ガールズトーク乱入お断り
「結局のところ、何着ても目立つんだから。あきらめればいいのに」
着替えた私を見て、美威がそう感想を述べた。
露出度低めの美威の着てるドレスと交換しろ、という意見は聞き入れてもらえたんだけど。
身長が合わないからか、なんだか窮屈に感じる。
「美威、このドレス……ウエストがゆるくって、胸がキツい」
「失礼ねっ!! だから最初っから合わないって言ったでしょ?!」
「そもそもなんでこんなもの着ないと食事出来ないんだ? めんどくさすぎだぞ」
「まあ確かに、毎日だとちょっと肩も凝るわよね……」
そう言って少し考えると、美威は何か思い出したように船内地図を取り出した。
「あ、これこれ」
私が地図をのぞき込むと、10デッキにあるプールを指さした。
「このプール横のダイニング、夜は軽装でも行けるレストランになるんだって」
「何? なんでそれを早く言わないんだよ」
「だって、高級レストランの方が絶対美味しいものが食べられるでしょ?」
「普通に美味けりゃいい。今日はそっちに行くぞ」
「うーん……料理はカジュアルなものになりそうだけど、たまにはいいか」
そんな訳で、私達は着飾るのをやめて、プールのある10デッキに向かった。
外のデッキへ続く扉を出た瞬間、私は「おっ」と呟いて辺りを見回した。
早朝の人の少ない時間に泳ぐことにしているので、ここには毎日来ている。
日中は青空と海を眺めながら食事を楽しむ、解放的なデッキ席だったはずだ。
今もその配置は変わらないけれど、お洒落にライトアップされていて、昼間とは大分変わったムーディーな雰囲気を醸し出していた。
(夜のこれはこれでアリだな)
水が青になったり、緑になったり、色んな色に照らされていて綺麗だ。
城の庭園や大きな町の噴水広場を思い出させる。
私達はビュッフェ形式のダイニングバーに入って、席を取った。
カジュアルな出で立ちの人ばかりで、ちょっとほっとする。
料理も品数が豊富で、美味い。
「そういえば、出会わないわね、運命の人」
美威の呟きに、なんの心構えもなかった私は思わず吹き出した。
「ちょっ、飛那ちゃん大丈夫? 何やってんの??」
「お前が、変なこと言うからだろ……!」
ゲホゲホ、と咳き込んで水を飲むと私は口を拭いた。
どっかの馬鹿なコソ泥のことを思い出すじゃないか。気分が悪い。
「ああ、運命の人かぁ。どこかにイケメンで、お金持ちで、私が毎日ゴロゴロしてても文句言わない人いないかしら……」
「現実を見ろ、現実を」
そんな都合のいい男がいるか。少なくとも私が嫁を募集するなら、毎日ゴロゴロしているだけの不良物件なんてお断りだ。
「何よ、じゃあ飛那ちゃんはどんな人がいいの?」
「……考えたこともない」
「それじゃ今考えて。飛那ちゃんの好きなタイプ」
グラスを片手に、美威がびしっと私を指さした。
それ、答えなきゃダメなのか?
私は首をひねる。
「そうだなぁ……」
弱いヤツが除外されることだけは確かなんだけど。
「私だったら、父様や師匠みたいに剣の腕が立つ人で……あ、強くても筋肉達磨は嫌だぞ」
「ふむふむ」
「それで、兄様みたいに、優しくて思いやりのある人、がいいかな……?」
「おお、意外と普通ね」
ん……? ちょっと待て。
なんか今、誰かの顔が浮かんだんだけど……
私は南の国で出会ったお人好しな騎士のことを思い出して、口をつぐんだ。
もしかしてあいつ、今言った条件に当てはまってないか?
「……いや、ないだろ」
「え?」
「っ私の好きなタイプとか、どうでもいいわ!」
「ええ? なんで急に怒るわけ?」
なんかよく分からないけど、ちょっと動揺している自分がいた。
これは気のせいだと声を大にして言いたい。
「運命だかなんだか知らんが、そーゆー背筋がかゆくなる話はもういい!」
「何よそれ。飛那ちゃんの馬鹿ー」
「そうそう、そうだよ。大事な話じゃないかー」
……ん?
横から割り込んできた声に、私と美威は顔を上げた。
「やっほー、お友達とお食事? ひなちゃん?」
出た、コソ泥。
私達の座るテーブルの横に、先日ここで会った泥棒が手をヒラヒラさせて立っていた。
「飛那ちゃん、すっごい眉間にシワ寄ってるわよ。美しくないからやめて。この人知り合い?」
「知り合った覚えもなければ知り合いたくもない。失せろ」
「えー、傷つくなあ……」
「そう言いながら、イスを持ってくるな!」
コソ泥は私と美威の隣にちゃっかりイスを置いて、笑顔で座り込んだ。
そのまま美威に向けて握手のポーズで手を差し出す。
「はじめまして、マルコです。お友達までこんなに可愛いなんて、目の保養になるなぁ」
美威は、コソ泥の手をほんのちょっとだけ取って握手した。
「私は美威です。そんな、可愛いだなんて。本当のこと言ってもお世辞にはならないんですよー」
「うわぁ、お友達まで塩対応なんだぁ」
そんなことを言いつつ笑い合う二人を、私はなんとも言えない気分で眺めた。
なんだ、この状況。
「それで、マルコさん?」
「マルコでいいよー」
「飛那ちゃんと、どういうお知り合い?」
「よくぞ聞いてくれました! 実は……」
「おい、美威! こいつと会話するな!」
「そんなぁ、ひなちゃん。俺、悲しい……」
「ひなちゃん呼ぶな! 私は飛那姫だ!」
「あ、やっと名前教えてくれた」
ああ、イライラする。
このペースが乱れる感じ!
「お前……今度は海に投げ込むぞ?」
「あ、すみません。それちょっと洒落にならないんで、勘弁してください」
凄む私と引いてるコソ泥を見て、美威が首をかしげた。
「今度は、って?」
「ああ、俺、つい2日前にプールに投げ込まれてー」
「……一般民に何やってんの? 飛那ちゃん……」
「私は悪くない! あとこいつは一般民じゃないからな!」
泥棒を投げて何が悪い。
あんな目に遭ってもまだ近づいてくる、こいつの神経の方がどうかしていると思う。
「飛那姫ちゃん、見た目全然力なさそうなのに。よく男の俺をあんなに簡単に投げられたよね」
「あ、この子外見で判断しちゃダメですよ。中身は歩く凶器だから」
「そうなの? へえぇ~」
「だから美威、会話するなって……」
人の話を聞けと言いたい。
泥棒だぞ? こいつは。
「飛那姫ちゃんの言うとおり、俺職業が盗賊だから一般民ではないんだよね」
「えっ、私達お金持ってないからね?」
「いやいや、俺女の子からは盗らないから安心して」
私はガタンと椅子を鳴らして席を立った。
逃げるみたいでシャクだけど、このままこのテーブルに座っていること自体がストレスだ。
「美威、部屋戻るぞ」
「え? もう?」
「帰って部屋で飲み直せばいいだろ。こいつと会話してたくない」
「……随分と嫌われてるけど、飛那ちゃんに何したの?」
美威がコソ泥に尋ねる。
聞かなくていい、そんなこと。
「いやあ、何したんだろうね? 嫌われるようなことした覚えないんだけどなあ」
お前の存在自体に嫌悪感を覚えると言いたい。
私は美威の腕を引っ張って立たせると、そのまま帰り道を歩き始めた。
コソ泥は、ニコニコしながら後についてきた。
「付いてくるなっ」
「いや、俺もそろそろ部屋に戻ろうかと思って。帰り道こっちだもんね?」
笑顔のコソ泥は悪びれる様子もなく、動く床の方を指さす。
多分、どこまでも付いてくるつもりだろう。
部屋番号までバレると、余計に鬱陶しいことになりそうだ。
「……美威、バルコニー開けてきたよな?」
「え? 何急に。多分……開けてきちゃったと思うけど」
「部屋の位置、船の先端の方だったよな?」
「……うん。そうね」
私達の部屋はこの10デッキのすぐ下の階だ。
船の先頭にある右側の部屋だってことくらいは、方向音痴の私でも覚えている。
「ちょっと、掴まってろ」
言うなり、私は美威を横抱きに抱え上げてデッキ席の向こう、海の方を見た。
「え。飛那ちゃんまさか……」
「そのまさかだ」
地面を蹴って一旦デッキ席の手すりに足をかけると、私はそのまま海の方へ飛び出した。
空中に出た後、美威が何事か叫んだけど気にしない。
落下するのも一瞬だ。すぐ下に張り出されたバルコニーの柵部分に着地して、自分たちの部屋を探す。
2つ隣に見慣れた荷物を発見して、私はもう一回そっちに飛んだ。
「……やれやれだ」
すぐに開いているバルコニーから、部屋の中に入る。
これでどこの階か、どこの部屋かは分からなかっただろう。
「もーっ! いきなりびっくりするじゃないの!!」
下ろした美威がぎゃんぎゃん怒る。
「コソ泥に部屋の場所が割れなかったからいいだろ?」
「泥棒でも、そこまで悪い人には見えなかったけどなぁ……なんでそんなに嫌ってるのよ?」
「……聞くな」
出し抜かれてコソ泥は悔しがっているだろうと、私はちょっといい気味だった。
会話をしている私達の上、デッキ席の手すりに寄りかかって。
いたずらっぽい青い目をしたコソ泥がニコニコ笑ってるだなんて、思ってもみなかった。
「……やだなぁ。もう魔力の匂いバッチリ覚えちゃったから、どこに行っても見つけられるのに」
ましてやその後毎日のように、船の中でコソ泥に会うことになるなんて、本当に、思ってもみなかった。
女子会は男子禁制。
次回は、寄港地に立ち寄ります。