るか、否か」
「面倒臭ぇ、ここでとっ捕まえればいいだろう?」
「・・それでは意味がない、との仰せよ。それに、私達も同じだったでしょう」
何を、言っている。だがそれよりも・・。
「代永さん・・。お義父さんが?」
「・・ええ、お待ちです」
装甲車が瓦礫を乗り越えて、榎並の背後に止まる。
現状、天宮真鶸と和月凪柊は瀕死。急ぎ治療しなければ、生死に関わるだろう。
実質のところ選択肢も、時間もなかったのだ。
自ら進んで、肯定派に近づく道しかない。
「お願い、助けて下さい・・!!」
濡れた声で叫んだ。もう助けてくれるなら、相手が誰であろうと構わない。
躊躇うことなく、甘い餌に釣られて蛇の大口に飛び込んだ。
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「作戦、失敗・・?」
肯定派に能力者達が全員捕まった。
瓦礫の陰で両国由夢は、それを為すすべなく見つめていた。
止めるべくもない。あのトラックを見れば嫌でも理解出来る、その力が彼女には欠如していた。
今後に起こる展開は、火を見るよりも明らか。
歴史的テロリストとして否定派は総検挙される。父さんと母さん、それに小垣様も捕まるだろう。
それでは・・礼金はどうなる?約束が違うではないか。
「やぁすっかり良い景色になったね」
思わず肩が飛び跳ねる、背後から急に声がした。
「誰っ!」
それは今まで見たことが無い程の老人だった。年は70代だろうか・・。
「君の力を貸して欲しい」
「・・・」
警戒から、一歩後退る。
「そうすれば、君の家族だけは守ってあげよう」
「・・・!」
穏やかな声色のそれは、提案のような脅迫であった。
「そこは居辛いだろう?なにせ否定派の中で、唯一の能力者だ」
即座に距離を置き、老人の動きに注視する。この無防備な様子の老人は、何を知っている。
・・使うか?
血が勢い良く四肢に染み渡る。
「ずっと両国君を知っていたよ。ただそこは手が出せなかった」
「・・うそ」
肯定派、代表・・・?
そんな大物が、どうしてここに――。
「・・今まで助けられなくて、本当にすまなかった」
深く頭が下げられ、声には確かな同情の色がある。
「・・・」
何なんだ、この老人は。それだけの権力を持って、どうして私のような小娘に頭を下げられる。
「隠すのはもう疲れたんじゃないか?私が解放しよう」
解放、自由、何だそれは。そんなものは知らない。
「なら知っていけばいい」
嫌だ、それは恐ろしい。忌避すべき、認めてはならない感情で・・。
「――君はこちら側に着くべきだ」
でも裏切りに気づかれたら・・。
「必ず、君の心を救う」
「―――あ」
どこかが既に深く繋がってしまっていて、抗い難い、身を焦がす程の熱が感化する。
僅かに見えたその熱源は・・悲恋だろうか?
・・血管の浮いた老いた手と、若々しい手が繋がった。




