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没落の王女  作者: 津南 優希
第三章 その先の未来へ
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もしも私が死んだなら

「マリー・ピンサイト。今日から君はマリー・ロックモルトとしてこの家で暮らすんだよ」


 私が施設から引き取られた家は、この街で一番大きなお屋敷だった。

 孤児院長はとてもご機嫌で、私は普段よりもずっと上等な服を着て、その大きい門の前に立っていた。

 その日まで何も知らされていなかったけれど、私が15歳になったと同時に養子縁組することが、大分前から決まっていたらしい。


 ロックモルト夫妻は商家の富豪で、子がいない。

 跡継ぎの男の子ではなく女の子である私を引き取ったのは、どこかと縁付けるための商品として価値があるからに違いないと思った。


 おとなしくて、礼儀作法が一通り備わっていて、見た目がよくて、歳の頃が15~18位の女の子。

 その条件に合うのが、施設の中で私しかいなかったということだ。

 夜勤の婦長さんが話していたのを聞いていたから、間違いないだろう。


 ああ、嫌だなぁと思った。

 親なしでも、せめて結婚くらいは自分の望む相手としたかった。

 あんなにお金持ちの家に引き取られるなんて良かったわね、とみんなは口を揃えて言うけれど。

 15歳になれば、身元を引き受けてくれる人がいなくても施設を出られたのに。

 もう結婚出来る歳になって自分一人で生きていこうと思った矢先に、また自由を失った。

 そう考えてしまう私は、間違っているだろうか。


 夫妻は笑顔で私を迎えてくれた。

 大きくて綺麗な部屋が用意されていて、高価な調度品や素敵な洋服がたくさん揃えられていて。

 それらが全て自分のものだと知ったとき、心が躍らなかったと言えば嘘になる。

 執事や雇いの家政婦達は細かく世話を焼いてくれて、本当にお嬢様になった気分にもなった。


「家具をお届けにきました」


 追加で頼んでいたワードローブが完成したと、街の工房から家具が届いたのは私がこの家に入ってからまもなくのことだった。

 家具を運んできた若い男は、少しくせのある赤い髪に人なつっこい笑顔で丁寧に挨拶した。


「ジョセフ・メイヤードと申します」


 職人らしくない物腰の柔らかい男だった。

 歳も近かったせいか、家具を搬入してくる度に共通の話題で盛り上がり、彼とは段々と親しくなった。

 街に出かけた時、二人でこっそり観劇に行ったり、食事に行ったり、いつの間にか私達は交際するようになっていた。


「マリー、お前ももう16歳だろう。そろそろ嫁に行かなくてはな」


 含みのある笑顔で父がそう切り出したとき、とうとう来たかと思った。

 元々分かってはいたことだったけれど、どこかで本当に娘として可愛がってくれているんじゃないかという淡い期待があったみたいだ。

 落ち込んでしまう自分にも、父と母と呼ぶ人の笑顔にも、嫌気が差した。

 ジョセフのことを考えると一層、気は重くなった。


 不条理な自分の身の上を振り返って、いっそ死んでしまえば面倒なことも考えずにすむのではと思ったのは、守り神様に月に一度の献上品を持って行った時だった。


 そうか、死んでしまえばいいのかもしれない。そう、冷たい石造りの祭壇を見て思った。

 罰当たりかもしれないけれど、この守り神様が利用できるかもしれないと考えた。

 元々この家では、夢見がいいことがない。

 それは父も母も私も同じで、守り神様のお告げがあったという嘘は意外にあっさりと信用された。

 家の繁栄のために私を祭壇に献上した方がいいかと、父も真剣に考えているように見えた。

 それで、うまくいくと思った。


 ジョセフに全部話したらとても驚かれたけれど、彼も私と逃げる準備をして、献上日に落ち合うことになった。

 そして献上日の前日。

 執事が若い女性の傭兵を連れてきた。

 傭兵なんて、むさくるしい男ばかりだと思っていた。

 予想外で、予定外だった。


 うまくいくはずだったのに。

 なんでこんなことになったのか……




「マリーさん? マリーさんっ!」


 なじみのない声に肩を揺さぶられて、私は瞑っていた目を開けた。

 どうやら寝ていたみたいだ。でもここは一体どこかしら。

 そう思ったところで、体に触れる冷たい地面の感触が私を一気に現実に引き戻した。


「気がついた? まぁ、こんなに囲まれたら気を失うのも無理はないけど……とりあえずこの中にいれば大丈夫だから」


 長い黒髪の女性が、座り込んで私を見下ろしていた。


「……?」


 首を回したら、ほんの1メートル先に紫色の爪のようなものが見えた。

 足、だろうか。


「!!」


 思い出した。

 屋敷が崩れて、庭に逃げたら、化け物がたくさん降ってきて……


「ひっ……!」


 暗い影が、今もなお自分達の周りを覆い尽くしていた。

 私は声にならない叫び声をあげて、黒髪の女性に取り縋った。

 いくつもの光る目が、私達を見下ろしている。


「あー、気持ち悪いわよね。うん、私も好きじゃない。特にこの気配がねー」


 頬に手を当てて、困った様にため息をつくこの女性は傭兵だ。

 異形と呼ばれる化け物に慣れているのかもしれないが、私は生きた心地がしなかった。


「私の盾の中にいれば襲われる心配はないから大丈夫よ。ちょっと数が多すぎて困ってるけどね」

「だ、大丈夫って……」

「花火! とかすると、一応ここからでも倒せるんだけど……」


 チリッと女性の側から火花が走ったかと思うと、私達を取り囲んでいる化け物の周りから赤い炎が上がった。

 火の輪の中心にいるのに、私は熱さを感じない。でも5匹くらいいた化け物は大も小も全て燃え上がって、あっという間に灰色の霧みたいになってボロボロと消えていった。

 目の前の光景に息を飲んでしがみつく手に力を入れると、女性はまたひとつため息をついた。


「あんまり次から次へと来られると疲れるでしょう? 飛那ちゃんがある程度数を減らしてくれるまで、私はここでおとなしくしてるつもり」

「ひなちゃん……?」


 そういえばもう一人、剣を持った女性がいたはずだ。

 彼女の姿を探そうと首を回して、私は数十メートル先の門の向こうに一人の人影を見つけた。

 同時に、向こうも私のことを見つけて目が合う。


(……ジョセフ?)


 青い顔をして屋敷の中を覗いていたのは、間違いなく恋人のジョセフだった。

 座り込んだ私と傭兵の彼女の姿を見つけた彼は、取り乱したような表情でこちらに向かって何かを叫んだ。

 声は聞こえなかったけれど、口の形が「逃げよう」と言っている気がした。


「ジョセフ……」


 そうだ……そうだった。

 彼と逃げなくては。


 私は掴んでいた彼女の肩を押すと、勢いよく立ち上がって彼の元へ走った。

 門はすぐ目の前だ。

 走ればすぐに屋敷からは出られる。


「駄目! 盾から出ちゃ……!」


 私に押されて立ち上がるのが遅れた彼女が、後ろからそう叫ぶのが聞こえた。

 盾って、何のことだろう。と、私が考える前に背中を強く突き飛ばされた気がした。

 かなり強く押されたはずなのに、私は転ばなかった。

 両の足が、地面から離れたのに。


 左の肩を見たら、刃物みたいな形をした大きな爪が見えた。


「花火!!」


 また傭兵の彼女の声が聞こえて、今度は私の横から赤い炎が上がった。

 ああ、これが魔法かと、ぼんやり考える。

 浮いていた足が地面についたけれど、私は自分の体を支えることが出来なくて、そのままそこに崩れ落ちた。

 地面に赤い血が広がっていくのが、薄れていく意識の端に見えていた。

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