ホテル
東京と京都の距離は、およそ500㎞。新幹線でも、片道二時間三十分はかかる。
これほど離れていても重い旅の準備は要らず、最悪お金さえあれば着の身着のままでも移動できる。時代が進んだ今、一日で往復することも可能である。
この地に御利益を求めて足を運ぶ者は、今も昔も後を絶たない。
昔は徒歩で移動していた、というのだから驚きだ。
一体何日かかる道行なのだろうか。本来の仕事もあるだろうし、気軽に行ける距離でもない。
準備に準備を重ねて、長い旅の果てに辿り着く。
信仰心は、どこまでも人を突き動かす。
――それはさておき。
距離の遠さにより、同じ国でも文化の違いが生まれる。
食事、伝統、言葉遣い。探せば、枚挙に暇がないだろう。
駅に降り立った瞬間。
肌で感じる空気の違い、まるで異国に来たような気さえしてくる。
これは旅行ならではの感覚。
時間が経てば薄れていく、刹那の甘味。それは日常を抜け出した、解放の味だ。
鼻から息を吸い込む。肺一杯に、新しい空気が満ちる。
「・・京都の匂いがする」
鼻孔を通り抜けるのは、おでんと卵焼きと煮物の・・・。
「それ俺の弁当の香りじゃね?」
蹴っ飛ばしてやった。
その後、バスで移動。
知らない町を、夕日が穏やかに染め上げていく。
こうして見ていると、保山市と遜色ないようにも思える。
車と人が行き交う道路。帰宅時間だからか、制服やスーツ姿が多く見られる。
―――そんな街並みの中。
「次は上鴨神社、上鴨神社」
バスの運転手さんから、伸びのある声が届く。
ここはホテル直近にある神社。入り口では、堂々たる赤い鳥居が出迎える。
といっても時刻は六時。もう大分暗くなっているので、その鮮やかさの全貌は伺い知れない。
奥に進むと、またもや赤い門。
「なんでこんなに必要なのかな」
「んー結界かも。日本の屋敷が、敷居や襖で区切られているのも結界の一種って話があるよ!」
「へー」
軒並みな感想しか出てこない。
ただ彼女が生き生きとしていて、なんだか微笑ましい。
どうやら事前に勉強してきたようだし、知識があれば見方も変わってくるのだろうか。
門を越えると、複数の社が見えてくる。右手では川が流れ、赤い橋が架かる。
しかし時間が押しているようで、境内を軽く見て撤収。
「えっ、もう?」
かくしてホテルにチェックイン。
徒歩一分、すぐ隣にホテルがある。見た目は、純ビジネスホテルという外観だ。
ホテルのスペースは限られており、全員が一度に入ることは出来ない。
なにせ一年生は、合計八クラス。合わせて300人越えの団体である。
だから時間をずらす必要があり、上鴨神社に参拝していたのだ。
ホテルの入り口には、保山高校様御一行、と書かれた黒い看板が置かれている。
自動ドアが開くと、現れるロビーは煌びやかな印象。
小川先生が受付で何やら話して、戻ってくる。
「じゃあ部屋に行っていいぞ。7時30分に食堂だから遅刻するなよ」
事前に決められていた通り、私たちは403号室。エレベーターを待ち、4階へ上がる。
一緒の部屋になったのは、バスケ部の女の子二人。体育の時間、私と同じグループだった子達だ。
「二人は付き合い長いの?」
その内の一人、南さんが問う。
「小学校2年からだよ!・・大丈夫?」
「大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫」
「不思議と説得力がない!?もう覚えて!」
いたいいたいチョップやめて・・・。
廊下を歩いていると、どの部屋の扉も少し開いているのが確認できる。
これは不用心な失敗ではなく、学校の決まり。
先生がいつでも中に入れるように、鍵は渡されていないのだ。
「ここかな?」
廊下の中間まで歩いて、403の数字を発見。扉のストッパーを外さないように、中へ入る。
部屋は和室風。
中央の畳の上には、ちゃぶ台が置かれている。
他に目立つ家具は、小さな冷蔵庫と金庫、座椅子があるだけ。必需品だけ揃えたような殺風景さ。
まぁ学生だし、このくらいでちょうどいいのだろう。
一先ず壁際にバッグを置き、座椅子に腰を下ろして落ち着く。
「おー」
他の三人は、感心だか不服だかよく分からない声を上げて、部屋内を物色している。
ハンガー、鏡、座布団、コップ。よく見れば、小物がちらほらと見つかる。
「あ、布団」
真鶸ちゃんが襖を開けると、敷布団が4組仕舞い込まれていた。
「とりゃー」
頭から布団に突っ込む。あったかくて、柔らかい。
「ふぅ・・」
何もしていないのに、疲れた。今日やったことと言えば、新幹線とバスに乗って、少し歩いただけ。
何なら、普段の方がよっぽどカロリーを使っているだろう。
目に映る物の新しさによる、興奮。これは体ではなく、心に溜まる疲れだ。
このまま目を閉じれば、眠ってしまいそうで・・・。
「だーめーだーよ!ほら!」
背中を、荒く叩かれる。
「んー・・」
自由時間は、あと30分くらいか。
大食堂で一斉に食事をする。もちろん適当に座れるはずもなく、出席番号順に席が割り当てられる。
必然的に効率を考えれば、移動の時点で整列しなければならない。
つまり遅刻はできない。一人の遅れが、全体の遅れに繋がる。
だから仕方なく。嫌々、ゆっくりと。
目を閉じたまま、体を起こす。
「ん~・・」
「はいはい。これ飲んで!」
なすがままに、手渡されたコップを受け取る。それを口に含むと――。
「ん・・!?」
「目、覚めるでしょ」
口に侵入したお茶の熱さに、目が見開かれる。
「えほっ!ん~!」
舌が熱い!外気に晒して、少しでも冷やす。
「天宮ちゃんて、お母さんだねー」
なんで笑って言うの!
「意地悪な継母の間違いだよ!しかもチビの!」
「う・る・さ・い」
ほら、ね。




