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没落の王女  作者: 津南 優希
第一章 滅びの王国備忘録
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襲撃の跡

(くやしい……)


 その夜、ベッドに入った私は、なかなか寝付けずにいた。

 兄様が城を出た理由が分かったのに。今すぐにその原因を作った本人を問い詰めてやりたいのに。

 それが、出来ない。きっと、してもいいようにはならないから。


「ビヴォルザーク……」


 昼間、王子がどこへ行ったか知らないかと、聞かれたことを思い出す。

 よくそんなことを聞けたものだ。自分が行くよう仕向けたくせに。何も知らない私を、腹の底で笑っていたのか。

 あの薄汚い大臣は、光の使徒団と関係があるのかもしれない。北の大国も、その背後にいるのかもしれない……


 いずれにしても何も動けない自分がもどかしい。力がなくて、嫌になる。

 兄様が無事かどうかも分からないのに、普段通り温かい部屋のベッドで侍女達に付き添われて、一人ぬくぬく眠ろうとしてる。


「最悪だわ……」


 悔しくて、悲しくて、兄様が心配過ぎて涙がこぼれた。

 考えれば考えるほど涙は止まらなくなって、頭から布団をかぶって、私はしばらく泣いた。




 その夜は夢を見た。

 母様と同じ明るい茶の髪と目をした兄様は、少し困り顔で私の頭を撫でてくれていた。

 夢の中の私は、兄様にわがままばかり言っていた。


「本ばかり読んでいないで、お散歩に行きましょう」

「今日は一緒に遠乗りに出かけましょう」

「兄様だけ父様と城下町に視察なんて、ずるい!」


 振り返れば、私はいつでも兄様に遊んで欲しいとか、かまって欲しいとか、ずるいとか、そんなことばかり言っていた気がする。


 それでも兄様はいつも私に優しかった。

 私がどれだけわがままを言っても、兄様はいつでも、どんな時でも、笑顔で私に接してくれた。

 ……これは罰だろうか。わがままばかり言っていた私への。

 ああ、そうだ。きっと神様が怒って、私から兄様を取り上げてしまったんだ。


 ごめんなさい、兄様。

 ごめんなさい、神様。

 どうか兄様を返してください。

 もうわがままを言ったりしません。

 兄様の勉強の邪魔をして、無理矢理外に引っ張り出したりしません。

 本の虫とか馬鹿にしたりしないで、兄様を見習ってちゃんと勉強もします。


 だから私に、兄様を返してください。

 ごめんなさい。ごめんなさい……




 翌朝、目が覚めた私を見た令蘭は慌てた。

 そして心配そうに、腫れた目を冷たいタオルで冷やしてくれた。

 なんだか朝食も食べたくない、と言うと、それはいけません、と却下され、いつものように着替えさせられた。


 父様は朝から忙しいらしく、朝食は母様ととるようにとのことだった。

 朝食の席での母様も、今日はさすがに口数が少ない。

 料理長達には悪いけれど、おいしいとかよく分からないままに、ただ食べる。

 結局半分くらい残して、食後に出されたお茶を飲んでいる時に、報せが入った。


「高絽様がお帰りになられたそうです」


 東へ兄様を捜索に行っていた先生が帰ってきたのだ。

 行儀が悪いと言われようがかまわない。私は椅子を鳴らして立ち上がり、令蘭が止めるのも聞かずに騎士団の到着場へ走った。

 ロイヤルガードの任にあたっている護衛兵が2人、慌てて私の後を追いかけてきたけど、令蘭の足では到底私には追いつけないだろう。

 でも、そんなことにかまっている場合じゃない。


 鎧姿の騎士達の中、一人だけ鎧を身につけていない先生の姿は目立つ。

 私は先生を見つけるなり、叫んだ。


「っ先生!!」


 騎士団は半数ばかりが帰還して、到着場に集まっている。ここにいるのは、先生と一緒に城を出た兵士ばかりで、彼らによって馬車から荷物が降ろされているところだった。

 その大きな荷物に目が釘付けになって、私は思わず足を止めた。

 担架で下ろされている荷物の、布の下に見えたのは……


(腕……?)


「姫様! 何故このようなところに……!」


 私に気付いた先生が険しい顔で叫ぶと、駆け寄ってきて私と馬車の間に立った。

 視界が遮られて、はっと我に返る。


「先生、あ、あれ……」

「ご覧になっては、いけません……!」


 そっと肩を押さえられて動けなくなったまま、私は胸の前で強く手を握りしめた。

 動揺に心臓が波打っている。それに併せるかのように、体が小刻みに震える。


「護衛兵! 何故姫様をお止めしなかった?!」


 珍しく、先生が声を荒げてロイヤルガードの二人を叱責した。


「「申し訳ありません……!」」

「先生、違うの。あの、私が勝手に飛び出して……だから、二人を怒らないで。それより……」


 兄様は、と聞こうとして声が続かない。

 怖い。

 聞きたくない。


「姫様……蒼嵐王子は、見つかりませんでした。今、半数の部隊が行方を追っています。私も国王陛下にご報告次第、また戻るつもりですが……」

「見つからなかった……?」

「ええ、ですが……」


 そこで言いにくそうに言葉を切って、先生は続けた。


「東岩の町へ向かう道の途中に、襲撃と戦闘の跡が見つかりました」

「……っ」


 その言葉が意味するものにたどり着いて、私は愕然と先生の顔を見上げた。


「兄様が、襲われたの……?」


 自分でそう口にしたら、足の力ががくんと抜けた。

 その場に崩れ落ちる前に、先生の腕が私の体を横抱きに抱え上げた。

 このまま先生の肩の向こうを覗けば、さっきの荷物が何だったのか、きっと分かる。

 でも、そんなことをする勇気は無くて、私は震えの止まらない手で先生の胸元にしがみついた。


「姫様、お部屋に戻りましょう」


 先生は静かにそれだけ言うと、私を抱えたまま、冷えた廊下を歩き始めた。

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