歴史的中二
誰もいない廊下を歩くのは少し心地良い。いつも人でごった返す場所を独占しているような錯覚。
ドアの窓枠から覗くと、どのクラスもホームルームが行われている。そこでは一日の予定や出席を確認する。もし遅刻すれば、静謐な教室の空気を破壊する羽目になるのだ。
もっとも私は遅刻の常連なので、誰も気にしないかもしれない。しかし最近になって、先生が妙に優しく言ってくるのが気まずい。
後ろから教室に入る。教壇に立つ、あの坊主頭は小川先生だ。その髪型と、人の好さそうな笑顔ですぐに覚えた。年齢は20代か30代か、比較的若い先生だ。
「~が終わったら体育館履きを持って移動な」
今日集会でもあるのだろうか、話を続ける小川先生と目が合う。
「じゃ号令」
起立礼の合図で教室に賑わいが訪れる。
もはや慣れた足取りで先生の元へ向かう。その道すがら教室を見渡すと、見慣れた二人の姿が確認できる。
天宮真鶸は近くの友達とおしゃべり、詩風愛汰は鞄を漁っている。
「どうした?」
「就寝過多は順調な成長期の表れであり、勉学の為、滋養強壮の為に必要な過程であると進言します」
「朝は眠いよなー?」
「はい眠いです!」
「それを寝坊と呼ぶよなー?」
「・・・寝坊しました」
馬鹿な。完璧な理論武装があっという間に・・。
「で、和月もか?」
「いやこいつ遅いんですよ、牛並みです」
・・牛丼みたいに聞こえるんですが。
美味しいよね。並盛の、丁度いいサイズのやつ。
「モーニングコールでもしてやったらどうだ?」
「有料になりますよ?」
「こんな適当なホテルマンいませーん」
彼の足を、軽く蹴る。
「痛っ。明日の朝覚えてろ・・」
小さく舌を出す。
「高校始まったばっかりなんだからしっかりしろよ?新生活では、良くも悪くも習慣付くからな」
そんな先生のお小言を受けた後、机に鞄を降ろす。
軽くおはよ、と言いつつ小柄な女の子が近づく。
「また遅刻?」
「うん。でも真鶸ちゃんは早すぎだってば」
彼女は天宮真鶸。動きに合わせてポニテが跳ねる元気系女子。
和月凪柊と同様に、小学校からの付き合いだ。
彼女は本当にマメで、誰よりも早く登校しているらしい。
といっても別に日直だとか、委員長だとかいう役職に就いているわけでもない。
「だってお腹すくし!」
そういえばカロリーメイカーという、栄養菓子をかじっている。
それは手軽に栄養補給できることから、忙しい人に好まれる。CMでもサラリーマン風の男性が『栄養チャージ』という言葉と供に、爽やかに親指を立てていた。
そしてすんごいカロリー量を誇る。
「太るよ?」
「成長したいだけなのになぁ」
天宮真鶸は高校生にしては小柄で、145センチくらい。
私は150センチ、この差は大きいのだ。
他所から見れば、どちらもチビの一言で片付けられるかもしれない。
団栗の背比べに違いはないが、悲しいことに彼女に勝る部分がこれくらいしかないのだ。
この五センチを大切にしたい・・。
ガールズトーク(?)をしていると、チャイムの音。
ホームルームに引き続き、次の授業は小川先生が担当する。教科は世界史。
声は大きくて聞きやすいのだが、眠くなる生徒は少なくない。しかしその責任を先生だけに求めてはいけない。なんというか、現実実がないのだ。
私たちの知る世界は物理法則が支配する、平凡なものだ。ところが歴史系の授業では、その前提が崩れる。
なんというか、ファンタジーの世界なのだ。戦争では、強力な能力を持った英雄が登場する。
今先生が話している内容は―――。
曰く、巨大建造物を作る際に、材料を宙に浮かせていた。曰く、ナポレオンの風呂好きは、能力の副産物だった。
などなど、私たちは何を教えられているのだろう・・。
学校という場所で、ラノベを考察しているような感覚といえば分かりやすいか。
「ナポレオンまじかっけぇ!」
「まさか風呂好き、というかわいらしいエピソードにそんな裏があったとは。たしかに皮膚の水分が失われかねない」
男子の中にはやたらと気合が入っている子もいるが・・。
なぜだろう、不思議だ。