疑惑
食事が終わり、真鶸ちゃんはお風呂に入っている。
その間の私は英語の勉強。
彼女曰く、教科書の物語がそのままテストにでるから、内容を理解するだけ。
単語と文法、ストーリーを理解していれば簡単、とのこと。
という訳で、辞書を片手に一から読み直しているのだ。
しかし一人でいると、余計に剣道具の存在を意識してしまう・・。
当時、真鶸ちゃんと愛汰は同じ剣道部で活動していた。
ところが、そこで揉め事が起こったらしい。
ご存知の通り、真鶸ちゃんは体力こそ少ないが瞬発力は凄まじい。
それすなわち、普段真面目に練習しないくせに誰よりも強かった。
少なくとも、彼女の事情を知らない人間にはそう映った。
毎日必死に練習している部員からしたら、それは許せないことだったらしい。
しばらくして、大きな大会があった。学校ごとに出場できる人数にも限りがある。
ここは平等にと、強さで決めることになった。
それは間違っていない。そもそも剣道は個人競技なので、自然の展開とも言える。
問題なのは、最後の大会に意気込む上級生を押しのけて、真鶸ちゃんが一番になったことだ。
他の部員ならよかった、己の力不足を呪えばいいから。
しかし、彼女だけはダメだった。自分の三年間の努力を、否定された気分になったのかもしれない。
出場権の奪い合い、よくある話だ。
いずれにせよ彼女は、不満を覚えた上級生らに呼び出されたらしい。
そこで行われたのは、「合い掛かり」の稽古。
「合い掛かり」とは、時間を決めてお互いに全力で打ち合う。それをローテーションで繰り返す、一番辛い練習だという。
恐らく、稽古の皮を被った仕返しだったのだろう。特に体力が必要とされる稽古を選んだのだ。
ただ、その条件でも蹂躙された。
一太刀で、体を倒されたらしい。もちろん倒れただけで、再起不能になっただけではない。
まだ戦えたはずだが、稽古はそれだけで終わった。
その後真鶸ちゃんは、出場権を辞退。並びに退部という流れになった。
以上の話は、愛汰と剣道部の友達から聞き出した内容だ。
私は当事者ではないので、真偽の程は分からない。
本人に聞いたこともないし、これからもきっと・・。
コンコン
ノックの音に、ぼんやりとした意識が引き戻される。
「は、はいっ!」
誰だ?自分の部屋だ、あの子はノックしないだろう。
「こんばんは。ごめんね、勉強中」
「あ、おばさん」
どうしたんだろう。
「あのね、話があるの」
あの子がいると話せないし、と小声。
ゆっくり机に近づいて、ティーカップを二つ置く。
その内の一つが、私に差し出される。
「ありがとうございます」
いい香り、レモンティーかな?
「それで・・。お礼が言いたかったの」
なにやら口を濁している。何かあっただろうか。
「紫花ちゃんと、うたちゃんに」
「私たち??」
「そう。うちの子が元気になったのって二人に会ってからでしょう?」
あ、そういうことか。あれは六歳の頃だったか。
「確かに!初めて会った時はひどかったなー」
本当に、死にそうな顔をしていた。
「事故に遭って、足が動かなくなって・・」
おばさんはティーカップを見つめる。そこにどんな感情が渦巻くのか。
「病院でも、誰とも仲良くしないで塞ぎこんでいたのよ?元々活発な子だったから余計に、ね・・」
「それが突然治ったんですよねー!」
私たちが出会った後、しばらくして急に足が動いたのだ。
「ホントに、奇跡みたいだったわ・・」
改めて居住まいを正して、私を見つめる。
「そして、それはあなた達のお陰だと思うの」
「え!?」
いや流石にそれは・・。
「気持ちの問題ってあるでしょう?前向きでなきゃ、何も始まらないもの。だから、あなた達が支えになってくれたのよ?」
なんだこれ!すっごい照れ臭い!
「ずっとお礼を言いたかったんだけど、あの子が嫌がって・・。中々機会がなかったの」
「こちらこそ!真鶸ちゃんがいるから毎日楽しいんですよっ」
「そっか・・。ありがとう」
照れ隠しに、レモンティーを一口飲む。
「それにしても、治らないと言われたものが治った。本当、お医者様も驚いていたわね!」
嬉しそうな顔。真鶸ちゃんのことが、それだけ大切なのだろう。
「何でも、物理的にありえないって!そんなこと言われても動いてるのにねっ!」
・・物理的に?
トントントン。
階段を駆け上がる音がする。
「じゃ、そろそろお暇するわね」
真鶸がうるさいから、と笑顔で手を振る。
それと同時。ノックもなしに、勢いよくドアが開く。
「お風呂いーよー!ってえ!?」
「じゃあねー」
ドアが閉まる。
・・・・。
「え、な、何話してたの・・」
「んー、昔話?」
「いや、ちょ!いつの!?」
その後しばらく、彼女の追及を躱すのに時間がかかったのは言うまでもない。
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湯船に浸かる。どうしても、人様の家で裸になるのは落ち着かない。
そわそわしちゃう。
「んー!」
体を伸ばす。勉強したから、少し肩が凝ったのかもしれない。
普段全くしないからなぁ。
・・静かだ。
そういえば先ほどの、おばさんとの会話で嫌な考えが脳裏を過ぎった。
背筋に寒気が走る。
根拠なんてない、ただの妄想。可能性の話。
でももし、そうだったら?
恐ろしい。怖くて、聞けない。
聞いたら、この日常が終わってしまうかもしれない。
温かいはずの湯船で、私は一人凍えていた。




