南の国後記
砂漠馬の引く馬車が、砂埃を巻き上げて砂漠の真ん中を走って行く。
今日の客車は幌付だ。
砂が目に入ったり頭からかぶったりしないって、楽なんだな。
私は荷物に背を預けながら、遠ざかっていくサウスボーンの城壁を眺めていた。
「喜んでたわねー、マリーさん」
前に座る美威が荷物をゴソゴソしながら口を開く。
「ああ、そうだな」
幸運の妖精はマリーの怪我をいとも簡単に治した後、どっかに飛んでいってしまった。
目を覚ましたマリーに夫妻の死を伝えるのは気が重かったが、彼女は意外にも平然とそれを聞いていた。養子だと聞いて、少しは納得出来た部分もあったものの、私はなんとなくそれも悲しい気がした。
そして、家も養い親もなくしてしまったマリーに、ジョセフは迷わずプロポーズしたのだ。
言ってる本人が半泣きだったけどな。
「『これからは、マリー・メイヤードとして生きていってくれませんか?』……だって。きゃー!」
「うるさいぞ」
「ええ~? ちょっとは感動しようよ! 大体ねえ、私達だってそろそろお嫁に行ける年になってきたのよ? 飛那ちゃんみたいに剣振り回してばっかりだと、男の人はみんな逃げちゃうよ? お嫁にいけなくなったらどうするの? 私は心配だわっ」
「そもそも行く気がないのに、なんでそんな心配をしなきゃならないんだよ?」
「もー! すぐそういうこと言う! 乙女の夢じゃないの!」
傭兵に乙女の夢とか、似合わないにも程があるんじゃねえか? と思う。
縁のないそんな話よりも、もっと考えなくちゃいけないことがあるんじゃないだろうか。
最強の剣士になるにはどこまで強くなればいいのか、とか。
自他共に認める最強の剣士になるには、どうすればいいいのか、とか。
私がそう言うと、美威は目頭に手を当てて泣き真似をし始めた。
「飛那ちゃん残念過ぎる……そんなに可愛く生まれてきて、どうしてそんなに残念な性格なの……」
「褒めてんのか? けなしてんのか?」
「元が可愛い分残念さが際立つって意味で、多分けなしてる」
「あ、そ……」
もうどうでもいい。
次の目的地に向けて走り続ける馬車から、既に南の国は見えなくなっていた。
夏に向けて涼しい北に行きたいと随分前から予定を立てていた美威は、砂漠を越えて南西の港町から出る船に乗ろうとしている。
豪華客船ナントカ号に一度でいいから乗ってみたいという希望を叶えてあげるのはいいのだが、肝心の旅費はたまったのだろうか。
「港町まではまだかなり距離があるから、腹ごしらえしておかない?」
そう言って美威は、ゴソゴソしていた荷物から笑顔でクレープを取り出した。
「いつ買ったんだ? それ」
「さっき馬車に乗る前に。はい、飛那ちゃんの分もあるよ」
私はチョコレートバナナの匂いがするクレープを素直に受け取る。
「クレープもつけるって、約束したもんね」
「……ああ、そういえば」
そんなこともあったっけか。
あれ昨日の話か?
なんだか長い一日だった。
次は雑魚ばっかりが大量、とかではなく、もうちょっと骨のある敵に出会いたいなあと思う。
今あの幸運の妖精が出てきて、願い事は? と聞かれたら、多分私はこう言うだろう。
倒しがいのある、強い敵を出して。
そんなことを冗談で考えながら、私は甘い匂いの薄皮にかじりついた。
この先に本当に強い敵が待っていることは、知るはずもなかった。
南の守り神編、終了。