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没落の王女  作者: 津南 優希
第三章 その先の未来へ
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探し猫

 アリアは8歳で、一人で農園に住んでいる。

 物の少ない家の中で、そう本人が教えてくれた。


 世界を見回したら、そのくらいの年齢で働いている子供は珍しくはないけれど。

 両親に挟まれて笑っている写真立ての中のアリアを見て、私は少しだけ切ない気持ちになった。


 普通に親がいて、普通に大人まで育つことが簡単でない国なんてたくさんある。

 大国と呼ばれる国の一部にいる人間だけが、将来を約束された環境で安全に生活することが出来るのだ。

 理不尽を感じても、安易な同情とかはしたくない。

 だからこれは、あくまで傭兵として引き受けた仕事ってことにしておきたい。

 ま、報酬はないだろうからちょっと苦しい言い訳かもしれないな。


「ジェシーはいつもお散歩に行った後、夕方には家に帰ってくるの。でも、おとといは帰ってこなかった。きっと、どこかで何かあったんだと思うの」


 ジェシーの寝床を撫でながら、アリアが言った。


「ジェシーが行きそうなところは分かるか?」

「昨日、全部回ったよ。でもどこにもいなかった」

「普段とは違うようなところにまで、行っちゃったってことかしら」

「この家の周辺から、少し範囲を広げて探してみるか」


 白くて丸くてふわふわな猫。首に黄色のリボン。鈴。

 私と美威は、アリアから借りた町の地図を片手に、大きい道から探し始めた。

 手分けして探そうという意見が即却下されたのは、疑う余地もなく私の方向感覚に信用がなさ過ぎるせいだ。


 猫は塀の上とかも歩くから、道だけじゃなくて三次元で探しながら歩く。

 メインストリート、商店街、広場、裏の住宅街、町と隣接している農園。

 うろうろ歩いて、人に聞いて、また歩いて。

 手がかりが全然見つからないことに、ちょっとうんざりする。

 そんなにでかい町じゃないけど、猫一匹見つけるのって結構大変なんだな。


「見つからないわねぇ……」


 美威も同じ事を考えていそうな口ぶりだった。


「裏通り、まだ行ってないこっちから回ってみるか?」

「そこはさっき通ったでしょ? 通ってないのはこっち」


 私が指さした方と逆の方向に美威が歩いて行く。

 おかしいな、こっちの方が通ってないと思ったんだけどな。


 美威が、ちらりと自分の手首に目を落とした。

 時計は、11時を回っていた。

 確か夕方の5時には船に戻らないといけないんだっけか。


「見つけてあげたいわね」

「そうだな」


 きっと、その猫はアリアの心の寄り処になっているはずだから。

 大切な存在が突然いなくなってしまう、そんな話はなるべく聞きたくないし、目に入れたくない。

 私達は多分、そんな風に思ってた。


 限られた時間の中で、くまなく探した。

 猫はあちこちにいるのに、白くて黄色いリボンをつけた猫は見つからない。

 お昼ご飯は屋台で立ち食いして、魔道具屋を恨めしそうに見る美威を引っ張って、捜索は続いた。


 もう、町中探し尽くしたんじゃないかと思った頃、疲れた顔の美威が言った。


「4時だわ」


 気付けば、オレンジ色の陽が落ち始めていた。

 私達はアリアの待つ、農園の小さな家に一旦帰ることにした。

 金髪の少女は心細そうに、猫の寝床を撫でて待っていた。


「5時までには帰らなきゃいけないんだけど……ギリギリまで探すからな」


 そう伝えた私に、アリアは泣きそうな顔で笑って返した。

 コンコンと、窓ガラスがノックされたのはその時だった。


「あら?」

「だあれ?」


 美威とアリアが振り向いた窓の外には、いつものコソ泥が立っていた。

 このところ、ひとつの町みたいにでかい船の中で、私の行く先々に出没しては周りをウロチョロしているのが不思議だったけど……船の外に出てまで追いかけてくるとは。どんなアンテナ持ってるんだコイツ。


「お邪魔しまーす。飛那姫ちゃん、美威ちゃん、そろそろ乗船のお時間ですよ?」

「一体どうやってここが分かったんだ?」


 私は舌打ちしながら、勝手に入ってきたコソ泥を睨んだ。


「飛那姫ちゃんと俺は赤い糸で繋がってるから、どこに行っても分かるんだよね」

「じゃあその赤い糸とやらを、お前ごとたたっ切ればいいってことか?」

「うわぁ……冗談に聞こえない」


 コソ泥は相変わらずヘラヘラ笑っていたけど、沈んだ表情のアリアに気付いて、私達の顔を見回した。


「ええと、なんか、雰囲気暗いね?」

「当たり前だ、空気読め」

「この子の猫を探してるんだけど、見つからなくて……」


 美威がそう言うと、コソ泥はじっとアリアを見てから、キョロキョロし出した。

 そういえばこいつ、盗賊だったか。


「この家のものを盗ろうってなら……」

「違う違う! 飛那姫ちゃん、ひどい誤解!」


 慌てて手を振って否定すると、コソ泥は猫の寝床の前にしゃがみ込んだ。

 そこに敷いてあったタオルを一枚つまみ上げて「うん、猫だね」と呟く。

 何してんだこいつ。


 コソ泥はタオルを元に戻すと、アリアに向き直って優しく頭を撫でた。


「お兄ちゃんね、猫がどこにいるか分かるよ」


 盗賊に似合わない人なつっこい笑顔を浮かべて、コソ泥は変なことを言い出した。

 どこにいるか分かる、って言ったか?


「本当?!」

「うん、だから可愛い女の子がそんな悲しそうな顔してちゃダメだよー」


 コソ泥がアリアを撫でている仕草に嫌味や嘘が感じられなくて、私はちょっと意外に思う。

 「君、あと8年くらいしたらきっとすごい美人になるねー」という台詞は聞かなかったことにしておくか。

 撫でられて、アリアもうれしそうにコソ泥を見上げた。


 これでまた適当なこと言ってたら、今度こそ海に投げるぞ。

 私が睨んでいたら、コソ泥は外を指さして楽しそうに言った。


「では、3名様ご案内~」



 町はずれの土の道を、3人でコソ泥について歩いて行く。

 時間が残り少なくてちょっと早足だったけど、アリアはがんばってついてきていた。


「ここ、教会じゃないか。さっき見に来たぞ」


 たどり着いた目の前の白い教会は、午前中にすでに見に来ていた場所だった。


「そうなの? じゃあ、分かりにくくて気付かなかったんだね」


 そう言って、コソ泥が教会の屋根を指さした。

 白い三角屋根のてっぺん。

 暮れ始めた夕日に照らされた場所に、丸い塊が見えた。


「あっ」

「ジェシー?!」


 多分、猫だ。

 毛玉みたいに見えるけど。


 白い教会の屋根と同化してて分からなかったのか……

 思わず美威と顔を見合わせる。

 あんなに探したのが馬鹿みたいだった。


 コソ泥は慣れた風に塀から屋根に飛び乗って、あっという間に上まで登っていくと、猫を抱えてスルスルと降りてきた。


「ジェシー!!」


 アリアは走り寄ると、泣き顔で白い猫を受け取った。

 んにゃー、と猫が鳴いた。


「あれ……猫、だよな?」

「多分」


 どちらかと言うと、体型はブタだと思うけど。

 教会の屋根に登ったはいいが、降りられなくなっただろうことが簡単に想像出来た。


「白くて丸くて、ふわふわで可愛い……」


 物は言いようとはこういうことをいうのか。もっと可愛い猫を想像していたので、見つかった喜びが半減だ。

 半分開いた目がブサイクな、ブタ猫だとは思わなかった。

 でもまあ、アリアがめちゃくちゃ喜んでるから、いいか。


 ……それはそうと。


「よく分かったな、猫の居場所」


 アリアと猫を見ながら満足そうなコソ泥に尋ねる。


「あれ? 俺の職業忘れちゃった?」

「コソ泥だろ?」

「うーん、訂正させてくれる? 盗賊だよ。そこのニュアンス間違えて欲しくないなぁ」

「どっちでも同じだ」

「いや違うよ? 重要だよそこ? ……あー、だからね。俺、魔力操作は十八番(オハコ)だってことなのよ」

「魔力操作……?」


 私は美威を見た。

 美威はぽん、と手を叩いて納得したようだったけど、私はイマイチ理解できない。


「俺んとこ、代々盗賊の家系でねー。魔力の追跡は特に得意なんだ。どんな生き物も微妙に魔力を帯びてるし、猫は動物の中でも分かりやすい。匂いをたどるのは難しいことじゃないよ」

「……じゃあ、いつもどこでも私の前に出てくるのは」

「飛那姫ちゃんはちょっと特殊な匂いがするから、かなり離れてても追えるよ。美威ちゃんもね」


 魔力で人を追跡できるとは。

 コソ泥に、意外な特殊能力があった。

 ただの馬鹿でうざいやつかと思ってたけど。


 アリアに何度もお礼を言われて頭をかいている姿を見て、私はほんのちょっとだけ、コソ泥の評価を修正しておいた。

 だからどうしたってこともないんだけどさ。


「あっ! まずい飛那ちゃん! 船が出ちゃう!!」


 気付けば5時まで、あと20分足らずだった。

 私は走れば間に合うけど……


「がんばって走れ、美威」

「ここから港まで?! 無理~!!」

 

 頭を抱える美威はおいといて、私はアリアに向き直った。


「見つかって良かったな。大事にしてやれよ、ブ……じゃなくてジェシーを」


 農園の柑橘によく似た色の瞳が、うれしそうに笑った。


「うん! ありがとう飛那姫お姉ちゃん、美威お姉ちゃん!!」

「じゃあな」

「バイバイ、アリアちゃん」


 一時はもう無理かと思ったけど、見つけてやれて良かった。

 笑顔で手を振るアリアに、私も笑って右手をあげた。


 とりあえず美威の速度に合わせて走り出す。

 ……これは絶対間に合いそうにないな。


「……おぶってやろうか?」

「飛那ちゃんの速度で走られると、めっちゃ怖いから嫌!」

「じゃあ、近道だ」


 足を止めて90度方向転換すると、私は高台にある展望台に立った。

 眼下に、夕陽にきらめく海と白い大きな船体が見えた。


「見えてるから、私でも戻れる」

「おおっ、本当だわ。確かに」


 美威は納得するなり、浮遊呪文でさっさと飛んでいってしまった。

 私も展望台の縁に足をかける。

 後ろを振り返ったら、コソ泥が目を丸くしていた。


「私達先に行くから。地道にしっかり走れよ、マルコ」


 それだけ言ってやって、私もそこから飛んだ。

 浮遊呪文は使えないので、100%脚力だけど。

 屋根の上を走って行く私の背後から、コソ泥改め、盗賊のマルコの声が追いかけてきた。


「帰ったらデートしてくださいっ」って聞こえたけど、聞こえなかったことにしておこうと思った。 



閑話猫探し。

マルコの評価が、人として認められた程度に上昇。

運動は出来ませんでした。


次回は魔道具屋の男再び。航行注意報が出ます。

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