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没落の王女  作者: 津南 優希
第三章 その先の未来へ
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訳ありのお屋敷

 一般民の中にも、ちょっとお金持ちって人達がいる。

 貴族落ちだったり、事業で儲かって成り上がった民だったり、職業は様々だけど、それがいわゆる富裕民(ふゆうみん)と呼ばれてる人種だ。


 大体は小高い丘の上の高級住宅街とかに住んでいて、どの国でも貧民層の人達と住むところを分けていることが多い。

 このサウスボーンにも、いわゆる高級住宅街があるのだけど……


「でかい屋敷だな」

「うん、間違いなくお金持ちね」


 私たちが連れてこられたそのお屋敷は、高級住宅街の中でも群を抜いて立派な建て構えだった。

 砂のレンガ造りでないことだけでこの辺りでは立派に見えるのに、玄関まで続く庭園を見ても、かなりの広さがあるのだ。


「どうぞこちらへ」


 ハイデン、と名乗ったおじいちゃん執事は、私たちを屋敷の中へ案内した。

 飛那ちゃんが腕相撲賭博で圧勝だったのを見ていたらしく、仕事を頼みたいと連れてこられたのだけれど。


 おおっ、空調完備だわ! サイコー!!

 屋敷に足を踏み入れた私は、久しぶりの涼しさに感動する。

 気温調節機能の魔道具を作った人は、本当に偉大だと思う。


 ……とはいえ、ちょっと気になることもある。

 屋敷の門をくぐったあたりから、どうも嫌な気配がするのだ。

 どこからかははっきり分からないけど、なんというか、敵意というか、恨み辛みというか、とにかくヤな感じがする。


(なんだろ……気持ち悪いわね)


「どうぞおかけください」


 応接間に通され、座り心地のいい薄緑色のソファーに腰かけると、私は部屋の中の調度品を見回した。

 装飾の凝ったワードローブ。細かい刺繍のされたカーテン。高そうな絵画。

 どれもいい品だ。本当に本当のお金持ちみたい。


 これは報酬が期待できそうじゃない?

 むふふ、と笑う私をよそ目に、飛那ちゃんが切り出した。


「それで、依頼内容は?」

「はい。お話いたします」


 丁寧な手つきでお茶を入れながら、ハイデンが話し始める。


 このお屋敷は、ロックモルト家という代々貿易商を営む商家の邸宅で、ハイデンはかれこれ30年以上もここに勤めているという。

 商家として成功したこの家が150年以上も衰退することなく栄え続けているのは、この家に守り神がいるおかげなのだそうだ。

 あらゆる災厄を退け、家を繁栄させる神。

 その守り神を信仰し、祀ることでロックモルト家は成功し続けてきたという。


「10日ほど前に……その守り神様より恐ろしいお告げがあったのです」

「へえ?」


 神様との通信ラインがあるということか。

 ハイデンは私と飛那ちゃんの前にある、ガラス張りのテーブルに上品な手つきでティーカップを並べた。


「どうぞ」

「あ、いただきます」


 白磁のブルーラインが入ったカップを手にとる。

 おお……このカップはメイソン・クロード製。1客3万位かな?

 舌の肥えた飛那ちゃんを見るに、お茶を気に入ったみたいだし、これはご飯も期待できそうね?!


「それで、恐ろしいお告げって?」


 むふふふ、と笑う私をよそ目に、飛那ちゃんが先を促した。

 ハイデンは執事らしく姿勢の良い立ち姿で説明を再開する。


「屋敷の地下には祭壇があります。守り神様へは供物として、そこに貢ぎ物や祝詞を捧げていましたが、今回は生きた人間を……しかもこの家のお嬢様を献上せよというのです」

「それはまた……」


 年取った執事は深く息をついて続けた。


「ロックモルト家の守り神様は、元々荒ぶる神であったと伝え聞いております。それを鎮めるために3代前の当主は人柱を立て、その後も供物を献上したり祝詞を捧げたりすることで、この地に守り神様を留めているのです」

「人柱、ねぇ……」

「今までにそのようなお告げはなかった為、旦那様も奥様も戸惑われました……過去のように、また人柱を立てるようなことをする必要があるのかと」


 人柱自体は故郷である東の国にも昔からある風習だけど、特に根拠もなく人が自然災害などに振り回された結果、ということも少なくない話だ。

 今時人柱も人身御供も、流行らないことこの上ないと思う。


「旦那様と奥様はもちろんそんなことは出来ないと……しかし、守り神様のお告げを無視するわけにもいきません。悩まれた末に、お二人は決断されました。お嬢様を人身御供には差し出さないという決断を」

「まさか、その守り神ってのを倒して欲しいとか?」

「はい、その通りでございます」


 倒してしまっていいのだろうか。だって、守り神でしょ?

 いわゆる神様って呼ばれる類いのものは、正体が何であれちょっと厄介なことが多い。

 出来ればあんまり関わりたくないんだけどね……

 私は声には出さないで呟いておく。


「明日がお嬢様を献上しなくてはいけない日でしたが、今日こうしてあなた方にお会いできたのは慈悲深い神様の思し召しではないかと」

「はあ」

「是非とも、お嬢様の代わりになっていただきたいのです」

「え? 人身御供の身代わりってこと?」

「左様でございます」


 左様でございますって、涼しい顔で言われても。

 私はちらりと飛那ちゃんを見た。これはあんまり気乗りしない顔だ。

 まぁ、前回も土竜に生け贄として差し出されてるし、気分は悪いよね。


「守り神様がもし過去のように荒ぶるようであれば、その時は……」

「倒してかまわないってことか?」

「いたしかたないでしょう」


 まあ、事情は分かった。

 後は依頼を受けるかどうかなんだけど……

 私は考えた。呪いとか食らっても面倒なので、神様系は出来ればパスしたい。

 でも、報酬の内容によっては考えてもいい。


「いくら出します?」


 ここはズバリ、聞いてみるしかない。


「私の一存ですが、おそらく100万ほどはご用意出来るかと」

「100まん?!」


 それはかなりの額だ。

 臨時収入ががっぽりあった上に、ここで100万稼げたら最高じゃないだろうか。


「やります!」

「お前……即答か」


 まぁ、私はどっちでもいいけど。と投げやりな飛那ちゃんに、私は向き直る。

 やる気を出してもらわねば困るのだ。


「飛那ちゃん。北までの船代金いくらかかるか知ってる?」

「さあ?」

「50万かかるのよ! 二人で100万!」

「豪華客船とかやめて、歩いて行けばいいんじゃね?」

「飛那ちゃんみたいに人間離れした体力があるならそれもいいでしょうね?」


 やめるなんて選択肢はない。もう決めている。今回は夢の贅沢船旅をするのだ。

 そしておいしいものをいっぱい食べるのだ。

 実は飛那ちゃんに内緒でもうチケットも手に入れてある。

 残りの支払いを含めて、あと50万ほどはどうしても用立てなくてはいけない事情があるのだ。

 相手が神だろうがなんだろうが、お金を稼ぐ為にはやるしかない。


「では、旦那様と奥様にお話して参りますので、しばらくお待ちを」


 そう言い残して、執事は部屋を出て行った。

 しーんとなった空間に、私は嫌な感じを思い出して、飛那ちゃんに尋ねた。


「ね、これ何だと思う?」

「これって?」

「この、嫌な感じ……」

「あー、なんだろな。私も思ってた」

「これが多分、守り神ってやつなのね」


 飛那ちゃんも気付いていたらしい。

 荒ぶる神か。あんまり危ないのじゃないといいんだけど。


「それはそうとさ」

「ん?」


 なんだか表情の険しい飛那ちゃんに、私は身構える。

 何? なんかあった?


「トリプルアイス、いつになったら食えるんだ?」


 ……ああ、さっきから機嫌悪そうなのはそれのせいか。

 うん、私もすっごい食べたいけど。


「とりあえず、話が終わってからかな……」


 ふてくされて働いてもらえなくなっては困る。

 口をとがらす飛那ちゃんを動かすため、私はトリプルアイス以外で簡単に手に入りそうな甘いものを頭の中で検索していた。


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