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没落の王女  作者: 津南 優希
第三章 その先の未来へ
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航行注意報発令

 寄港すると、燃料だけじゃなくて色んなものが船に積み込まれる。

 バルラダに寄った後、船の中には今までとは違った食材や品物が並ぶようになった。

 何しろ寄港地では全く買い物が出来なかったので、バルラダ産の雑貨や洋服は見ていて新鮮だった。


 でも一番ありがたかったのは、やっぱりこれよね。


 5デッキにある魔道具屋の棚に増えた品物を眺めながら、私はショッピングを楽しんでいた。

 各地の魔道具屋に寄るのは旅の大きな楽しみなので、バルラダで買い物できなかったのはすっごく残念だったんだけど。

 こうして少しでも、変わった土地の魔道具を手に取れる機会が出来たのはとてもうれしい。


 目線の高さに、他ではあまり見かけない白い貝殻型をした魔道具があった。

 これは近距離用の通信機みたいね。

 言葉の伝達手段には、使う人によって鳥の形が変わる伝書鳩(メンハト)とか、手紙の形のままチョウチョみたいに飛んでいく伝書蝶(グリミッター)とか、他にも色々な魔道具があるけれど。

 通信機は重いものが多いからか、旅人にはあまり受けが良くない。


 一時期使っていた通信機は、荷物にはなったけど便利だった。

 飛那ちゃんがどっかで落としてきちゃって、それから買い換えてなかったんだっけ……

 形が可愛いし、値段も5,000ダーツと手頃だし、買っていこうかな。


 そう思って手を伸ばしたら、私の反対側からも手が伸びた。

 当たりそうになって手を止めたところで、隣を見上げる。


「……また君か」


 私を見てそう呟いたのは、忘れもしない。

 インパルスを目の前でさらっていった、あの憎い男だった。


「……それはこっちの台詞ですけど?」


 白い貝殻の片方を掴むと、男も対になっているもう片方の貝殻を掴んだ。

 もしや、また私の買おうと思っているものを買う気?!


「今日は悩んでないし! 今まさに買うところだったでしょ?! ちょっとは遠慮して欲しいわっ」


 私だってもう譲る気はない。

 何の因縁なんだか知らないけど、涼しい顔して本当にヤな感じの男だ。


「何故俺が君に遠慮しなくてはいけない? 大体君は通信機の価値を正しく理解した上で買おうとしているのか? これは映像こそ送れないものの、磁場帯域を利用した今では珍しい方式の通信機で、受信機側で設定した帯域に合わせれば、かなりの長距離で音声を受信し、聴取出来て傍受されにくいという、値段に見合わない高性能な魔道具なのだぞ」


 一言文句を言ったら、三倍になって返ってきた。

 きいっ! ムカつく!!


「これは形が可愛いから欲しいって思っただけで、それの何が悪いのよ?! ちなみにこの間のインパルスは仕様を全部分かった上で欲しかったんだからね??」

「あ、あの」


 言い返した私と、男の間から、小さい声が割って入った。


「すみません、その、悪気はないんです……元々こういう喋り方の人で……」


 すぐ隣を見下ろしたら、亜麻色の髪にターコイズブルーの瞳をした、可愛い男の子がおろおろした表情で立っていた。

 髪の間から見える耳が、とんがって見えるところが妖精っぽくてまた可愛い。

 ……これはなんとなく毒気を抜かれてしまう、癒やし系ね。


「ええと……それはもしかして、この人のことを言ってる?」


 悪気がないって、まさか悪気の塊みたいなこの人のことじゃないよね?


「はい、本当にすみません。レブラス様、目的の魔道具はバルラダで手に入れましたし、それは今必要なものでもないでしょう? 譲られても問題ないと思いますよ」


 おお、この男の連れとは思えないマトモな発言。

 もっと言ってやって。


「……まぁ確かにそうだな。これの解析なら他のものでも事足りるか」


 そう言って、男は白い貝殻を棚に戻した。

 グッジョブ少年!


 私はささっと通信機を取り上げて、飛那ちゃんよりちょっと高い位置にある無表情な横顔を睨んだ。


「もう返せって言われても返さないから」


 男は横目で私を少しだけ見ると、ため息を吐いて店から出て行った。

 去り方まで嫌味だ……!


「すみません、ちょっと態度がああなのでよく誤解されるんですけど、悪い人じゃないので……」


 申し訳なさそうな男の子に、あなたが謝る必要ないのに、と思う。


「いいわよ、これ譲ってもらえたし。あなたも大変ね、あの男の世話役かなんかなの?」


 様付けで呼ぶってことは、多分従者かなんかなんだろう。


「はい、まあそんなところです。あ、ぼく、これで失礼しますね」


 フワフワした亜麻色の髪がぺこりとして、嫌味な男の後を追っていった。

 後ろも見ないで行っちゃってさ。少しくらい待っててあげればいいのに。


「あんな男の従者だなんて、かわいそう……」


 私は男の後ろ姿に向けて、小さく舌を出しておいた。



-*-*-*-*-*-*-*-*-


「飛那姫ちゃんてさ、拳闘士じゃなかったの?」


 ここは1時間貸し切りのスポーツスタジオ。

 備え付けのベンチに座ったマルコが、不思議そうに尋ねてきた。


 神楽を出して振ると周囲の安全が保証できないので、木刀を振るだけで我慢してるんだけど。

 勝手に現れて勝手に座り込んで、人の運動するところを見ていてなんか楽しいんだろうか。


「私は剣士だ」

「だって、剣持ってるの見たことないよ?」


 この船上で、神楽を顕現する必要性があるならいくらでも出すけど。


「普段はしまってる」

「ふーん……俺の得物短剣だから、長い剣のことはよく分からないんだけど。飛那姫ちゃんがそうやって木刀振ってるのって、なんか、踊ってるみたいに見えるね」


 ウォーミングアップに剣舞を舞うのはいつものことだ。

 そうか、踊ってるみたいに見えるのか。

 複雑な感想だ。


「女性的で、すごく綺麗だよねぇ……」

「……」


 なんか、ちょっと嫌だ。


「お前やっぱり出てけ」

「えっ?! 今褒めたんだけど??」

「出てかないなら、座ってるだけじゃなくて稽古に付き合え」


 私はスタジオの隅に置いてある道具置き場から、短い木刀を取り出した。

 マルコに向かって投げると、受け取った後に「え?」と言って目を丸くされた。


「私は短い武器と剣で戦ったことがあまりない。懐に入られると面倒だってこと以外になんか収穫があるかもしれないから、手合わせしろ」

「え? 俺が? 飛那姫ちゃんと?」

「他に誰がいる? 殺すつもりでかかってこい」

「いやいやいや! 俺、女の子に暴力とか無理だから!」

「暴力じゃない、稽古だ」

「今、殺すつもりでって、言ったよね……?」


 逃げ腰なマルコの頭の上で、スピーカーがクラシックな音楽を奏で始めた。


「ん?」

「船内放送だね」


 スピーカーからは、ハイドロマティック号の船長という男の声が聞こえてきた。


『……このように現在は、嵐を避けて通常の航行域を出た場所を進んでおります。この後は東へ向かう潮流へ乗りますが、予定通りであれば3日後には合流出来るものと考えております』


 航路から外れてたのか。知らなかった。


『花島港への到着日に変更はありませんが、航路変更の為、今から2時間後にラグフィニア海域に入ります。念のための措置ではありますが、船体外側に盾を展開しますので、ご承知置きください。なお……』


「ラグフィニア海域? 盾を展開? なんの話だ?」

「飛那姫ちゃん知らないの? 魔の海域」

「魔の海域?」


 なんだ、その楽しそうな名前は。


「船がよく難破する場所で、化け物が出るとか出ないとか」

「へえ」

「でも、この船は超強力な盾完備らしいから何が出てきても大丈夫。安心してていいよ~……って、なんか不満そうだね?」

「盾なんかなければいいのに……」

「いや、万が一船に傷ついたら困るでしょ……」


『これより、ラグフィニア海域を抜けるまで、航行注意報を発令いたします。緊急停止の際は突然の揺れが予想されますので、十分にご注意ください……』


 スピーカーから流れるこの放送、美威も聞いてるだろうか。

 こんなでっかい船にどうやって盾を張るのか聞いてみたい気もしたけど、それ以上に戦闘があるかもしれないということが、私をわくわくさせた。


 魔の海域ウェルカム!

 化け物ウェルカム!!


「よし、稽古するかー」


 私は逃げようとするマルコを捕まえて、貸し時間きっちりまで、手合わせの相手をさせた。

 ボロボロになったマルコを見て、明日はきっとここにはこないだろうとちょっと愉快に思った。



戦艦でもないのに盾完備。豪華客船は一味違います。

飛鳥○号とかには装備されていません。必要ないので。


次回は、怪しい気配が漂ってきます。

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