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没落の王女  作者: 津南 優希
第三章 その先の未来へ
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お気に入りの髪飾りとコソ泥発見

 このクローゼットは、腕も足も伸ばして寝られると思う。


 私は買ってきた服をハンガーにかけながら思った。

 手持ちの服を全部かけて、荷物もしまったのに……広い収納は埋まらない。

 子供の頃、城の自室にあった衣装部屋よりは小さいものの、船のくせにどんだけでかいんだこのクローゼットは。


「すごい収納力ねえ」


 後ろから見ていた美威が、感心したように言った。


「まさかこれが埋まるほど買い物したりしないよな?」


 少しだけ心配になって私は尋ねる。

 どのみち船を下りるときにはほとんど処分しなくてはいけないものだ。

 最終的に古物商人に買い取りを頼むにしても、勿体ないものは勿体ない。


「まさかー」


 軽く笑って返すと、美威はカードキーを手に取った。

 そう言いながらも買い物に行くつもりだな、これは。


「ね、どこに何があるか散策しに行こう」

「ああ、いいよ。コーヒーが飲みたいしな」


 荷物も片付けたことだし、断る理由はなかった。

 船内を散歩することにした私達は、船内地図でカフェが3デッキと7デッキにあることを知る。

 美威が行きたがっていたアクセサリーショップが同じ階にあったから、ひとまず3デッキに行くことにした。


 昇降式の動く床に乗って目的のデッキに向かう。

 階段を使わなくていいし早いから、この動く床は便利だ。

 カフェはレストランの向こう側に併設していて、レストランはディナーの支度中のようだった。


「飛那ちゃん、先にアクセサリーショップに行こう」


 ご機嫌な美威に腕を引っ張られて、私はカフェと反対側に引きずられていく。

 コーヒー……まあいいか、後でも。


 ピンクの装飾で彩られたアクセサリーショップには、細かくて可愛らしい小物がいっぱいだった。

 普段あまり見かけない、珍しい形の飾りなんかも置いてある。

 まぁ、特別に欲しいとは思わないものの、こういうのは嫌いじゃない。


 私も腰まである長い髪をよく一本で結んでいるので、丈夫なヘアゴムとか、バレッタとかがある分には便利でいいのだ。

 そう思って髪飾りの並んでいるテーブルを眺めていたら、ひとつだけ、目を引いた飾りがあった。


 冥界の炎の色に似た、青色に光るバレッタ。

 赤と青と黄色と緑の、丸いガラス細工がついている。


(なんか、神楽みたい……)


 形は剣とは違うが、色合いが気に入って私はそれを手に取った。

 近くで見ると、ますます自分の愛剣に似た配色だ。

 3000ダーツの札がついていた。

 ちょっと高いけど、これ欲しいな。


「なあに? なんか見つけた?」

「美威、これ見て。神楽みたいだろ?」


 私がバレッタを見せると、美威も「おおっ」と頷いた。


「飛那ちゃんの剣だね。しかも可愛い~」

「買ってもいいか?」

「もちろん」


 ウチの財務管理は美威の担当だ。

 許可をもらって、私は自分の財布からお金を出す。

 包装してくれようとするのを断って、値札を切ってもらった。


「飛那ちゃん、つけてあげる」


 美威が後ろから髪の毛を一束持ち上げて、バレッタを留めてくれた。

 手を回して触れたら、冷たい金属とガラスの感触が心地よく感じて、うれしくなる。

 うん、このミニ神楽、ちょっといいかも。


「美威、私コーヒー飲んでくるから、ゆっくり買い物してな」


 私の買い物はこれで満足終了なので、一足先にカフェに向かうことにした。

 荷物持ちにされたらたまらないと思ったわけではない、念のため。


 緑色の観葉植物があちこちに置いてあるジャングルみたいなカフェで、浅煎りのコーヒーを注文する。

 窓からは海が見えた。

 もう陸の姿はどこにもなかった。

 ガラス越しの日差しが気持ち良くて、私は窓際に立ったまましばらくそこでコーヒーを味わっていた。


 開店前のレストランには人気がない。

 真ん中に細い通路があって、そこを小さいばあさんが歩いて行くのが見えた。

 前から来た太った男とかち合って、立ち往生する。

 

 道を譲ってやればいいのに、テーブルの間に避けたのはばあさんの方だった。

 あの体じゃ横にどけないのか。

 金持ちっぽい身なりして、意地の悪そうな男だ。


「ああ、すみません」


 なんとはなしに見ていたら、後ろから歩いてきた若い男がその太った男を追い越そうとしてぶつかった。

 それが変な動きのように見えたのは錯覚じゃない。


 私は無意識に目に魔力を集中して、動体視力をあげていた。

 若い男の手が太った男のポケットから財布を抜き出して、札を数枚取り出すと、またその財布をポケットにしまう。

 その間、2秒もなかったかもしれない。


(……スリか)


 泥棒行為を肯定する気はさらさらないが、正義の味方のつもりもない。それに、あの意地悪そうな太った男は好きじゃない人種だ。

 どうするかな、と考えていたら、太った男は行ってしまった。そして若い男は、ばあさんに手を差し出した。丁寧にエスコートして道の真ん中へ送り出している。


 警戒して見ていたが、男はばあさんからは何も盗らなかった。

 ちょっと意外だった。


(まぁ、さしたる被害もなかったようだし……今回は見て見ぬフリしておいてもいいか)


 そう思いながらもまだ観察していたら、男がこちらを振り向いた。

 見ていたのがバレたか?


 つり目気味の青い瞳と視線が合ってしまう。

 少しの間、私は黙ってそこに立っていた。

 なんだ? すごいこっち見てるけど……


 とりあえずこの泥棒の顔は覚えたのでいいだろう。

 私は飲み終わった紙のカップをゴミ箱に投げ込んで、足早にその場を後にした。

 美威のいるアクセサリーショップまで、振り返らずに戻る。


「あ、飛那ちゃん。今買い物終わったところ~。次、どこ行こうか」

「どこでもいいけど」

「? なんか、あった?」


 来た方向を気にしている私に気付いて、美威が同じ方向を見た。


「スリがいただけだ」

「え? なんか盗られた?!」

「いや、私は盗られなかった。嫌味な感じのおっさんが財布から少し金抜かれてただけ」

「ふーん」


 追いかけては来ないが、こちらも顔を覚えられた気がする。

 念のため警戒しておこうと思った。


「そうだ! ね、次は髪の毛切りに行こう?」


 美威が思いついたように、ぽんと手を叩く。


「髪の毛?」

「ヘアカットしてくれるところがあるのよ。飛那ちゃんまた自分で切ろうとすると嫌だから、ここでちゃんと切っておいて」


 確かに、伸ばしっぱなしで鬱陶しく感じてはいた。

 何ヶ月か前に自分でざくっと切って美威に怒られた覚えもある。

 新しく買ったミニ神楽の髪飾りに手をやって、珍しく私は髪を綺麗にしてみたくなった。


「……いいよ」

「決まり! じゃあ行こう!」


 今日は朝から引っ張り回されてばかりな気がする。

 ふと、ここでの生活がこれから2ヶ月も続くのだということに思いあたった。

 豪華客船の旅。ちょっと早まったかもしれない。


 私は自身のリフレッシュのために、「体を動かせる場所」を早急に探さなくてはいけないな、と考えていた。


装飾品に興味のない飛那姫にとっては珍しく、お気に入りの髪飾りをゲット。

この髪飾りは後にまた出てくる予定です。

マルコは飛那姫サイドから見るとただの泥棒でした。スリは日常。


次回は、魔道具屋とかプールとかに行きます。

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