ハイドロ号で行こう
「うんめいのひと?」
そうオウム返しに呟いた後、美威は黙り込んだ。
私は黙ってその様子を窺う。
おい、まさか信じてるんじゃないよな?
「え?! それって、未来の旦那様とかそういうこと?!」
あ、信じてるわ。
「どちらかが今大きな星回りの中にいるようじゃ。近いうちに伴侶となる人間に出会うじゃろう」
「マジですか?!」
「ええと……占い終わったなら、そろそろ行かないか?」
永久にこの話題に食いつきそうな相棒を見て、私はそう促した。
美威がすごい勢いで振り向く。
「何言ってるの?! どっちかって言うなら飛那ちゃんの可能性だってあるのよ?!」
「はあ?」
何言ってんだお前。あるわけないだろ。
「おばあさん、私とこの子のどっちがってのは教えてくれないんですか?」
呆れた目の私を無視して、美威は占いのばあさんに向き直る。
「……二人まとめてじゃあ、どっちかまでは分からん。片方は……まあ、しばらく普通の運気のようじゃな」
「ああ~……そうなんだぁ」
だから一人でやれば良かったのに、と私は心の中で思う。
口に出すともう一度やるとか言い出しそうだから黙っておくけど。
「同じ占いは出来ないよ。あんた達を次に占えるのは……そうだな、少なくとも2ヶ月経った後かね」
私の顔をちらりと見て、ばあさんが言った。
人の心の底が読めるような目つきに、ちょっと気圧される。
もしかして、結構凄腕の占い師だったりして……いや、まさかな。
「なあ、荷物下ろしたいんだけど」
なんとなくこの場を離れたくなって、もう一度美威に声をかける。
「あ、ごめんごめん。じゃ、行こうか」
「おー」
「おばあさん、いい占いありがとう!」
美威は笑顔で礼を言うと、やっと船に戻る道を歩き始めた。
後ろからあの老婆の視線が追いかけてくる気がして、私は振り返る気にならなかった。
乗船口にはこれから乗り込もうとする乗客で、長い列が出来ていた。
私達はその最後尾に並ぶ。
順番が来たのでチケットを見せてタラップを上がるが、階段の幅が狭い。
物理的に詰まって上れないんだけど……
もしかして、両手に荷物こんなに抱えてるの、私だけじゃないか?
慌てたように寄ってきた世話役のクルーが、荷物を持ってくれる。
おかげでようやくエントランスらしき場所に乗り込むことが出来た。
「おお……」
船の中に足を踏み入れて、私と美威は思わず歩みを止めた。
ロビーの真ん中に、3メートルくらいはありそうな豪勢な作りのシャンデリアがぶら下がっている。
床には白黒の縞模様のカーペットが敷き詰められていて、重厚な感じだ。
壁に掛けられた装飾品も、一つ一つがなんとも上品で嫌味がない。
両側から曲線を描いて伸びる階段には花が飾られていて、凝った造りの手すりとともに上階へと続いていた。
ここは高級宿かなんかか?
とても船の中とは思えない。
隣の美威を見ると、うっとりとシャンデリアを見上げたまま感動に浸っていた。
後ろ、詰まってるぞ。
美威の腕を掴んで中に進むと、私はチケットに書いてある自分たちの部屋の番号を探した。
船内地図があちこちにあると受付が言っていたが、もちろんこのエントランスにもある。
客室は12階建ての階層のうち、6~9デッキにあるのか。
船の中では1階、2階、ではなく、「デッキ」と呼ぶらしい。
私達は907号室のオーシャンビュースイートってとこに行けばいいんだな。
ん? これ、もしかしてかなり高い部屋なんじゃないか?
この旅の為に大分フンパツしたらしい相棒は、フワフワした足取りだ。
自動で上がる床に乗って宿泊予定の客室についたら、その浮かれ具合も最高峰といった感じだった。
滅多に泊まらない高級宿仕様の部屋を見て、私はやり過ぎじゃないかとすら思う。
「リビング! ウォークインクローゼット! バスルームにバルコニー付き!!」
「完全に家だな……」
「エレガントでラグジュアリー……セレブだわ」
「……呪文か?」
美威はオーシャンビューのバルコニーに続くガラス戸を開けると、備え付けの草木編みの椅子にうれしそうに腰掛けた。
揃いの草木編みで出来た焦げ茶のテーブルは、高級感がある。
眼前には海原が広がっていて、ここで飲んだら確かに気持ちよさそうだと思えた。
「ああー、幸せ……」
美威の呟いた言葉に、私は鬱陶しかった荷物持ちのことも、不気味は占いばあさんのことも忘れた。
小さく笑って、幸せに浸っている相棒を見つめる。
傭兵という職業の身分で、こんな場違いっぽい豪華客船に乗りこむことが出来るなんてまずないことだろう。
「来れて、良かったな」
私がかけた小さい声は、潮風に消されて美威には届かなかったみたいだけれど。
私は私で、相棒の喜ぶ姿を見れて良かったと幸せな気持ちになった。
長く汽笛を鳴らして、船が出航の時を報せる。
ハイドロ号は船に滞在することそのものが目的の、豪華な船旅だ。ここから2ヶ月間は海の上らしい。
そんなに長い間船に乗ったことはなかったが、1つの町みたいなこの『海に浮かぶ城』の設備を考えるに、娯楽には苦労しないだろうと思えた。
戦闘がなさそうなことだけは残念だけど。
「夕ご飯、何食べようかなー」
ご機嫌で呟く美威に、クローゼットにかけられたドレスを振り返って、ちょっと面倒に思ったことは内緒にしておこう。
「幸せ」は、彼女たちにとって重い言葉。
豪華客船にはモデルがありますが、作者は乗ったことがありません。
次回、新しい登場人物が出てきます。