――してあげたい~filmⅡ~
ガラスの破片が、次々と体に突き刺さる。
だが、だが。それでも。
「出た!?」
日は沈み、ここは130メートルの高度。
冷えた新鮮な空気が、肺を刺激する。初夏とは言え凍えそうな寒さ。
それでも、あの密閉空間よりはいくらかマシだった。
「やったよ!真鶸、ちゃん?」
「うぁ、ぁああ――」
潰れた虫のような呻き声。
夏の終わりに、路肩に転がるセミが連想される。
「うで・・・腕、曲がって!?」
彼女の両腕と右足は、人体構造上あり得ない方向を向いていた。
肌が青黒く染まる。
「・・・・」
いつの間にか声は止み、代わりに歯が震えだす。かちかち、かちかち―――。
嫌な予感しか、しない。体を揺さぶる。
――無反応、ぐったりとして動かない。
「・・これ、まずい」
もし空に病院があるなら教えて欲しかった。
辺りは闇のベールに包まれ、宇宙の中にいるようだった。
だがここは地球。重力に引かれ、やがて落ちる運命。
潰れたトマトのように、赤い中身を飛び散らせる未来が想像できる。
まず手当てを、いやその前にこの状況を・・。
「愛汰!二人以上の瞬間移動、出来るよな!?」
「・・そんなのやった事ないって!」
「なら今やれよっ!!」
「~~!」
もはや会話は、怒鳴り合いの様相を呈していた。
それでも空中で手を組み、詩風愛汰が目を閉じて――。
消えた。
忽然と、唐突に手の温かさは損なわれる。
「嘘でしょ・・」
・・・彼の姿だけが消えた。
一人は意識不明の重体。一人は能力の使い過ぎ。一人はもう能力を使えない。
何だ、これ。
どこを見ても八方塞がり、道が見つからない。
覚悟を決めるような、息を吐く音がした。
「――俺が止める。落ちた瞬間に衝撃を消す」
「駄目、何考えてんの!?あんなに血吐いて・・・!!」
「・・嫌だよ、俺だって!でも、他に方法ないだろ」
・・・・仕方、ないの?
手はのろのろと、無意味な開閉を繰り返す。見えない何かを掴もうとして、空振り続ける。
迷いは行動を鈍らせ、判断は遅れた。
彼の手に触れるまで、あと1センチ――。
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崩壊するスカイタワー京都。
アイドホールの手で、既に否定派は半壊。
さらに能力者達は逃走、これは最悪の状況。
「―――終わりだ」
万が一の保険。次善の策を起動させる。
・・・まだ最後の策を残しているが、万全を期す必要があった。
男は手元のボタンを押して――。
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――爆ぜた。
爆風は、残ったガラスを内側から吹き飛ばす。
設置された爆弾は連鎖して起動。
都合4度、轟音が市内に鳴り響く。
京都の象徴である「スカイタワー京都」は、基盤を崩されて倒れる。
ボロボロと、体を構成する内臓を零しながら・・・。
落下の距離により爆発の直撃は免れたが、爆風は別の話。
つまり風の勢いで引き離される。
手と手は、既の所で掠・・らない。
すれ違った爪は空を掻いて――。
暗転。
視界が上下反転して、意識が攪乱された。
「う・・・ん?」
一瞬の意識の消失。
目を開くと、一面に星の海が広がっていた。それはガラス越しでは見られない命の輝き。
雑念が消え失せて、一気に意識が鮮明になる。
脳を洗って濯いだような爽快感。
星の光が、眼球内の水晶体を通って体に染み込んでいく。
「うわぁうわぁ」
強い生の実感、世界が異常に美しい。
・・震える。
寒さによって、感動によって。
体の奥から、ゾクゾクとした感情が湧いてくる。
能力はクールタイム中、後4日は使えない。
このままでは確実に死ぬのに、どうして冷静なんだろう。
・・・・・・。
「ああ、2度目だからか」
奇妙な納得があった。
屋上に続いての経験。あの時は昼だったが、今は夜。
段々と空は遠くなり、地に近づく。
・・手を星に伸ばした。
「掴めないなぁ」
痛みが無いように、目を閉じる。
流れ星って、こんな気分なんだろうか。
長い旅の終着点。焼け尽きたとしても、きっと――。
悪くは、ない。
「紫花ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
乱暴な声が耳を叩く。
せっかくのロマンチックな気分を、台無しにされる。
またあいつは・・・。
何故か不快感はなく、頬が緩んだ。
「手を・・・!!」
和月凪柊は必死に左手を伸ばす。
右手では、掴まれた天宮真鶸が顔を伏せている。
無理だ、間に合わない。
背には地面の圧迫感がある。
それでも、手を伸ばした。
今度は星ではなく、ちっぽけな友に向けて。
ああ、今―――落ちる。
漆黒の絶望に呑まれんとした刹那。
ゴクン。
少女の喉仏が山なりに膨らんで、縮む。
何かを飲み込む音。
「――間に合った」
天宮真鶸の唯一無事だった左足が、壊れる程の力で空を蹴る。
凄まじい音、離れていた彼我の距離は一瞬で詰められて・・。
今度こそ手を硬く、強く握り合う。
痛いくらいの力が掛かり、肌が白くなって、
「止まれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ――――――!!!!」
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「逃げた、自分だけ・・」
笑えて来る。
友を奈落に突き落として、自分だけは安全地帯で安寧を貪る。
詩風愛汰はどうしようもない疫病神だった。
水上に座り込んでいると、躊躇うように細い腕が触れる。
「悪くない、詩風君は悪くないよ」
もう、どんな顔をして会えばいいのか分からない。
役立たずの自分が恥ずかしくて、顔向けができない。
「悪いのは、私」
不器用に撫でられる感触。
自分よりも小さい女の子に抱きしめられる。
「ふざけるな」
「え?」
振り払い、全力で突き飛ばす。
「触るなよ。何で、何でこんな事させたんだよ!?知ってたらやらなかったさ!!そうだよ、お前の所為だろ!?」
言われるがままに従った。
未来の為だと、信じて・・・!!
「嘘だったんだろ、嘲笑ってたんだろ!!」
「・・・ごめんなさい」
「――!理由を、教えろって言ってるんだよ!!」
申し訳なさそうな態度も、怯えたような声も癪に障る。
だから唾をまき散らして、怒鳴る。
―――そうすれば、忘れられた。
そうしなければ、立てなかった。
「そう、君には言ってなかったんだ・・」
僕には?
まるで、ここに来れる人物が他にもいるような言い方。
そして、躊躇いなく白いワンピースを捲る。
露わになる乙女の素肌。
くびれのある腹は眩しく―――。
「―――――――――」
「死にたいの」
「―――――」
「恩返しがしたいの」
「―――」
「私を作ってくれた、あなたに・・」
「」
熱っぽい瞳が向けられる。誰のことを言っているんだ。どうして僕を見る。
理由が分からない好感なんて、恐ろしいだけ。
「教えてあげる。この世界は―――」
――――。
彼女を―――してあげたいと、思った。




