表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
没落の王女  作者: 津南 優希
第三章 その先の未来へ
99/251

晴れ渡る空の下の怪異

「あのねぇ、この広い海で異形だの化け物だのに出会うことなんて、そうそうないと思うわよ」


 悪名高いラグフィニア海域に入って2日目。

 ハイドロマティック号は、もうじき東の潮流に乗る、当初の予定航路に復帰しようとしていた。


 順調に航海が進んでいるって、喜ぶとこだと思うんだけど……

 ふてくされてソファーに転がる飛那ちゃんは、心底不満そうだ。


「魔の海域だとか盾だとか、期待持たせるようなこと言いやがって。結局なーんも出てこないじゃんか」

「出てこなくていいじゃない」

「よくない! 神楽がヒマすぎて泣いてる!」

「そんなこと言ってもねぇ……」


 そもそも巨大な盾の中にいるのに、敵が出てきたとして剣でどう戦うつもりなんだろうか。

 盾から飛び出すイコール海に飛び込むことになると思うんだけど。

 泳げない私は絶対パスだ。御免被る。


 バルコニーの外に目をやると、視界が少し歪んで見えた。

 船体には今、外部からの攻撃に備えて強力な盾魔法が展開されている。

 この規模の盾を張るのに、人一人の力でなんとかなる訳がないので、何かしらの魔道具が使われていることは間違いない。


「見た感じ、物理攻撃にはすごく強そうよね。これを船体全てに張り巡らすって、生半可な仕掛けじゃ無理だわ。どんな魔道具なのか見てみたいなぁ……」

「そんなことどうでもいいよ。もう私は次の寄港地まで寝る。陸に降りて神楽を振り回せるまで寝る」

「飛那ちゃん……次の寄港地に到着するまで、まだあと1週間以上あるけど……」


 ふて寝している彼女をよそに、クラシックなメロディーの船内アナウンスが流れ始めた。


『当客船はまもなく、ラグフィニア海域を抜けて大潮流に乗ります。天候も良く、周辺の安全に問題がないと判断したため、これより船外に展開している盾を解除いたします……』


「盾、解除だって」

「知るか。好きにしろ」


 バルコニーの外を見ていたら、アナウンス通りに盾の壁が消えていくのが見えた。

 スイッチひとつなのかしら。

 こんな魔道具があるのなら、冒険者にバカ売れしそうね。


 そんなことを思いながら、私は小腹が空いてきたお腹をなでた。

 部屋の時計を見上げると、ちょうど3時でおやつの時間だった。


「飛那ちゃん、カフェ行ってスイーツ食べよう? ほらほら」


 クッションを抱えたまま猫みたいに丸まっている飛那ちゃんの腕を引っ張って、お茶に誘う。

 彼女がめんどくさそうに身体を起こした時、足下がぐらりと揺れた気がした。


「え?」


 海の上だということを忘れるくらい揺れないこの大型客船に乗って、はじめて感じた揺れだった。

 続いた横揺れが、テーブルの上に乗っていたコップや読みかけの本を全て床に滑り落とした。


「わわわっ!」


 私まで転びそうになったところを、飛那ちゃんに腕を掴まれて引っ張られる。

 今まで彼女が座っていたところに、ぽすんと投げ込まれた。


 飛那ちゃんはバルコニーに走り寄って外に出ると、険しい顔で海の方を睨んだ。


「美威……なんか、来るぞ」



-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-



「盾魔法を解除だと? まだラグフィニア海域を抜けていないのにか?」


 流れてきた船内アナウンスに、レブラス様が厳しい顔でスピーカーを見上げました。

 飲んでいたお茶のカップをソーサーに戻して、ぼくもアナウンスの内容に耳を傾けます。


「見通しが甘すぎる。少なくともこの海域から5マイルは離れなければ、解除などあり得ん」


 魔道具士であり薬師でもあるレブラス様は、ご自分にも他人にも厳しい方です。

 ましてや今回は、ご自身が手がけた、大型船体用盾魔道具「帆を守る盾(ブレイブクリエ)」を積んでの第一回目の航海ですから、慎重になられるのも無理はないでしょう。


「天候も良く、安全が確保されたとのことでしたから……大丈夫なのでは?」

「ルーベル、お前はブレイブクリエの最大の弱点を忘れていないか? 一度盾を解除するとシステムを再起動させるまでに相当の時間がかかる。その間に何かあったらどうするつもりなのだ?」

「でも、何かありそうには見えませんよ?」


 ぼくは、窓の外に見える晴れ渡った空を指さして言いました。

 レブラス様は首を横に振ると、小さくため息を吐いて壁際の連絡用通信機のところへ歩いて行きます。


「盾には目くらましの魔法を仕込んである。今までこの船が化け物共に感知されていなかったとしても、盾を解除してしまえば話は別だ。船長に進言せねば……」

「あっ、レブラス様」


 窓の外の景色がぐにゃりと揺れて、視界がすっきりとしていくのが見て取れました。

 盾魔法が、解除されてしまったようです。


「馬鹿が……」


 その様子を見ていたレブラス様は、不快をあらわにして連絡用通信機をその手に取り上げました。

 通信先は、操舵室でしょう。


「……レブラス・ハーンだ。船長を出せ」


 盾魔法が解除された外の風景に視線を戻して、ぼくはそこで動きを止めました。

 ふいに、内から湧き上がるような恐怖を感じたのです。

 船の下から……海の底から何かがこちらに向かってくるような、そんな気配に鳥肌が立ちました。


「レブラス様……!」


 ぼくが立ち上がるのと同時に、足下の床が揺れ動きました。

 この大型客船がこんなに揺れるなんて、乗船してはじめてのことです。

 理由は分かっていました。

 いえ、船を揺らしている正体がなんなのかはまだ分かりませんでしたが、船体のすぐ近くに現れた、背筋が凍り付くような魔力が、ぼくに敵襲を報せていました。


 壁際の手すりにつかまりながら、横揺れに耐えたレブラス様が窓の方を振り向きました。

 船体の横、海原の真ん中に……

 水を割って、山がせり上がってくるのが見えました。

 いえ、山などではありません。

 あれは……


大海蛇(シーサーペント)か……!」


 いつもの冷静な表情を崩して、レブラス様が古の化け物の名を口にしました。

 あの山のように見える魔力の塊が、出会ってはいけなかった敵なのだと、主から伝わる焦燥感がぼくに教えていました。


でかい敵出てきました。

魔道具士兼薬師、レブラス・ハーン(25)

VIPのため、部屋はもちろんスイートです。


次回は、飛那姫お待ちかね、戦闘開始です。

美威は戦っていてもあまり運動になりませんが、強制参加です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ