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没落の王女  作者: 津南 優希
第三章 その先の未来へ
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豪華客船の港町

 超大型客船ハイドロマティック号。

 南東のハイドロ港を母港として、世界各地を旅する豪華客船。


 全長222M、全幅35M。重量15万1000トン。

 乗客定員700人。客室305室。乗組員420人。

 商業施設、エンターテイメント施設、スポーツ施設、レストラン、バーなど数多くの娯楽施設を船内に備えている。


 この船で大海原を旅することを夢見る人は数多いが、ここにもその一人がいた。


「……っ大き~い!!」


 白く輝く巨大な船体を前に、美威は有頂天で声をあげた。

 ここ母港のハイドロ港には、今日の出航のために集まった乗船客がひしめいている。ちょっとしたお祭り騒ぎだ。


 この客船の為だけに存在すると言ってもいい港町は、船着き場から乗船客のショッピング街や宿泊場所になっているのだが、一見しただけでも店の種類は数え切れないほどあった。

 富裕層御用達、何でも揃う町といったところか。


「本当にでかい船だな。城みたいだ」


 飛び跳ねる美威の横で、飛那姫もその磨き上げられた船体を見上げる。


「別名『海に浮かぶ城』だもん。マジ最高! 早く乗りたい! 早速乗船手続きに行こう!!」 

「はいはい」


 大はしゃぎの美威を見て、飛那姫は肩を落としながらも笑う。

 この船の存在を知ってからというもの、美威は随分長い間「乗りたい!」と言い続けてきた。

 3年前に「ハイドロ号に乗りたい貯金」を始めて、やっと今日その夢が叶うのだから、少しぐらい騒がしいのには目を瞑ろうと思う。


 フレッシュジュースの屋台でお気に入りのトロピカルジュースを買った飛那姫は、軽い足取りで乗船手続きの窓口に向かった美威が帰ってくるのを待っていた。


「えっ?! どうして?!!」


 素っ頓狂な相棒の声が聞こえてきて、飛那姫は飲みかけのジュースを思わず吹き出しそうになった。

 いつどこに行ってもトラブルに巻き込まれやすい、自分たちの体質を思い出させるような台詞だ。

 飛那姫は美威の姿を捜した。


(なんかあったか……?)


 窓口の前で、なにやらもめている相棒の姿を見つける。

 あーだこーだと、受付の人間に何かを訴えているようだが。

 最後には首をこてん、と前に倒した状態でうなだれて戻ってきた。


「どーした?」

「飛那ちゃん……」


 ちょっと潤んだ目で美威が2枚のチケットを取り出した。


「チケット……間違えて買っちゃってた……」

「は?」

「北行き、今の季節出てないんだって……」


 この世の終わりみたいな声でそう言うと、美威はこれ以上息が吐けないのではと思うほど深いため息を吐いた。

 北行きが出ていないということは、どこか別に向かうということか、と飛那姫は解釈する。


「じゃあ、どこに行くんだって?」

「東よ! 何が悲しくて夏に向かうこの時期に東に行かなきゃいけないわけ?!」

「東……マジか?」

「大マジよ」


 うなだれる美威に、飛那姫はわずかに眉をしかめた。


「いや……まあ、もうチケット買っちまったなら仕方ないだろ。いいんじゃないか? この際、東でも」

「よくないぃ~……2ヶ月かけて7月まっただ中の東の国についても、待ってるのはジメジメした雨と湿度80パーセント超えの空気だけ……ああ、あんまりだわ」

「……よく確認してからチケット取れば良かったのに」

「言わないで!!」


 ああ~、と首にかじりついて半泣きの美威に、飛那姫はため息を隠せない。

 しばらくの間、近寄ることもなかった東の国だ。いずれ帰ることになるだろうとは思っていたが、こんなに突然行くことになるとは予想していなかった。


「まあ、元々はこの船に乗りたいってのが夢だったんだから。行き先がどこでも、船を楽しめればいいんじゃないか?」


 ポンポン、と肩を叩いて慰めてやると、美威はぐずぐず言いながらも頷いた。


「うう、それもそうね……船には乗れるんだもんね」

「そうそう」

「じゃあ買い物行こう!」

「あ?」

「買い物よ! 買い物!」


(なんか、突然元気になってないか?)


 うなだれたり叫んだり、本当に騒がしい相棒だと飛那姫は思う。

 気を持ち直してくれたことを一応良しとして、仕方なくその後を追うことにした。


 乗船前に色んなものを買い込むのは乗船客のセオリーらしい。

 船の中にもショッピングモールがあるそうだが、品揃えはこの港町の方が多いので、ここで必要なものを購入していく人が多いのだ。


「レストランでディナーするための服と靴は買っておかなくちゃね」

「……なんだそれ?」


 飛那姫は嫌な予感がした。


「ドレスコードにそぐわない格好してると、いいレストランに入れないのよ」

「はあ?」

「だから、ドレスと、ハイヒールと、あとバッグもいるわよね。あっ、あと水着! 屋上にプールあるんだって!!」

「……」


 もしかしてそれは自分も揃えるのだろうかと、飛那姫は拒否したい気分になる。

 私はいいと言おうとしたが、美威は買い物熱が燃え上がって気合いが入ったようだった。

 飛那姫を引っ張って、ショッピング街に足を踏み入れる。


「まずはドレスからね! 予算も予定より少ないし、4着くらいあればいいかな?」

「4着……」

「コーディネートは私に任せておいてね。飛那ちゃんは身長があるし、マーメイドラインがいいかなぁ……」


 まずはドレスショップ、次にシューズショップ、アクセサリーショップと次々に連れ回され、乗船前から飛那姫はどっと疲れが出てきた。

 荷物持ちは全部飛那姫の仕事なので、嫌気が差してくるのも仕方のないことだろう。

 しこたま買い込んだ風に見えたのだが、美威にとってはこれでもセーブしたらしい。日頃あれこれ節約している反動なのかもしれない。

 

「ええと、これくらいでいいかな……」

「おい美威……まだ買うのか?」


 買い物リストを見ながらチェックを入れる美威に、飛那姫は買い物終了の号令を促した。

 重くはないが、両の手に山ほど抱えた荷物が邪魔でならない。

 美威はショッピング街の向こうに見えている白い大型客船を振り返った。


「じゃあ、そろそろ乗船しようか?」

「そうしてくれると助かる」

 

 じゃあ戻ろうかと言おうとして、ほとんど同時に二人は傍らの路地の奥に目を向けた。

 誰かに呼ばれたような不思議な感覚がしたからだ。


「……なんだ?」


 路地の隅に小さなテーブルが置いてあって、その側に一人の老人が座っているようにみえた。

 なんとなく気に掛かって、どちらともなくそこに足を向ける。


「『あなたの未来を占います』……占いみたいね」

「だな」


 別段興味もないので、方向転換して船に足を向けようとする飛那姫を美威は後ろから捕まえた。


「占ってもらおう! こういうところの当たるんだよねっ」

「……」


 引っ張られたまま仕方なく占いのテーブルの前に立つが、閑古鳥が鳴いている時点で、本当に当たるかどうか疑わしいと飛那姫は思う。


「占い、おいくらですか?」


 美威が尋ねると、いかにも占い師らしいフードを目深にかぶった老婆が少し顔を上げた。


「一人1回1500ダーツ……二人まとめてなら2000ダーツにしておくよ」


 しわがれた声がそう言うと、美威は少し考えて財布を取り出した。


「じゃあ、2000ダーツで二人占ってください」

「美威、私はいいって……」

「だめ! だって二人の方がお得でしょ?」


(得とかそういう問題じゃなくて、占いなんて必要ないって話なんだが……)


 美威は老婆に1000ダーツ札を2枚差し出して、またカバンに財布をしまった。

 こういう富裕層が集まる港町にはスリのような泥棒がよく出るからか、いつもよりしまい方が厳重だな、と飛那姫は思う。


「何を占う?」

「金運……うーん……あ、やっぱり恋愛運で!」

「金運でいいんじゃねえか?」


 占っても無駄なことを最初から頼むな、と飛那姫が横から口を出す。


「いいのよ。こういうのは夢を見たいのっ」

「……好きにしろ」


 とりあえず早く終わらせて船に乗ってこの荷物を下ろすのだ。

 飛那姫はそれ以上口を挟むのを止めた。


 老婆は無言で目の前の筒に立ててあった細い棒の束を取ると、ジャラジャラ音を立てながらそれを手の中で混ぜ始めた。

 指先まで神経の張った、丁寧な手つきで1本棒を取り出す。


「天・沢・火・雷・風・水・山・地……」


 何やら数えながら続けて棒を取り出して、テーブルの上に6本くらいを並べる。

 こんな感じの占いを、東の国の方で見たことがあるな、と美威は思った。


「……大波だね」

「え?」

「あんたたち、ハイドロマティックに乗るのかい?」

「はい、乗りますけど……」

「じゃあ、船の中だ」


 老婆の意味不明な言葉に、美威は首をかしげる。


「あのー、もうちょっと分かりやすくお願いします」


 飛那姫がすぐ背後で「やっぱりな」と呟いたのが聞こえた。

 よく分からない暗号みたいな言葉で濁される占いは結構多い。

 2000ダーツを無駄にしたかな、と美威が後悔しかけた時、老婆がテーブルの上に置いた細い棒を1本取り上げて言った。


「……あんたたちのどっちか、船の中で運命の人と出会うよ」


占いオババ。この世界では職業として成り立っています。

当たるも八卦、当たらぬも八卦。

予想外の占い結果に二人の反応は……


次回、船に乗ります。

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