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没落の王女  作者: 津南 優希
第三章 その先の未来へ
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崩れた計画

「彼女たちは祭壇に入ったのかね?」


 ロックモルト家のリビングには、ロックモルト夫妻と一人娘のマリー、それに執事のハイデンの姿があった。


「はい旦那様」

「お父様、やっぱり守り神様を退治するなんて、間違っています」


 うつむいて何かを考え込んでいた風のマリーが、顔をあげてそう言った。

 目の前のソファーに座っていた父も、眉をひそめてマリーに向き直る。


「マリー、何を言う。祝詞や献上品の代わりに、お前をよこせと何度も夢枕に立つような神だぞ?」

「それは……ですが」

「代々続いた守り神様をこんな形で失うのは私とて本意ではない。しかし、お前を人身御供になどやれるわけがないだろう?」

「ですが……」

「何が不満なのだ? 仕方のないことだ。今日の献上日に間に合うように傭兵も雇った。彼女たちに任せておけばいい。じきに結果が出るだろう」


 マリーはこの父が、自分のことをそれなりに可愛がっていてくれているのを知っていた。

 だが、所詮「それなり」だとも知っていた。


 自分が人身御供になろうと、家の繁栄を優先するだろうことは分かりきっていたのだ。

 ことビジネスに関して冷徹な義理の父が、何よりも重んじている家の繁栄よりも自分を優先するわけがなかった。

 それなのに。


 見込みが甘かった。

 守り神に頼った家の繁栄よりも優先するものがあったのだ。

 それはもちろん、マリーの幸せではない。


「そうそう、マリー。先方から写真が届いているよ」


 そう言って父は厚手の紙に挟まれた、一枚の写真をマリーに手渡した。

 手に取った写真は、一人の男の上半身を写したものだった。

 明らかに自分より一回り以上は年上に見えた。意地悪そうな目つきに嫌悪感が湧き上がる。


「先方は今年の秋には式を挙げたいと言っているんだよ」


 楽しそうな父とは対照的に、マリーの表情は沈んでいた。

 この縁談を無下に断るようなことがあれば、父の商売に大きな影響が出ることは承知している。断ることなどあり得ない。

 だから、計画を練ったのだ。


(せっかくの計画が……それどころか、守り神様が……)


 どれほど強い傭兵なのかは分からないが、退治するという前提で地下に降りた以上、守り神も彼女たちもただではすまないだろう。

 もし本当に守り神が退治されてしまったら……

 ずっと家を守り続けていた神様を、狂言で殺したことになってしまう。


(ジョセフ……)


 マリーは一人の青年の姿を思い出していた。

 貧民街にいる、家具職人の青年だ。


 彼とは注文した調度品を納品する時に出会ったのがはじめてで。それから数度顔を合わせて、お互いに惹かれあっていった。

 家柄が違うためにおおっぴらに会うことも出来ず、1年ほど前から隠れて交際を続けている。

 彼と結婚することは考えていなかった。

 でも、自分が誰かに嫁ぐこともまだ考えていなかった。


「守り神様を傭兵ごときが倒せるものかどうか分からないが……若い女性を献上すればいいだけなら、これで済むだろうしな」

「しかも二人ですからね」


 そう言って笑い合う父と母を、マリーは暗い気持ちで見つめた。

 傭兵の彼女たちにも、申し訳ない気持ちになる。

 守り神が、彼女たちの命を取るようなことはないだろうけれど。

 多少の信心はあれど、守り神の存在をさして尊重していない父は、どう転んでもいいと思っているのだろう。


(きっとジョセフは、今頃約束の場所で私を待っている……)


 マリーは今日、守り神に献上されてこの世からいなくなる予定だった。

 見た目上には、そうなる予定だったのだ。


 嘘のお告げで周りを騙して、闇に紛れて二人でこの町を出るつもりだった。

 自分が死んだことになっていれば、きっと、角は立たないからと。

 でも、その計画も崩れた。

 

「私……部屋に戻ります」


 写真をテーブルに置いて、マリーは暗い気持ちで席を立った。


「ああ、マリー。お前の写真はもう先方に送ってある。大層喜んでもらえた。美しい娘を持てて、私は幸せものだよ」


 追いかけてきた父の言葉は、マリーにとって皮肉にしか聞こえなかった。

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