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没落の王女  作者: 津南 優希
第三章 その先の未来へ
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お嬢様と人身御供

 第一印象は「綺麗な子」だった。

 歳は多分、私達と同じくらい。

 低めの身長は可愛らしいし、痩せすぎてもいない。

 おとなしそうっていう感じもしたけど、芯の強そうな風にも見えた。

 肩から下に少し長めに伸ばした金髪と、水色のワンピースがよく似合っている。

 これが、このロックモルト家の長女で一人娘のマリーさんだ。


「では、この方達が……」


 夕食の席に現れた彼女は、飛那ちゃんと私を不思議そうに見た。

 これは毎度おなじみの「え? 嘘でしょ?」って思ってる顔ね。


「あの、本当に傭兵の方なのですか?」

「ええ、もちろんです」


 おそるおそる尋ねた彼女に、私は営業スマイルで答える。

 この手の質問をされ続けると、飛那ちゃんが機嫌悪くなるので早めに話題を切り替えたい。


「ちゃんと身代わりになれますから、ご心配なく」

「そんな……ありがとうございます」


 命が助かるというのに沈んだ表情の彼女を見て、私は疑問に思う。

 だってほら、夫妻なんかすごいほっとした笑顔なのに。


 同じテーブルについているロックモルト夫妻は、品の良い、いかにも富裕民ぽい夫婦だった。マリーさんと、顔立ちはあまり似てないかな。

 ハイデンが言うには、娘可愛い可愛いで人身御供になんてやらなくてはいけないと分かってからは、食べ物ものどを通らないのではという位のすごい心労があったらしい。

 その割によく肥えてらっしゃると思うけど。

 

「いや、明日はどうぞよろしくお願いします」

「本当に、その神様とやらを退治しちまっていいんだな?」


 飛那ちゃんが、夫妻に最終確認の意味で尋ねる。


「今回どうにかなったとしても、今後またこのようなことがないとは言えません。可愛い娘をよこせなどという神の助けを借りずとも、私はまっとうに仕事をこなしていくつもりです」

「そうか、分かった」


 答えに満足そうに頷く飛那ちゃんを見て、私も最終確認だ。


「お代の方は100万きっかりキャッシュで用意いただけるってことで、よろしいですか?」


 忘れちゃいけない。払ってくれる人にちゃんと確認しないと。

 だって、お金は大事だからね!


「もちろんです。それで娘の命が助かるのなら安いものです」

「そうですよね、命には代えられませんものね」


 むふふ、と心の中で微笑んでおく。

 3年越しに計画を立てていた夢の豪華船旅が、もう目の前って感じじゃない?

 そう思うと余計に目の前のご飯がおいしかった。


 食事が終わって夫妻が退出したあとも、マリーさんだけは残っていた。

 私たちも食後のお茶のおかわりをもらっているところだ。


「あの」


 言いにくそうに、マリーさんが私に向かって口を開いた。


「身代わりの話……本当に、引き受けてくださるんですか? それに、家のことをずっと守ってきた守り神様を退治するって……」

「もちろん。大船に乗ったつもりで待っていてくださいねっ」

「でも……やはり見ず知らずの方に……私が行けば収まることなのでは……」

「え? あなた人身御供になりたいの?」

「そっそんな、まさか……!」


 慌てて彼女は手を振る。

 そりゃそうよね。誰が好き好んでそんな。

 申し訳ない気持ちでもあるのだろうか。浮かない顔だわ。


「心配しなくてもちゃんと退治してきてやるから」

「あ……はい」


 飛那ちゃんの言葉に彼女はまだ私達に何か言いたそうにしながら、席を立った。


「変なこと言ってごめんなさい。お茶、ゆっくり召し上がってくださいね」


 そう言って、マリーさんは足早に食堂を出て行ってしまった。

 少し違和感は残ったものの、明日私達がやることに変わりはないだろうと思う。

 私はティーカップに残った最後の一口を飲み干す。

 飛那ちゃんはデザートにアイスをオーダーしてたっぷり食べたので、満足そうだ。


「部屋、戻る?」

「そうだな」


 今日の宿はロックモルト夫妻が客室を提供してくれたことで解決した。

 空調完備、食事にデザート、広いお風呂付き。そして高額な報酬。

 いい仕事見つけちゃった!


 お風呂に入ってフカフカのベッドに転がったら、旅の疲れもあってか、私達はすぐに眠りに落ちていった。



 翌朝。

 朝食を終えた後、予定通り私達は玄関ホールに降りてきた。

 隣であくびをしている飛那ちゃんは、これから人身御供の代わりになって守り神のところに行くというのに、献上品らしからぬ緊張感のなさだ。


「よろしくお願いいたします」


 丁寧に頭を下げる夫妻の横に、マリーさんがいる。

 昨日から何か言いたそうに見えるのは気のせいかしらん。


 ハイデンは私達を案内して屋敷の奥に進んだ。

 広い廊下を進んだ奥に、他の部屋と比べて小さな黒い扉がある。

 そこを開けると、下に降りる長い螺旋階段が見えた。

 ハイデンに続いて薄暗い階段を下りながら、飛那ちゃんが口を開いた。


「そういえば、その守り神ってしゃべるのか? お告げってどうやって知ったわけ?」

「夢枕でございます」


 夢枕って言うと、あれね。

 夢の中に神様が出てきて「あーだこーだ」言うような感じのヤツね。


「お嬢様の夢枕に立たれた守り神様が、お嬢様に献上品となるように伝えられたのです」

「それはまた、悪夢だな」

「ええ、本当に……さあ、着きました」


 階段入口の扉と同じように、ここにも小さくて黒い扉があった。

 階段の段数を考えるに、かなり深く下りたと思う。

 帰りにこれを上らなきゃいけないのかと思うと、私はげんなりした気分になった。


 ともかくその前に、ちゃんと帰れるように仕事を終わらせなくてはね。

 ぺたり、と扉に手を当ててみる。

 間違いない、例の気味悪い気配はこの中から漂ってきている。

 あとこの扉、ちょっと変わってる。


「何かしらの封印の魔術がかかっているわね……この扉」

「そうなのか? じゃあ壊したらまずいのか?」

「いえ、壊さなくても開きますから」


 私と飛那ちゃんの横から、ハイデンが鍵を取り出して扉の鍵穴に差し込むと静かに回した。

 カチリ、と解錠の音が周囲の石壁に響いた。

 ハイデンはなんら気にすることなくその扉を開けたけれど、私は正直気持ち悪くって仕方なかった。


「どうぞ」


 うわぁ、ご遠慮したい。

 でも入らないわけにはいかないか。

 とりあえず、私は飛那ちゃんを前に押し出した。


「祭壇とやらに行けばいいんだな?」

「はい……あとは、よろしくお願いいたします」


 スタスタ歩いて扉の奥に入っていく飛那ちゃんを追って、私も部屋の中に足を踏み入れた。

 大して広くない部屋だ。東の国でいうところの20畳くらいの石張りの部屋。

 壁も床もなんの装飾もないし、地下だから窓もないし、電気が消えたらきっと真っ暗だろう。

 ひんやりと冷たくて、胸が気持ち悪くなるような気配が前の祭壇らしき石段から伝わってくる。


 私はごくり、とつばを飲み込んだ。

 神様だかなんだか分からないけれど、やっぱりこの感じは異形じゃない。


「言葉、通じるんだよな?」


 飛那ちゃんがブンと腕を振って、青白く光る愛剣をその手に掴む。

 いや、そもそも話し合いとかする気ないでしょう?

 最初から戦闘モードな人身御供がどこにいるのか。


 でっかい石段は2段に重なっていて、手前の下段に黄色い布が置かれたスペースがある。

 あの辺にちょこんと座って、献上品になる飛那ちゃんを想像したらちょっと笑えた。口にすると怒られるので言わないけど。


「さあて、神様が出るか、蛇が出るか……」


 担いだ剣を肩でトントンさせながら、飛那ちゃんは石段に向かって歩き始めた。

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