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没落の王女  作者: 津南 優希
第三章 その先の未来へ
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寄港地バルラダ

「島に下りれる?!」


 もう寝ようとしていたはずの飛那ちゃんが、ベッドから跳ね起きて目を輝かせた。


「そーよー。燃料補給のためにトータル3カ所、寄港するんだって」


 ベッドに転がったまま、私も答えた。

 乗船して16日目の明日は、第一回目の寄港日なのだ。

 寄港地のバルラダは、豊かな自然と柑橘果樹園がウリの、観光地の島国らしい。


「よっしゃあ……!」


 ガッツポーズでまた転がっちゃうくらい、うれしいのね……


 南を大きく回って、世界の真ん中の潮流に乗り、東を目指しているこの客船の旅程は長い。

 人目を盗んで夜中や早朝に船内を走り回ったり、プールやスポーツスタジオを借りて毎日運動はしているみたいだけど。

 愛剣を振り回せない時点で、飛那ちゃんにとっては存分に体を動かせる環境ではないんだろう。


「着いたらギルド行こう! 仕事もらって異形退治に行こう!」

「はいはい、分かったからもう寝て」


 寄港地に降りる目的が異形退治だなんて……

 そんな人は飛那ちゃんくらいだと思う。

 色んなオプションツアーがあるみたいだけど、そっちはひとまずあきらめることにした。

 運動させないとストレスがたまって暴れる猛獣を飼っている気分ね。


「猛獣の方がおとなしいかも……」

「なんだ?」

「ううん、何でもない。おやすみ、飛那ちゃん」



 翌朝、私は汽笛の音で目を覚ました。

 まだ朝の6時じゃない。もうちょっと寝てたかった……

 眠い目をこすりながら体を起こすと、飛那ちゃんがバルコニーに立って外を眺めていた。

 浅い光のかかる彼女の肩越しに、久しく見ていなかった緑の山が見えた。


「着いたんだ、バルラダ……」


 もぞもぞと起き出して、私も飛那ちゃんの隣に並ぶ。

 巨大な客船が停まれるだけの、大きな港だ。

 かなり大型の帆船なんかも停まっていて、賑わっている。


 海岸は切り立っていて、町は海沿いから山の斜面にまで伸びていた。

 山の斜面に整列する果樹に、この国の特産品である大きい柑橘がなっているのがここからでも分かった。


「美威、降りていいか? もう行ってもいいか??」

「ダメに決まってるでしょ。ちゃんと下船手続きしてかないと。朝ご飯もまだじゃないの」

「えええ~」

「大体この時間じゃまだギルド開いてないわよ」


 そわそわしっぱなしの相棒をなだめて、ひとまず朝食をとった後にエントランスに向かった。

 下船手続きをすませて、タラップを降りて、走り出そうとする飛那ちゃんを捕まえる。


「迷子になるから一人で行っちゃダメ!」


 先日の高機能コンパス、インパルスが入手できなかったことが悔やまれる。あれには迷子札機能もついていたはずなのに。

 見失ったら最後、飛那ちゃんは船に戻ってこれない気がした。

 今日の夕方5時までには乗船手続きを済ませなければならないから、その予定で動かなくっちゃ。


 私は左腕の時計を確認する。

 ちょうど8時を回ったところだった。

 散策しながらギルドに行って、仕事をもらうのはかまわない。

 でもショッピングの時間も譲れない。少なくとも、魔道具屋とアクセサリーショップには絶対行くんだから。


 私達は港から伸びる石畳の坂道を上って行った。

 場所によっては階段があったり、急だったり、もともと山の斜面に作られている町なんだな、と思った。

 建物も石造りで、白かったり、黄色かったり、町並みは綺麗だ。

 離れた場所に広がる農園には、ゆったりとした時間が流れているように見えた。


 ギルドは町の中心から港に少し下ったところにあった。

 そんなに大きくなかったけど、入口前の広場にもまばらに人がいる。

 とはいえ、のどかな感じのこの町に、トラブルが前提の傭兵仕事がたくさんあるとは思えなかった。


 ギルドの紋章の入った扉を開けようと、飛那ちゃんが入口に手を伸ばしたところで、中から扉が開かれた。

 大柄な男が顔を出して、ちっちゃい女の子を外に押し出してくる。


「ひどい! 探してくれてもいいのに!」


 金色の髪を2つに三つ編みした女の子は、自分を押し出した男に向かって叫んだ。

 男は困った様な顔をすると、追い払うような仕草で手を振った。


「あのな、ここは子供の迷子相談所じゃねーんだ。父ちゃんか母ちゃんに言いな」


 バタン、と扉が閉められる。女の子は完全に追い出された形みたい。

 何があったのかは分からないけど、この子泣きそう。


「……お父さんもお母さんも、いないもん……」


 うつむいた目に涙をためて、拳を握りしめた女の子が呟いた。

 見たところ、まだ7~8才くらいじゃないかしら。

 こんなところに用事がある年齢じゃないと思うんだけど……


「どうした? ギルドになんか用なのか?」


 女の子の頭にぽん、と手を置いて、飛那ちゃんが言った。

 無意識なんだろうけど、彼女が子供と動物に対してだけ面倒見がいいのは未だに謎だ。


「さっきのおっさんにいじめられたのか? 私がシメてきてやろうか?」

「いや、違うでしょ、飛那ちゃん」


 どうしてなんでもかんでも暴力から入ろうとするのか。

 今は暴れたい衝動で余計にそうなのかもしれないけど、多分、さっきの人が悪いわけじゃないと思う。


「何か困ってるの?」


 しゃがんで視線を合わせると、私は尋ねた。

 髪の色に似た綺麗な目の、かわいい子だと思った。


「あのね、ジェシーがいなくなって、それで、探して欲しいって頼みに来たの……ここ、困ったときに頼みに来るところだって、神父様が教えてくれたから」

「ジェシー?」

「あたしの猫よ」


 困ったときに頼みに来るのは、まあ間違っていないとして。

 猫探しはお金持ちからの依頼でもない限り、傭兵ギルドの仕事じゃないわね。


「それは頼むところを間違えてるかなあ……ここのおじさん達じゃきっと無理だと思うわよ」


 私はなるべく笑顔で、そう言って聞かせた。


「じゃあ、誰に頼めばいいの?」

「え? そうね……頼めるところはないかもしれないけど、自分で町の人達に聞いて回るとかー」

「もう昨日やったわ! 1日探して見つからなかったから、ここに頼みに来たのに……」


 ぼろぼろ泣きだした女の子に、私はうっとなって飛那ちゃんを見上げた。

 どうしよう、これ。

 飛那ちゃんが、小さくため息をついた。


「猫って、どんな猫なんだ?」

「白くて、丸くて、ふわふわな可愛い子よ。首に黄色いリボンの鈴がつけてあるの」

「ふむ……」

「……あの、飛那ちゃん?」

「……異形退治の前に、猫探し、するか?」

「ああ、言うと思った……」


 確かに、このまま放っておくのも気分が悪い。

 なんで寄港地に来てわざわざ、という気がしないでもないけれど。

 お父さんもお母さんもいないって言葉、弱いのよね、私達。


「しょうがないわね、手伝いましょうか」

「? お姉ちゃんたち、探してくれるの?」

「ああ、探してやる。困ってる人からの依頼を受けるのが、傭兵だからな」

「そうね」


 ぱあっと笑顔になった女の子に、私達は顔を見合わせて笑った。


「私は飛那姫、こっちは美威だ」

「あたしはアリア! お姉ちゃん、ありがとう!」



バルラダの町並みと港のイメージは、地中海のとある島です。

飛那姫は保護欲が強いので、弱いものが弱っていると放っておけません。


次回は、猫を探します。

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