守り神の正体
私は神楽を肩に担いだまま、石造りの祭壇の前に立った。
辺りにはひんやりとした冷気が漂っている。
美威の言うとおり、うす気味の悪い気配は何かを訴えてきてるみたいだ。
祭壇の黄色い布の上に、何か書かれた紙が置いてあるのが目に付いた。
「おい、美威。なんか書いてあるけど……これなんだ?」
私はその古びた紙の束をつまんで、後ろの美威に放り投げた。
「おっ……と。どれどれ?」
折りたたまれた扇子状の紙の束を広げて、美威が文字に目を走らせる。
私は難しい文字とかはよく分からないので、こういう作業はいつも美威の仕事だ。
「内容的には封印の呪文、かしらね」
「あー、荒ぶる神ってやつを封じ込めておくためのものか」
「扉にも同じ系統の魔術が施してあるし、ここに何かが閉じ込められてるのは間違いないわね」
私は変な気配を放ちながらも、なんの反応もない石段に向き直る。
荒ぶる神を厳重に囲ってある割には、殺気がない。
人身御供って話だけど、食われそうな感じもしない。
ぐるりと祭壇を回ってみた。
段組になっている石段の後ろにも、似たような言葉で書かれた紙が貼り付けてあるだけだ。
「なんか、何も出てこないんだけど?」
はっきり言って、拍子抜けもいいところだ。
もっとこう、大蛇みたいな凶暴なヤツがぐわーっと来たり、大きな獣みたいに暴れ回るのがガオーッと来たりするのを期待してたのに。
せっかく顕現させた神楽がむなしく感じる。
「油断は禁物よ。変な気配がするのは確かじゃない」
「じゃあ、その変な気配を掘り出してみないか?」
私は思いついてそう提案した。
だって、どうせ退治するのならこの石段を崩して中から引きずり出してもかまわないってことだろう。
「ハイデンさんは、もし荒ぶるようならばって言ってたから、さっさと退治するって考え方自体が間違ってるんじゃ?」
「なんだ? 怖いのか?」
「呪いとか、面倒なのはごめんって言ってるのよ!」
神様相手の呪いは、何が出るか分からないから美威も怖いらしい。
即死の呪いとかは、確かに勘弁して欲しいけど。
このままここでぼーっとしてれば何か起こるのか?
ピクニックに来たんじゃないんだぞ?
「めんどくさい。叩っ壊す」
剣を上段に構えた私に、美威が頭を抱えたのが見えたけど、気にしない。
だってあの夫妻だって、今後何があるか分からないからって言ってたし。
後顧の憂いは絶っておいてやった方が親切ってもんだ。
大して魔力もこめずに剣を振り下ろすと、鈍い音とともに石段に亀裂が走った。
竜の皮膚を切り裂くより、はるかに簡単な作業だ。
「何だ?」
亀裂の隙間から、光が漏れ出てくる。
ちょっとひるんで、私は後ろに跳んで離れた。
石段の上部が、ガコン、ガラガラ……と音を立てて崩れ落ちる。
崩れた中から、なんか光ってるのが出てきた。
部屋が薄暗いから、直視するとかなり目に痛い。
これ、マジで神様なんじゃ?
「美威、これって退治していいヤツと思うか?」
「……うーん」
光を放ってるのは、20cm角くらいの四角い透明なケースだった。
いや、透明なケースの中に入ってる、なにか。
目が慣れてくると、発光している物体がぼんやり見えるようになってきた。
「……虫か?」
昆虫にも見えるけど、なんだありゃ。まさか、あれが守り神?
あんなにちっこいの退治しろとか言われても……
なんかもうどうでもよくなってきた。
「ちょっと待って!」
いきなり美威に引っ張られた。
いや、そんなに引き留めなくても、もう戦う気は失せてるよ。
見れば手元のナントカ図鑑のページを、美威がペラペラめくっている。
「これ……これだわ! プチブナール!!」
「なんだそれ?」
「幸せを運ぶ妖精シリーズじゃない! 幸運度5つ星中、3つ星だって。この類いの妖精は一緒にいるだけで幸運度が反則的にアップするのよ」
「知らん」
「このシリーズ、出会うだけでも超レアなのよ!……闇オークションで出てるの見たことあるけど、すっごい値段ついてた」
「へー」
「ものすごい興味なさそうね」
だって、全然強そうじゃないし。
でも実際に守り神とやらの正体を目にして、気味の悪い気配の理由が分かった。
私は四角く光るケースを右手で掴むと、目の前に持ち上げてみる。
……ああ、やっぱり退治とかする気にならないだろ、これ。
「……泣いてるわね」
「泣いてるな」
昆虫っぽいと思ったけど、よく見れば小さな子供みたいだ。
3歳児の小人に、トンボの羽根みたいなのが生えてると言えばいいか。
THE 妖精って感じだ。
何かぐしぐし言ってるが言葉は分からない。
これを潰したら、弱いものいじめ以外の何者でもないよな。
「……こいつが人身御供をよこせって言ったのか?」
「いや、そもそも食性が肉食じゃないし。まさかねぇ?」
気味の悪い気配の正体は、ここに閉じ込められ続けている妖精の恨みがましい気持ちが漏れ出たものだろう。
150年も閉じ込められてるとしたら、無理もない。
そもそもおかしな話もあったものだ。
このちっこいのが、人柱とか人身御供とか、笑わせる。
「でも確かに『守り神様』として、幸運の妖精は最適じゃないかしら」
「これをこうやって閉じ込めておくといいことが起こるってことか?」
「閉じ込めておくって言うか、まぁどんな方法でもいいから手元に置いておけば良しってことでしょうね」
なんだそれ。
胸クソ悪い。
「……どうにも腑に落ちないな。一度上に戻るか」
「そうね」
ひとまず妖精入りケースを祭壇に戻そうとしたら、中のちっこいのが透明な壁に張り付いてきた。
わんわん泣きながら、こっちに向かってなんか言ってる。
「これ、出して欲しいんじゃないのか?」
「そうみたいだけど……」
出してやってもかまわない気がする。
だって、退治してくれとか言われたんだから、こいつはもういらないってことだよな?
この後ろに張り付いてる紙札みたいなのをはがせばいいのかな。
「……持って帰って闇オークションで売るか?」
一応、念のために美威に聞いてみる。
「やめてよ、趣味悪い。お金は好きだけど、そういうのは結構」
うん、それでこそ我が相棒。
私も一度奴隷として掴まったことがあるからか、実のところこういうのは心底嫌いなのだ。
「じゃ、逃がしてやるか」
ロックモルトの夫妻は、守り神の正体を知らないみたいだし。
退治しておきましたとでも言っておけばいいただろう。
私はベリッとケースに張られていた紙札をはがした。
途端、ぼろぼろっと透明なケースが崩れ落ちる。
「おおっと……」
中から転がり出てきた幸福を呼ぶ妖精、プチブナールは私の手のひらの上で目を丸くしてこちらを見上げた。
こうやって見てみると小さくて結構かわいい。
ピカピカ光ってる羽根はちょっと目に痛いけど。
でもこいつ、どうも状況が飲み込めてないらしいな。
「おい、お前もう自由だぞ。どこへでも行っちまいな」
そう声をかけると、妖精は弾かれたように飛び上がった。
そのまま天井付近をくるくると飛んで回る。
妖精が飛んでいるところから、キラキラと輝く光の粉が降り注いだ。
((出してくれてありがとう!))
鈴を転がすような、高くてかわいい声が頭の中に響いた。
「おっ?」
「しゃべれるのね」
普通にしゃべってるのと違うみたいだけど、言っていることは分かった。
((お礼に、あなたたちの願いをひとつだけ叶えてあげる!))
「何?」
「マジ? じゃあお金……」
何か良からぬことを言い出しそうな美威の口を横からふさぐと、私は目を細めて妖精を見上げた。
光っていて目が痛い上にくるくるとせわしない……
いくら幸運度がアップするって言っても、これを四六時中側に置いておく気にはならないな。
「飛那ちゃん! もう! 何すんのよ!」
「幸運の妖精に金をねだるな」
「だ、だって、こんなチャンス滅多にないのにっ」
「変なこと願うと、後でしっぺ返しがくるぞ」
こういう時は先人達の失敗に習った方がいいと思う。
欲をかいて願い事なんてすると、後で大抵ろくな事にならない。
「ううう~。じゃあ、なんてお願いすればいいのよ~」
恨みがましそうに見るな。
私だって急にそんなこと思いつかない。
ガチャリ。
背後で扉の開く音がして、私は素早く体ごと向き直った。
閉まっていたはずの黒い扉が、ギイィ……と音を立ててゆっくりと開く。
「誰だ?」
私は剣を構えて、扉の向こうに声をかけた。




