花
朝。未だ寒さの残る季節だが、学校の登校時間は変わらない。
この季節は本当に不思議だと思う。温かさと寒さが同居している。昨日はコートを羽織らないと凍えそうだったが、今日はぽかぽかとしていて心地よい。
今は8時ちょうどで、学校に間に合うかどうかギリギリの時間帯だ。毎度のことながら、私のルーズさには呆れる。どうして余裕を持って行動できないのだろうか。
真鶸ちゃんなんて、毎日7時30分には着いているらしい。彼女は運動部ではないのだが、そんなに早く行って何をするのだろう。
そんなことを考えながら、ハアハア言って自転車を漕いでいると。
「よっ」
横から男子に声を掛けられた。しかも陽気な感じで。
「・・・」
こいつは和月凪柊。家が近く、小学校の頃から遊んでいた仲だ。
それにしても、なんでこんなに余裕なの。私たち遅刻しそうなんだけど。
ちなみに今返事をしなかったのは、そういった負の感情のせいではない。単純にヒイヒイ言ってました。
現在地は、小さな商店街。私たちの高校はもう目前である。
「自転車遅いんだから、もっと早く来りゃいいのに」
「知ってる!知ってるけど気づくと8時なの!」
早めに起きてもトイレに行ったり、テレビで料理コーナー見たり。あれやこれやと時間が過ぎていく。
「時の流れは不ー思議だねー♪」
「木属性ダネ」
妙に耳に残る歌だ。
まぁ私が聞くのは、もっぱらzisserなんだけど。
どこか懐かしく、寂寥感が生まれる。それでも気付くと、曲を再生してしまう。何でだろう?
「ま、俺は8時からでも間に合うんだけどなー。早くしてくれないかなぁ…」
「うっざ!!」
こんな風に愚痴っているが、遅刻しそうになりながら付き合ってくれている。本当なら、さっさと追い抜いているはずだ。
そんなやり取りを経て、学校の姿が目に入る。
都立保山高校は普通科高校。校庭の近くには線路が通っており、保山駅という駅につながる。授業中には窓から、電車が通る姿を眺められる。
ここは都会にも田舎にも属さない、中間的な場所。
その市街地に位置するのが保山高校だ。
学校の敷地に入ると2、3人の姿が確認できる。彼らは駐輪場から走って下駄箱に向かっていく。
中には面倒になったのか、諦めたのか。ゆっくり歩く猛者もいるが……。
一年生所定の駐輪スペースに、自転車を停める。
「はやくしろって!」
「うっさい!鍵が閉まらないんだよぉ!」
短気で面倒な奴、略してタンメンだ。
イケメンに続く、第二の「メン」がここに誕生した。
最近トレンドのタンメン系男子⭐
……。
タンメンは味が薄く、野菜が多い特徴を持つ。
つまり……個性のない、草食系男子。
あれ。需要、ある?
「なんかごめんね、タンメン…」
「俺のことじゃないよな!?」
それはさておき、急いでいる時に限ってタイヤに引っかかる。
がちり、鍵が噛み合う音。
「ダッシュ!」
「なぜ置いてく!?」
自転車と足では、当然スピードが違う。一秒でも惜しい今、この違いは非常にもどかしい。
早く早くと、焦る気持ちだけが先行する。……次第に体が追い付かず、足がもつれて。
――気づくと目前にアスファルトがあった。
「ひやぁっ」
転んだ。もう見事なまでに。
流石にどんくさ過ぎでは、私?
「痛、い。いったぁぁぁ!」
「また転んだ・・」
呆れた声。確かによく転ぶけど!
「転んでない。これは滑ったの」
「・・・」
逆転の発想だ。自発的に今の状況にあるならば恥ずかしくないのでは?
というか――。
「女の子が滑ってるんですけど。慰めてください…」
すごい萎えた。もう帰りたいレベル。
「でも怪我してないだろ?」
……そこには傷一つない肌が。
私は小美野紫花。高校一年生、いわゆる女子高生だが別にきゃぴきゃぴはしていない。髪型はショート。そして生粋の運動音痴であり、体育の成績も2が常連だ。
私のように注意力が散漫な人間からしたら、世界は危険で溢れている。だが今まで生きてきて、大きな怪我をしたことはない。
幸運なことに、ではない。いずれも必然なことであった。
私には特殊な能力がある。
それは無敵。
大袈裟に言ったが、ただ怪我をしないだけ。
この世界には、かつて特殊能力があった。それに対する考え方は様々で、肯定する派閥と否定する派閥がある。どちらにせよ、特殊能力は人々の関心の中心だったのだ。
それが失われたのが13年前。原因は不明、ある日を境に世界中で能力は使えなくなった。
――だというのになぜか、私は例外のようだった。
作中における、タンメンのイントネーションについて。
タンで下がり、メンで上がります。