砕け
「広ーい!」
眼下に広がる京都の街並み。
上空から見下ろせば、定規で引いたような直線道が交差しているのを確認できる。
まるで囲碁の目を、地上に再現したような光景。
それは過去にあった都市の名残。見方を変えれば新しい発見があるものだ。
地平線の先では夜の帳が落ちている。
夕日のオレンジと、闇夜の黒のコントラスト。
空というキャンパスは、二色で艶やかに染め上げられている。
「浮いてるみたい・・」
不思議な感覚だった。
空は古来より神々の住まう場とも目され、本来人間が訪れることはない秘境。
だというのに、どこか落ち着くような安心感に包まれる。
そして僅かばかり、寂しさのスパイスも・・・。
こうして俯瞰していると、自分が星になった気さえしてくる。
そんな感傷を抱くのは、きっとここが宇宙に近いから。
夜空の領域が、徐々に広がってくる。
日は沈み、夜の時間が到来する。
目を覚ましたように、点々と、星が瞬き始める。
「ここも高いけど、もっと遠いんだね」
「stepher彗星?」
「ずっと孤独に旅をして、13年ぶりに帰ってくる。僕だったら、耐えられないな・・・」
そんな考え方もあるのか。相変わらずのロマンチスト君である。
ならば、ここは私の知識を披露しますか!
実は、あれからコツコツ勉強したのです。
「でも13年周期って、一般的に短周期彗星と呼ばれるんだよ。長周期彗星は100年以上の間隔が空くから、人生に一度しか見られないの!だからチャンスがあれば、是非とも見て欲しい!特に最近訪れたもので言えば、ヘー・・・」
「あ、あの彗星!?次の来るのが2500年後って言う!?」
「そう!!今の西暦より長い時間なの!その時まで、人類は生きてるのかな!?見たかったな~!」
流石真鶸ちゃんである。やっぱり知っていた!
「はいはい、あっち行こうね」
得意顔で話し続けていると、背を押される。
いい所なのに・・。
今見ていたのは、日が沈む西側。
となれば、反対側では夜景が見られるかも。
「あれ、立ち入り禁止か?」
本当だ。コーンで封鎖されていて、近くには警備員さんがいる。
「・・。ああ、どうぞ」
そのコーンが退けられる。
「え、いいんですか?」
「はい、今から解放しますので」
「おーピッタリ!」
「いや運良いな!?」
それにしても、タイミングが合い過ぎているような――。
「まぁ、そういう事もあるんじゃないかな・・・」
タワーの東側には、まだ誰の姿もない。
修理の痕跡だろうか。通路の半分を占領する大きさの暗幕が、二つ残っていた。
奥に行くと、両挟みになるような位置。
絶好の位置を陣取り、厚いガラスに手を伸ばす。
小さな蝋燭のような、家々の光――。
左手の野球ドームから伸びるレーザーが、闇を二つに裂いている。
「ねね、見てま・・」
振り向いた瞬間、脳天に何かがぶつかった。
0秒
――重く、腹に振動が伝わる音がした。
空気が怯えて震える。
1秒
耳が音を捉えたか、捉えないかの境界線。
その速度で持って、真後ろに吹き飛ばされる。
2秒
モップのように、体が床を擦る。荒々しく、バウンドを繰り返した。
――止まる。
3秒
訳も分からず、無意識に手を額に当てる。ベタリ、何かがこびり付く。
赤。あか。
血。ち。
続けて、その原液が肌を伝い流れ落ちる。
あったかい。
4秒
もう、能力は使えない。
静寂は終わり、雷の鳴る音がした。
先程の音を束ねて、何倍にもした爆音。それが止まない。
「な――つもり――!?」
「――ろせ。全―――!」
聞こえる音は掻き消されて、判別不能。耳が痛いほどの音が響く。響き続ける。
音だけで、脳を殴られたような痛み。
気付けば両暗幕から大量の人が溢れ出して、増えていく。
何が?死体が。
「みんな・・は?」
顔だけを動かして、辺りを見回す。
「ダメぇぇぇぇぇぇぇぇぇ―――!!」
耳が潰れそうな、音の嵐の中。それでも、友の声は聞こえた。
友の、悲鳴が――。
天宮真鶸と詩風愛汰は、へたり込んでいた。生きてる。
では和月凪柊はどこに――?
二人の前で、庇うように両手を広げる後ろ姿。
なんだ。いるじゃ、ないか・・・?
銃弾は絶えることなく、彼の体に殺到している。
小指の先程度の大きさだが、一つでも当たれば人体を破壊する凶悪さ。
それが、ずっと?
ゴポ、床に赤い花が咲く。
彼の口から零れたものは、生存の証。奇妙な安心を得る。
停止の能力は、万全に発動していた。
音速の銃弾は、たった一人の人間も貫けない。
体に触れた瞬間に全ての勢いを奪われて、重力に引かれて落ちる。
足元には、無数の弾丸が広がっている。
それはいつまで保つ?命のタイムリミットは、刻々と迫る。
彼が倒れれば、全員が撃ち殺される。
今は辛うじて、銃の射線に入っていないだけ。
だが動くのは余りに危険過ぎた。ここは銃撃戦の中心部。最前線を越えた、その奥。
いずれ来たる限界を待つしかないのか――。
そう思われた時、天宮真鶸が動く。
下手に動けば弾に当たる中、動いた。
小さな体を回転、右手で愛汰の襟首を掴んで、ガラスにぶん投げる。
和月凪柊を盾にして、後方に向けて。
後ろからも銃弾が飛んでいるが、中心にいる私達を避けているのだ。
これなら、当たらない。
その回転の勢いのまま、左手で凪柊を掴んで――。
「解いて!!」
砕けるほどの力で、右足が床を蹴る。
音速を越えて、銃弾の速度すら超えて、こちらへ飛ぶ。
体に振動。
気付けば回収されていて、ガラスは目前。
「っ!?避けられない・・・!」
こちらの目論見に合わせて、弾道は修正されていた。
二人の人間を抱えれば、当然速度は落ちていて――。
「ぇ」
私と凪柊がガラスへ投げられる。
彼女は諦めたように微笑んで、
「チッ」
周囲の銃弾が、全て撃ち落とされる。
弾と弾の衝突により、辺りには赤い火花が舞い散る。
それは一体どれ程の奇跡か。
しかし、それを為した金髪の男は事も無げに――。
「貸しだ」
すぐに姿を消した。
事態が目まぐるしく展開していく。
だが呆然としている暇はなく、
「今は・・!6割で、十分!」
天宮真鶸は右拳を硬く握り、ガラスに叩きつける。
パキ、パキ・・パキ――。
か弱い少女とは思えぬ破壊力で、ヒビが放射線状に広がって、そして――。
「割れ、ない。強化ガラス!?」
「あ――。あ、あああああああああああああああ!!全部、持ってけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ―――!!」
間髪入れず、左拳をぶつける。
パキパキパキ――――!
ヒビはさらに細かく、加速度的に数を増していく。
「――割れて。割れて割れて。割れ、ろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ―――!!!」
中心部から、楕円形に衝撃が伝わっていく。
ガシャーーーン!!!
強化ガラスが、金切り声を上げて崩壊する。
――その影で、肉が裂け、骨が軋む生々しい音がした。




