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没落の王女  作者: 津南 優希
第三章 その先の未来へ
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願い事をひとつだけ

 しまった。

 まさかいきなり走り出すなんて、思ってなかった。

 彼女を引き留めようと伸ばした手が、むなしく空を掴む。


「駄目! 盾から出ちゃ……!」


 盾の外に走り出てしまった彼女に向かって、私は叫んだ。

 自分から離れた時点で、数秒先の未来は決まっている。

 マリーさんのすぐ後ろから、隙を狙っていた異形達の1体が腕を振り上げるのが見えた。

 目の前で、彼女の体が宙に浮いた。

 間に合わなかった……!


「花火!!」


 彼女を傷つけないように、至近距離から火炎を放つ。

 燃え上がった異形は、マリーさんの左の背中から肩口に突き抜けた鋭い3本の爪ごと、黒い霧になって消えた。

 支えをなくして崩れ落ちた体から、赤い血が吹き出してくる。

 どうしよう。多分、すごくまずい事態だ……!


「マリーさん!!」


 駆け寄って再び盾の中に囲おうとしたけれど、既に周りには何体もの異形が集まり始めていた。

 彼女を盾に入れるには、一回これを解かなくてはいけないのに。

 この状況で盾を解除したら、その瞬間に私自身が危ない。


 飛那ちゃんと違って魔力で身体能力を上げることが出来ない私は、盾がなければ防御力なんて普通の人間とさして変わらない。

 ひとまず風魔法で退けるが得策か。


風円鎌(ピンキング)!!」


 風の渦が異形達を吹き飛ばしているうちに、私は護りの盾を解除してマリーさんの側に膝を突いた。


「……えっ?」


 周囲に吹き飛んだ異形達をくぐり抜けて、向こうから走ってきた人影が目の前に飛び込んでくる。

 私は目を疑った。

 赤髪の若い男が、私と同じようにマリーさんの側に膝をついていた。

 あなた、誰?


「……マリー! マリー!!」


 男はマリーさんの手を握って、青い顔で必死に名前を呼んだ。

 誰だかは知らないけど、聞いてる時間はないみたいね。


「絶界の盾っ!」


 放出した魔力によって、ぐにゃりと周囲の空気が歪む。私とマリーさんと、知らない男も取り込んで、最強の盾を再構築する。

 すぐに異形達が襲いかかってきて、盾に弾かれた。

 ま、間に合った……


「マリーさ……」


 彼女の顔を見たら、傷のひどさが一目で分かった。

 即死はまぬがれたみたいだけど、状況は良くない。


完全治癒(アブソルトエイド)!」


 両の手に魔力を集中させて、可能な限りの治癒魔法を傷口にたたき込む。

 白く柔らかい光が私の手から溢れて、マリーさんを体ごと包み込んだ。

 

 見る間に元通りになっていく傷口に、それでも私は焦りを隠せなかった。

 瞬間的な失血がひどい。

 傷は塞ぐことが出来るけれど、私は血を作ることは出来ない。

 どうしよう、無理かもしれない。


「……あなたは、魔法士なんですか?」


 白い治癒の光を消した私に、目の前の男は魂が抜け落ちたような顔で尋ねた。


「私はこの家に雇われた傭兵です。あなたは?」

「ジョセフ・メイヤードです。一体……何が起きてるんですか? 屋敷の敷地の上だけに灰色の雲がかかっているのが見えたんです。それで、嫌な予感がして来てみたら……」

「……もしかして、あなたマリーさんの駆け落ちの相手?」


 その問いに明らかに狼狽した様子で、ジョセフと名乗った男は私の表情を窺った。

 歳も同じくらいだし、多分間違いないと思うけど。


「それは、マリーから……?」


 彼女の手を握ったまま、ジョセフさんは小さい声で尋ねた。


「ええ、聞きました」


 そのマリーさんが、今危ないのだけど。

 私はジョセフさんが握っているのとは反対の、彼女の手を取って脈を測った。

 医学に詳しい訳ではないけれど、普通より早く弱い脈と、この浅い呼吸はきっと良くない兆候だ。


 顔を上げて辺りを見回したら、異形の数はかなり減っていることが分かった。

 さすが飛那ちゃん、仕事が早い。

 上空の雲も薄くなっていた。

 もうこれ以上敵が増えることはないだろう。


「美威!」


 飛那ちゃんの声が頭上から聞こえて、私達の周囲にいた異形が降ってきた青白い炎に叩きつぶされた。

 相変わらずの力押しだ。これだけの数を相手にしても、まだ余裕があるのね……

 目の前に着地した飛那ちゃんが、薄く光る長剣を構えてこちらの様子を窺う。


「なんか人が増えてるな。マリーはどうした?」

「飛那ちゃん、マリーさんが危ないの。傷は治したんだけど……このままじゃまずいかも……」

「何? 盾から出たのか?」

「急に走り出して……止められなかった。ごめん」

「お前、とろくさいからなぁ……」


 飛那ちゃんと比べれば誰でもとろくさいと思う。

 その点については自分を弁護したい。


「ロックモルト夫妻は……多分、駄目だ。屋敷の崩れた後に、何人か見えた」


 飛那ちゃんの言葉が、重く響いた。

 つい少し前に会話した人達がこの世から消えてしまうことなんて、傭兵をやっていれば珍しいことではないけれど。

 いつまで経っても、慣れない。


「妖精は満足だろうよ……っ!」


 飛那ちゃんの振りかぶった剣が青白く尾を引いて、向かってきた異形を何体かまとめて薙ぎ払った。


「もう少しだけそこで待ってろ。すぐに片付ける」


 そう言って、飛那ちゃんはまとまった敵がいる場所に向かって突っ込んでいった。

 どんな時でも、戦いの中にいる彼女は生き生きしている。

 色んな負の思念から生まれてくる異形は、生きてないから殺していいんだと、彼女は言う。

 無茶な理由付けかもしれないけど、彼女が迷いなく異形達に剣を向けられるのは、この化け物達に「良心」の類いが欠片もないからだろう。


 また少し、マリーさんの脈が弱くなった気がした。

 顔色は蒼白で、浅い呼吸が苦しそうだ。出血性のショックを受けてることは間違いない。

 医師に診せても、もう遅いかもしれない。

 私の脳裏に最悪の結果がよぎった。


(どうしよう……)


 敵の数に終わりが見えた飛那ちゃんは、本当にさっさと異形を全部片付けて戻ってきた。

 少し服が切れてるところはあったけど、彼女自身はほぼ無傷だった。

 強力な異形がいなかったにせよ、数にして軽く100体は超えてたはず。

 全力の彼女は本当に敵なしだと、我がパートナーながら恐ろしく思う。


「飛那ちゃん……」


 私の表情を見て、飛那ちゃんは状況を悟ったみたいだった。


「駄目なのか?」


 止まりかけていると言ってもいいくらいの彼女の脈を取りながら、私は視線を落とした。


「そんな……!」


 ジョセフさんが、彼女に負けないくらいの青ざめた顔で私に向き直った。


「あなた、魔法士なんでしょう?! なんとかならないんですか? さっきみたいに、白い魔法で……!」


 私は首を横に振った。

 治癒魔法は万能じゃない。

 もう少しだけ早く、血を止められてたら違っていたかもしれない。

 駆け寄った時に瞬時に盾魔法を解除して助ければ良かったのだろうか。

 でもそうしたらきっと、私もここに横たわっていることになっていただろう。

 自分の取った行動に誤りがなかったとはいえ、後悔が胸に広がる。


((ああ、すっきりした!))


 すぐ側で、そんなかわいらしい声が響いた。

 もう、大音量ではなかったけれど。


「あっ、お前……!」


 キラキラ光の粉を振り撒きながら、私達の頭の上にプチブナールが姿を現した。

 飛那ちゃんがキッと見上げて、声をあげる。


「いくらなんでもやり過ぎだぞ! 後のこととか何にも考えてないだろ?!」

「飛那ちゃん、妖精にそんなこと言っても無駄よ」


 所詮、人の考えとは相容れない次元を生きている存在だ。

 でも、私もちょっと胸の内が収まらない。


((願い事、決まった?))


 ニコニコ笑顔で、妖精は私と飛那ちゃんに向かってそう聞いた。

 それ、まだ有効だったんだ。


((ひとつだけ、叶えてあげる))


 もうさすがに「お金欲しい」とは言わないけど……

 傍らに立つ飛那ちゃんを見上げると、どうやら同じ事を考えているらしかった。


「ちょっとシャクなところもあるけどな……」

「使えるものは使っておけってことよね?」


 お互いに確認して、私が頷くと飛那ちゃんはマリーさんを指さした。


「こいつを、助けられるか?」


((壊れそうだけど、なおせるよ!))


「じゃあ、治してやってくれ」


((願い事ひとつ、それでいい?))


「ああ。早くしろ」


 いらだった表情の飛那ちゃんを見て、妖精はくすくす笑った。


((わかった! なおしてあげる!))


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